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『嘘』と『毒』使いの彼女は僕の世界を崩壊させる!?  作者: 濱田健太郎
第一章 世界崩壊の始まり
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13/19

世界崩壊の始まり13

「えっと……龍音寺、えー龍音寺さん」


「なにかしら?」


「いや、その辺にしといてあげればいいんじゃないかな」


 地面にうずくまるようにしながらうなだれる金髪少年。

 すすり泣くような声が聞こえるその隣で申し訳なさげに立っているのは、筋肉隆々とした首無しマッチョではなく、高齢者を思わせるガリガリにやせ細ってしまったもう何がなんだかわからない物体。まるで風船がしぼんでしまったかのようにフラフラと緩やかな風に揺らされている。どうやら立っているのがやっとなようだ。


「なんの事かしら? 私はただ、事実を一言だけ言わせてもらっただけなのだけど」


 なにが、どこらへんが『一言』なのか、龍音寺の基準は少し日本人のそれとは違うようだ。いや、どこの国だって同じだそんなもん。


「……まあ、それはいいとして」


「そうね。それは良いとして、そろそろ家に帰ろうかしら」


「そうだなそろそろ帰ろう……いや、ちょっとまて! とにかくちょっと待て!」


 何事もなかったかのように出口のほうへと向かっていく龍音寺を静止させると、鋭い視線でこっちを睨みつけてくる。


「あら、中山田くんの分際で私を呼び止めるなんて、後50年早いのよ」


「人生の折り返し地点をはるかに過ぎてやっと僕はそのラインなのか!?」


「それでもだいぶ譲歩してあげたつもりなのだけれど何か不服なのかしら?」


「不服もなにもなんの譲歩なんだよ」


「中山田くんが人間に進化できるラインの譲歩よ」


「僕はもうすでに人間だ!」


 おっと、このままではいつもの龍音寺の流れになってしまう。

 何度か大きな深呼吸をしてから、龍音寺の方へと向き直り、いままでの疑問をすべてぶつける。


「一体あいつは何なんだ? あのやけに威圧感のあるちっこい女の子は何なんだ? あの首無しのマッチョだった物体は何なんだ? なんであいつからお前は命を狙われてたんだ? それと―――」


 いくつも浮かび上がる疑問。どれもが奇想天外な謎であることは間違いないのだが、その中でも一番腑に落ちない謎がある。


「―――なんで、僕の記憶を消したんだ?」


 わざわざ僕の記憶を消した理由はなんだったのか。

 まあ、ある程度予想はできる。あれだけ訳のわからない不思議パワー全開の世界だ。世間に知られたくないと回避する為に、偶然知ってしまった僕の記憶を消した、という所だろう。

 そんな考察をまとめていると、龍音寺から一言。


「なんとなくよ」


「……は?」


「なんとなくよ」


「なんとなくって……そりゃどういう」


「なんとなくよ」


 一言一句変わらない言葉がそのまま返ってくる。三回目の「なんとなくよ」を言い放って龍音寺は何事もなかったかのようにゆっくりと去ろうとする。

 そうはいくか、このままこの奇想天外な謎をそのままにしていたら夜もおちおち寝れやしない。


「おい、待てって龍音寺……ってうわぁ!?」


 ゆっくりと去ろうとする龍音寺の肩に触れようとした瞬間、見えない大きな拳に殴られた様に後方へと吹き飛ばされる。


「全く、大の男が少し記憶を消された位でピーチクパーチクうるさいのう、どうじゃ麗ちゃん、やっぱりこの人間は始末した方が良いのではなかろうか?」


 さらっと危険な言葉を吐く、またこの鬼畜人外幼女か。

 壮大に転がった身体をなんとか奮い立たせて、ふわふわと浮かんでいる人間ではない物体を睨み付ける。


「……お、お前も一体何なんだ? 人間じゃないってのは僕にだってわかるけど、でも、だったらなんだっていうんだ」


 瞳はルビーの様に赤く、ネコのような耳が生えていて、その上背中には悪魔的な翼が生えている。何事も無いかの様にふわふわと浮かぶ身体。

 人間じゃないのは確かだ。それじゃあ人間じゃないとしたら一体何なんだ。

 

「ふん、貴様の様な人間には死ぬまで理解できなくて良いじゃろうよ。さて、どうやって死ぬのが好みじゃ人間よ。四肢を引き裂かれて胴体と首だけになり出血多量で意識を失うまでその恐怖を味わいながら死ぬのがよいか? それとも、目玉をくり抜いて、視覚を失った状態で小さな魔虫にじわじわと食われて死にたいか? しょうのない人間じゃ、死に方くらいは選ばせてやるぞ」


「止めなさい、プリモ」


 ゆっくりと近づいてくる奴に対して、全身に身の危険を感じていると、龍音寺の小さな一言でぴたりと止まる。


「……何故じゃ、麗ちゃん。こんな人間ひねり殺せばよいじゃろう」


「駄目なものは駄目よ」


「何故じゃ、麗ちゃん。何故にこんな人間に優しくするんじゃ?」


「優しく? 何の事を言っているのかしらプリモ。私は中山田くんに対して優しくなんてしていないわ」


「それなら何故にこいつの記憶を消してしまわないのじゃ」


 一体何のことを言っているのだろうか。僕の記憶が消せてなかったみたいな言い方じゃないか。確かに僕はこの通り、神の息吹とも言える絶妙な風によって起こった黒の奇跡により無事記憶を取り戻す事に成功したわけだけども。


「……中山田くんの記憶を消したのはあなたでしょうプリモ。そして下劣で極まりない変態パワーによって、何故だかわからないけれど、思い出されてしまったのだだけども」


「そうじゃ、記憶を消したのは確かに麗ちゃんに命令された儂じゃが、それはいつもの命令とは違った形じゃったろ」


『いつもの命令とは違った形』とは一体どういう意味なんだ。というか、龍音寺の奴は僕以外の誰かの記憶も消したりしていたのか。

 とまあ、思ってみたが、もし、記憶を消すという人外な特殊能力が使えるとしたら(使っているのは、プリモと呼ばれた幼女らしいが)僕以外にも使うに決まっているか。

 いまだに、龍音寺が何者なのかはさっぱりだけど、とにもかくにも普通ではないのは確かだ。そんな普通じゃない所を一般人の誰かに見られたりもして、それが世間に流出すれば大騒ぎになること間違いなしだろう。


「……何が違うというのかしら」


「何が違うも、麗ちゃん自身も分かっているんじゃろ? 今まで、人間に見られた、もしくは感づかれた、そんな場合はその人間の記憶を消した。れいちゃんに関する記憶、気持ち、全てをな。でも、今回は違う。この目の前にいる無様な人間に見られたあの日、確かに記憶は消した。じゃが、一部分だけじゃ。今までとは異なる『たった一部分』だけじゃ。そうじゃろ」


「………」


 龍音寺は何も答えようとはしない。ただ、真っ直ぐプリモと呼ばれた幼女を見据えるだけ。怖いくらいに真っ直ぐに。

 小さな沈黙が訪れる。何ともいえない緊張感がこのあたりの空間を包み込んでいるようだ。何故だかわからないくらいに僕の額は汗でびっしょりになり、のどは砂漠を思わせるほどからからである。というかもうどうでも良いからこの場を脱出したいとか弱音を吐き出したくなる今日この頃である。もう何なんだこの状況。

 それにしても『たった一部分』だけとは、あの首なしマッチョとの出来事の事だよな。龍音寺と一緒に下校していたら、急に目の前に現れて、とにかく逃げて、転んで、襲われそうになったところで黒いパン……じゃなくて黒の奇跡、もとい龍音寺に助けられて、公園に追い詰められて、殺されかけて、そしたらいきなり首なしマッチョの動きが止まって、鬼畜人外幼女にまた殺されかけて、なにやらまた龍音寺に助けられて……グッジョブ黒の奇跡。

 で、僕が覚えている事はここまでのはずだ。きっとあの時何か催眠術の様なものをかけられて気絶してしまったからそれ以上の事は覚えていない。ちなみに出血多量で気絶したわけではない、断じて……たぶん。

 拙い記憶のピースを少しずつ繋ぎ合わせるようにして記憶の補修を行っていると、急にプリモと呼ばれた幼女が乾いた声で笑い出す。


「かはははははっ。よもや、麗ちゃんよ。いや、我が主よ。まさかこの人間に情でも移ったのじゃないか?」


「……黙りなさい」


「かはははははっ、これは笑いが止まらん。かはははははっ」


 乾いた笑い声がこだまする中、小さく、二言。


「……還りなさい。我が僕よ」


 龍音寺がそう告げるのと同時に、鬼畜人外幼女の姿は跡形も無く消えてしまった。いったいどんなトリックを使ったのか、というか先ほどの幼女自体がトリック以上に、異常であるからに、もうそんな消えたり、出たりする事はもうどうでも良い。

 それより、問題は目の前の龍音寺である。なにやらいつもとは違った、いつも以上の異常な雰囲気を纏って地面に顔を向けている。

 そして、またもや沈黙。沈黙。沈黙。

 ―――もう、どれくらい時間が経ったんだ? いや、実際には五分も時間は経っていないのかもしれない。だが、青空の見える屋上だっていうのに、異様な空間に、隙間無く押し込まれているようで、息をするのにも辛いくらいだ。

 何だこの感覚、気持ち悪い、逃げ出したい、吐き出したい。頭の中がモヤモヤと思考する事を何かが邪魔するようだ。何だこれは? なんて考える事すら馬鹿げている。

 龍音寺だ。龍音寺が何かをしているんだ。何かを考えてなのか、それとも無意識にこんな事をしているのか分からないけれど、とにかくどうする、一体どうすれば良いんだ。このままの状態をキープするのには限界がある。というかもう限界だ。僕の精神が崩壊してしまう。僕のココロの中の何かが弾け飛んでしまいそうだ。

 喋りかけるんだ。とにかく何か喋ろ、声を出せ、なんでも良い。そうだ、なん、でも。

 


「……あ、ありゅ、りゅ、龍音寺の、すす好きな下着の色はぁっっ!」


 声は出たが、とんでもない事を大声で吐き出してしまった。

 無駄に大きな声で吐き出した言葉は、無事に龍音寺の耳に届いたらしく、ゆっくりと顔を上げて僕の眼と、龍音寺の眼が点と点で繋がる。その瞬間、先ほどまでの妙な違和感、威圧感、嫌悪感のようななんとも表現しにくい感覚はどっかに消えていってしまった。元々空は晴れていたはずなのだけど、どんよりとした暗雲が晴れていったようなそんな風にも思える。ふう、とりあえず、命拾いしたということなんだろうか。

 と思っていた矢先、眼を合わせる龍音寺がいまだに沈黙モード続行中である。

 なんだこれ。さっきとは打って変わった緊張感が僕の胸を高鳴らせる。もちろん先ほどの雰囲気は無くなっているのだが、何を考えているのか分からない、相も変わらずの涼しい、いや冷たい無表情なので色々と不安は募るばかりだ。

 いきなり好きな下着の色なんて聞いてくる僕を蔑んでいる表情なんだろうか。それともなんだ、『そんな事分かりきっているはずなのに、わざわざ言わせようとするなんて、どこまでも果てしなく思春期真っ盛りの変態好青年なのね中山田くん』とでも思っているのだろうか。

 それとも『中山田くんと同じ空気を吸ってると思うとそれだけで、この世界で生きていく気力を失うというのに、私にそんな事を言わせようとするなんて言語道断も甚だしいわ、人間にでもなったつもりなのかしら中山田くん』とでも思っているのか?

 いや、でもちょっと待てよ。二回ほど下着の色が黒かっただけで、龍音寺の好きな下着の色を断定するにしてはちょっと結論が早すぎやしないか。

 ちょうど何かの偶然で黒い下着が多いだけの話なのかもしれないし、多くもないが、たまたまこれまた偶然で、二日連続で黒の下着を装着していただけなのかもしれない。大体、黒や白なんてモノクロな色は誰もが無難に好む色なわけで、龍音寺が黒が好きなのかもしれない、という理由には全くならない。ひょっとしたら赤が好きなのかもしれないし、青が好きなのかもしれない。

 龍音寺という人間のカラーが黒、というイメージが強い、僕の何の根拠も無い偏見がそういう結論に至ってしまったのだろう。

 つまりは、だ。

 先ほどの僕の質問は、いささか素っ頓狂なタイミングでの質問だったのかもしれないが、それに対してやましい様なイメージは相手に伝わるわけがないのさ。ただ単に趣味、趣向の範囲内で……ちょっと無理かな。

 いや、もういっそこの際、どんな罵詈雑言も受けて見せよう。この身体に毒という毒を浴びてみせよう。だ、だからお願いだから、そろそろなんか喋ってくれぇ。


「黒よ」


「はいぃぃぃっ! …………え?」


 沈黙を破るのは、つぶやくような、小さな一言。


「私の好きな色は黒。何度も言わせないで欲しいのだけども、ひょっとしたらそれは聞こえているのにわざと言っていて、尚且つ何度も私のパンツを穴という穴が開くまで、覗き込みたい、潜り込みたい、育みたい、という暑苦しい情熱からきてしまう、中山田くんなりの自己本能というものなのかしら。もしそれが本当なら、それはもう自己本能ではなく、事故本能とでも言おうかしら。全ての事柄を壊滅に導きかねない放送事故物ね、歩くだけで痴漢なセクシャルハラスメントの申し子、中山田くん」


 それと、予想以上に巨大な毒の塊を一言。


「別にお前の下着を、そこまでして見たいとも思わないし、大体僕は、好きな色を聞いただけでお前の下着をどうこうしたいという話をしたつもりは毛頭にも無いっ!」


 下着を見て、育みたいってなんだよ。その神の領域までいけるものなら逆に僕は行ってみたい。


「あら、そこまでして見たいとも思わない、と言う事は少なからず私の下着を見たい、という事なのね。嗅ぎたいという事なのね」


「まあ、見たくないわけじゃない……って揚げ足をとるな……って誰が嗅ぐかっ!?」


「何を言っているのかしら中山田くん。神から人間に与えられた感覚器官、五感の全てをフル活動させて、ありとあらゆる下着の本質をを感じる事が何よりもの特技であり、趣味であり、罪である。って前にホームルームで言ってたじゃない」


「そんな言うだけで罪になるような事は断じて言わないし、第一にそんな事をクラスのみんなに言ってみろ、その瞬間にこの榊原西高校で僕の居場所は数センチすら無くなるだろうが!」


「あら、びっくりしたわ」


 無駄にリアクションの大きい動きをしてみせるが一切表情は変わらない。


「何にだよ」


「居場所、なんてものが中山田くんに存在していたとは、今世紀一番の驚きだわ」

 

「二年B組、出席番号17番、中山田龍之介。気持ちの悪い担任教師から毎日のように出席取られてるわっ!」


 いつの間にか危なく、存在まで消されるところだった。どこまで危険な女なんだこいつは。


「そうね。中山田くんにとってこの世の地面である場所、全てが僕の居場所だって豪語していたものね」


「聞き方によってはなんか格言じみて聞こえなくも無いが、逆に言えば、どこにも決まった居場所の無いホームレス的な流れ物と言いたいことは僕には分かるぞ龍音寺。そして、そんなリスキーな言葉を豪語した覚えは一切ない」


「そんなに興奮をしないで中山田くん、何かやらしい事でもあったのかしら」


「いや、それはないわけじゃないけど……ってじゃなくて―――」


 いつも通りの龍音寺の雰囲気には戻ったの幸いだが、いつまで経っても先が見えない。

 毒の嵐にペースを崩され、いや、根こそぎ持ってかれているのをなんとか押しとどまる。このまま龍音寺のペースで話をしていれば、一ミリとも進まない。

 負けるな中山田。なんとしてでもこの毒の嵐を突破するんだ。この先の見えない戦いに終止符を打つんだ。


「わかったわ。教えてあげる」


「―――いい加減にそうだ、教えてくれ……って、え?」


 と、思ったらいきなり大きく前進。全く持ってこの世界は何が起きるか分からない。

 

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