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『嘘』と『毒』使いの彼女は僕の世界を崩壊させる!?  作者: 濱田健太郎
第一章 世界崩壊の始まり
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12/19

世界崩壊の始まり12

「思い出したって、何を?」


 龍音寺はわざとらしく首を傾げながら聞いてくる。


「もう、とぼけたって無駄だからな龍音寺」


 頭の中にあった靄が無くなりクリアになるのが分かる。今まで上手く思い出す事が出来なかった、昨日の出来事が鮮明に蘇る。記憶の波が一気に戻るのを感じ、一瞬だけ眩暈がしたが、逃がさないように深呼吸をすることでなんとかそれを抑えた。

 思い出す事が出来たのは良いが、それに伴って昨日のあまりにも異常な出来ごとに改めて身震いしてしまう。

 思い出すだけでおぞましい首なし海パン一枚の筋肉マッチョ軍団。

 その、世にも奇妙な未確認生命体を一蹴した、龍音寺の不思議な力。

 明らかに人間とは逸脱した姿形の、赤髪の幼女。


「もう、僕は全てを思い出した。だからもう隠したって無駄だ」


 今まで思い出せなかったのもきっと龍音寺の仕業なのだろう。そう思えば、先ほどの強引な会話のやりとりも、誤魔化そうとしていたように感じる。

 どうやってやったのかはもちろん謎だが、それよりも何故、僕の記憶をいじってまで隠す必要があったのか、そんな事を諸々、色々と聞く事がたくさんありすぎる。


「……どうして?」


 そこには、無表情の龍音寺には珍しい驚きの表情を見せる。今日は傘を持ってきていないので、急なゲリラ豪雨だけは勘弁してほしいところだ。


「――ふん。なにが僕はもう全てを思い出した、じゃ。両の穴から鼻血全開の間抜け面で格好をつけるでない。愚かな人間め」


 聞いた事のあるような、無いような、幼女らしき声が頭の上から聞こえてくる。

 視線をそちらに向けてみると、昨日見た、人を遥か上空に浮かべて落下殺人しようとした、見たこともない種類の幼女が、背中の翼をゆらゆらと動かしながら宙に浮いていた。

 印象的な褐色の肌に、光輝く赤の瞳に、燃える様な赤髪。

 腰にまで届くその髪はまるで生きているかのように動きを止めない。あれ、前に見た時はもう少し長かった様に思えるのは気のせいだろうか。

 とりあえず、鼻血の事を忠告されて恥ずかしくなったので、ポケットに入れてあったハンカチで鼻の周りを乱暴に拭きあげる。おかげで鼻の周りがひりひりと痛む。

 そうしている内に、幼女はゆっくりと龍音寺のそばに降り立つ。不機嫌そうな顔でこちらを鋭い視線で睨みつけると、吐き捨てるように言う。


「麗ちゃんがせっかく配慮してやったというのに、何の意味もない。全くもって頭の悪い人間じゃな。ここまで低脳な奴は初めて見るぞ」


 ずいぶんな言われようだけど、何も言い返せない。そんな事を言い返す事よりも、今目の前にいる、幼女の形をした人間じゃない者が一体何なのか、それを考える事だけで精一杯だ。


「プリモ。そんな言い方をしてしまっては、さすがの中山田くんでも心に傷が出来てしまうわ。頭が悪いのではなくて、ただ、今日はたまたま頭に脳みそを入れ忘れてしまっているだけなの。本当の中山田くんは、もう少し人間らしい思考をもっているわ」


「あるよっ! 今日というか、いつもいつでもちゃんと頭にぎっしりみそ詰まってるわっ!」


 考えることよりも、龍音寺にツッコミを入れる事を僕の脳は優先したらしい。


「あら、それが本当なら、今日はこれから大雪でも降るのかしら」


「いやいや、そんな珍しいことじゃないよ!? というか常備装備してますから」


 大げさに空を見上げる龍音寺。どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろうかこいつは。


「ふん、全くもってぎゃあぎゃあと五月蠅い人間じゃ。その口、一生開けなくしてやろうか」


 鋭い眼光が突き刺さるように向けられる。その瞬間、呼吸がし辛くなり、冷や汗が身体中から溢れ出す。

 丸腰の状態で、猛獣に睨まれているような、そんな状況が頭のなかで思い浮かぶ。それもライオンやトラなんかじゃない、もっと巨大で凶悪な、そんな何かが目の前に立ちはだかっているように。一メートル程の幼女の形をした者から発するオーラだけで、明確な死の気配を感じる。


「や、やめてく……れ」


 大声を出そうにも、喉が枯れてしまったかのように、情けないか細い声が宙に舞うだけだった。そんな僕の姿を見てなのか、にやりと邪悪な笑みを浮かべた幼女らしき者は、ゆっくりと近づいてくる。


「止めなさいプリモ」


「む、冗談じゃよ、麗ちゃん。……しかし、可笑しいのう。こやつは何故、思い出せたんじゃろう?」


「そうね、確かに可笑しいわ」


 龍音寺の制止の一声で、なんとか呪縛とも言える重圧から解き放たれた僕の身体は一気に軽くなる。

 荒くなっていた呼吸をなんとか整えながら、二人の会話に入ろうとする。


「ぼ、僕の、記憶がなんだって?」


 その声をあげた瞬間に、二人の鋭い目線が一斉に突き刺さる。


「ご、ごめんなさ……え?」


 よく見ると、二人は僕を見ているのではなく、僕の背後に視線を向けているようだった。

 恐る恐る、後ろを振り返ってみるも、そこには何もなく、屋上の空間と、それを囲む緑色のフェンスだけだ。


「出てきなさい、そこにいるのはわかっているわ」


 龍音寺が、誰もいない空間に向かって、言い放つ。

 すると、龍音寺が向ける鋭い視線の先の何もない空間から、急に男が現れた。


「はぁーはっはっ!、さすがだな。龍音寺麗羅よ。まさかばれているとは思わなかったぞ」


 やや歳は下に見える幼い顔をした金髪の少年は、やたら芝居がかった動きをみせる。

 黄色やピンクなどの蛍光色が全体的に散りばめられた上下セットアップの服を着ているせいで、動く度に色がうるさく感じる。


「前回は、惜しくも破れてしまったかもしれないけどな、あれが俺様の本気だと思っているのであれば大間違いだぞ、龍音寺麗羅!」


 前回、とは一体何の事を言っているかと思えば、男の隣に、大きな影がゆっくりと浮かび上がり、だんだんと形を成していく。あの『首なしマッチョの姿に』。

 昨日、僕のことを取り囲んできた奴らとは違い、身体は銀色にメッキされていて、少年の派手な服に妙にマッチしていた。完全に姿を現した首なしマッチョに乗り上がった少年は、龍音寺に向けて指を差す。


「あの日に、向かわせた探索用『ゴーレム』達は、簡易的なものだったのでなぁ! 充分な命令系統を仕込んでいなかったから、単純な動きしかできず、また正確にターゲットを絞る事も出来なかったのだよ」


 僕の方を見ている。

 なるほど、だからあの『ゴーレム』と呼ばれた首なしマッチョ達は、誤って僕の方へと向かってきたというわけだな。本当、良い迷惑だ。


「だが、今回は違う。なんせ、俺が創りあげる『ゴーレム』の中でも最上級の精鋭を連れて来ているからな。見よ、このミケランジェロを彷彿させる完璧な造形美を! しかも、ただ美しいだけではない、先ほど見せたステルス迷彩モードも数ある高機能のうちの一つだ!」


 まあ、さっきあっさりと龍音寺にバレていたけれどな、そのステルス迷彩。

 高らかに笑い続ける少年に対して、龍音寺は何か言い返す事もない。 


「はーはっはっはぁ! 龍音寺麗羅、お前が勝利する可能性は微塵も無い。それに、今回は術者である俺様がゴーレムの近くにいる事で、その力は何倍にも膨れ上がる……それが一体どういう事だかわかるか? くくく、恐ろしくて想像する事もできまい……さあ、諦めて今のうちに降伏する事だな。そうすれば痛い目に遭うこともない。俺様は戦意を喪失した小娘をいたぶる趣味はないんでなぁはーはっはっはぁ!」


 客のいない会場で一人演劇を行っているおめでたい奴に見えて来た頃に、龍音寺が口を開く。


「待って」


「ほほう、余程我が最強のゴーレム『インビンジブルマン四世』が恐ろしいと思える。それもそのはず、このゴーレムを創りあげるまでに、どれほどの労力と時間を費やした事か……一週間だ!」


 意外と短いじゃないか!? と声高らかに叫ぶのを必死に抑えた。


「いえ、あなたの『おもちゃ』なんであろうとそんな事はなんの関係もないのよ」


「……ふん、強がりを言いやがって。それじゃあ何だって言うんだよ」


 龍音寺の言葉が気に食わなかったのか、拗ねた子供の様な喋り方になる。やはり歳が若いのか短絡的なのかもしれない。だが、その言葉と併せるように空気が張り詰めるのを感じる、心なしか、少年と銀色首なしマッチョの周りの空間がゆがんでいるような、一色即発という感覚を感じる。


「ただ、一言だけ言わせてもらっても構わないかしら?」


 緊張でなのか、喉はカラカラ。心臓は高鳴り始める。僕のチキンハートは泣きわめいている。

 そんな僕とは対極に、相も変わらず表情の変化に乏しい龍音寺は、小さな唇から言葉を発する。


「あなた……気持ち悪いわ」


「―――……は?」


 言葉? いやいや、龍音寺が発したものは、言葉なんて常識めいたものでもないし、生易しいものではない。


「聞こえたかしら? 気持ち悪いと言ったのよ。気持ち悪いと。あなたの存在。身体。格好。声。言葉の使い方。その気味の悪い形をした物体。あなたが半径1キロメートル内の同じ空間にいると思うだけで、空気が汚れているような気がするわ。あぁ、気持ち悪くて、意識が飛んでしまいそうだわ。顔面凶器とはあなたの事を言うのね。確かに恐ろしくてたじろいでしまうわ、その顔を見るくらいなら、古びた公園の年季の入ったトイレに顔を突っ込むことすら容易に感じてしまうわ。いえ、むしろ喜んでやらせてもらいたいくらいよ。はあ、あなたみたいな気持ち悪い存在に出会ってしまうなんて、今世紀最大の不運だわ」


 そう、彼女が発したものは、『毒』そのものだった。


「……―――な、なんだとぉっ!?」


 何か言い返すのも忘れるくらいの、毒のマシンガンが奴に打ちこまれる。どうにか、口を開いたがそれもつかの間、龍音寺のマシンガンの銃声は止まない。


「何かしら? まだ何か喋る事でもあるの? 申し訳ないけれども、あなたの為に時間を割く程、私は鬼畜ではないし、聖者でもないわ。それとも何かしら。どんなに言われようとも、伝えなければいけないような世紀のビッグニュースが、あなたの引き出しには眠っているというのかしら。それなら気にならないでもないわね。でも、これだけの時間を溜めてまで話すのだから、それはまたファンタジー真っ盛りで壮絶で衝撃な間違いのない内容なんでしょうね。ハリウッドもびっくりの全米を泣かせる物語を今ここで聞かせてくれるというのかしら。それはそれは楽しみで夜も眠れないわ」


「いや……ちょっと待て、なんだいきなりそ、その」


「嘘よ。嘘に決まっているでしょう。どうして私があなたのような家畜と呼ぶことさえおこがましい、そんな豚の餌にもならないくだらない話を聞かなければいけないのかしら。耳が腐る前に丁重にお断りをさせて頂くわ。そういえば、さっきから気になっていたのだけど、いえ、気になっていたなんて言い方をしてしまえば、あなたに私が少しでも興味がある様に思わせてしまうわね。これは、きちんと謝罪をさせてもらうわ。ごめんなさい、あなたには地球の終わりが訪れようとも、一切合切興味がないの。畳の目を数えている方がまだ生産的な興味に思えるわね」


「……あ、あの」


「俺様に勝利する可能性は微塵もない? 言語道断とでも言わせてもらうわね。あなたはまず自分の身分というものをわきまえたほうが良いかもしれないわ。人間社会の常識を知らないあなたにそんな事を言ってしまっても意味がないのかもしれないけれど、一応そう言わせてもらうわ。でも、そうね。やっぱりとりあえず喋るのを止めてもらって良いかしら? とにかくあなたの声が耳に入ると思うだけでいちいち頭痛がするの。広範囲感染型のウィルスよりもあなたの存在の方がこの地球にとっては害になるわ。害。公害。この場にいるだけで害的な存在って、考えてみると可哀想な話しだと思うわ。でも、何故だかあなたの事に限っては微塵も同情できないわ。そうね、そういえば、エコってなんだか知ってるかしら。おあいにくの事、私もこの言葉の意味を深くまで良く理解していないのだけれど、私が思うにあなたのような生物がこの世界からいなくなる事が、エコ、というものに一番繋がると思うの。あら、そんな悲しまないでちょうだい。あなたの死のおかげで、たくさんの人間が助かると思うだけで、幸せな気持ちになれるでしょう。だから、あなたは即刻死になさい」


 沈黙。

 あれよあれよと言う間に、何も言い返せなくなってしまった派手な服を着た金髪少年。まるで叱りつけられた不良少年のようだ。

 『インビジブルマン四世』と呼ばれていた銀色に輝く首なしマッチョも、いつの間にかその色は錆び付いた赤茶色に、身体も心なしか萎んでいる様にも見える。どうやらゴーレムというのは少年の精神状況がリンクしているようだ。

 じわりじわりと蝕んでいく、恐ろしい毒のマシンガン攻撃。

 少年の顔を伺ってみると、少し涙目になってるようにも思える。それもそうだろう。僕だってあんな量の毒を浴び続けたら、耐えられるはずもない。泣きながら走り去ってる頃だ。


「あら、どうかしたのかしら?」


 まるで、都心のカフェで昼休憩している際、聞き逃してしまった言葉を聞き返すかのように、それはもう、何事もなかったかのように。


「……めてください」


「あら、どうかしたのかしら? 声が小さすぎて何も聞こえないのだけれど、って、そういえば言葉は喋る事はできなかったかしら。残念ね。あなたの言葉は、私の脳が言葉として認識してくれないみたい。いわゆる拒否、拒絶反応ね。これは、私が望んでやっていることではなく、反射的なモノが作用しているわけなのだから、そこまでショックを受けないでもらいたいところなのだけれど。あぁ、そういえば一言だけ、という話しだったかしら。少しだけ喋りすぎてしまって申し訳ないわね。別に特段あなたに何か伝えたいと言う事はないのだけど、そうねただ一言だけでまとめてしまうというのであれば―――」


 無表情の顔が、珍しくも笑顔に変わる。

 もちろんそれは、天使のような暖かい慈しみの心に溢れた笑顔などではない。

 にやり、と引きつるように頬を上げた、悪魔のような笑顔を見せて、一言だけ。


「―――あなた、気持ち悪いわ」


 その瞬間、泣き崩れる男の姿が僕の視界に映った。生気の抜けたような呆けた顔をしてその場にうずくまる。

 そして、龍音寺麗羅という美少女の恐ろしさを改めて、本当に改めて認識した。


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