4-1とある少女たちの話:如月
同じ世界のみんなよりも力が強くて、でも違う世界の彼女たちよりはずっと力が弱い。そんな私が受けるには、力不足だったのだと本当はわかっていた。崇高に聞こえたその使命に、きっと私は目が眩んでしまったのだ。
迷い込んだその先で、小さな女の子を見つけた。迷っちゃったのと寂しそうに目を潤ませて話す。私もそうだと話すと、今度は目を輝かせてそれじゃあ探検しようと無邪気に抱きついてきた。そのぬくもりがどうしようもなく愛おしかった。
見た目よりも更に幼い印象の女の子。素直で可愛らしい、握る手のひらが暖かい優しい女の子だった。
彼女と二人、見つけた可笑しなお店。
異界屋と書かれた看板を見ていると、中から彼女が招き入れてくれた。
どうか協力してほしいと、彼女は言う。
たくさん世界があって、すべての世界を管理するのは大変だからと。報告さえしてくれればいいからと言われて、頷いた。
その世界に迷い込むだけの力があること。そしてそれを正しく使える心があること。
それを見込まれたはずなのに、きっと私はその二つともが足りていなかったのだと思う。
「ぼろぼろになるまで頑張るんだね」
最近はこんな事ばかりだ。心配症の和さんはよくサクちゃんを派遣してくれる。今回は報告が少し遅れてしまったから怒られるかなと思ったけど、まさかこの人が来てくれるなんて思わなかったな。
でも、ずっとこの人と二人で話してみたかった。この時が最初で最後のチャンスだと思った。
「頑張ってるんでしょうか。身の丈に合わないことをして自滅するような気もします。勿論、ただで転ぶ気はありませんけれど。……わたし、愚かですか?」
「どうかな、世間の価値観はすぐに変わるから。でもあたしは嫌いじゃないよかな」
本を読みながら、その人は言う。
和さんのところから、きっとまた無断で持ち出したんだろう。お呪いのかかったそれは、他人にはただの本に見えるという。許可をもらっていない私にはただの本に見えた。
仕事を手伝ってもらっている身でありながら、私の口は止まらない。
「そうですか。では……わたしのこと、好きですか?」
「グイグイ来るね」
「きっと、好きでもないんですよね」
そう聞くと、あっさりと、そうだねと返された。分かっていたけれど、少し寂しい。そして、響かないことが悲しい。この虚しさを、この人は忘れてしまったのだろうか。
「あなたにとって、人生とはなんですか?」
「哲学?」
「いえ、ただ、参考にしたくて」
ずっと聞いてみたかった。情けないから、ずっとあたためてきたそれを些細なことのようにきいた。
「私たちは、ずっと繰り返すでしょう? 他のみんなは一度きりなのに、私たちは保証されているようなものだから。よくわからなくなるのです。だから、私たちの中で一番長いあなたに聞いてみたかったのです」
その人は本から目を離さずに、答える。
「どうかな、世の中には絶対はないというし、案外急にぷっつり終わってしまうかも」
「それは……困りますね」
なんでもないことのように言うけれど、想像すると少し怖い。
「そうかな」
「そうですよ。でも、きっとあなたは違いますよね」
その人は小さく笑う。
「ひどい言い様だなぁ……でも、そうだね、人生とは、か。人生とは人にとっては時間の浪費だし、世界にとっては、ただのリサイクル」
「リサイクル……」
身近な言葉に例えられて、少し呆気にとられる。
「死んでも記憶を洗ったらまた使うでしょ」
「それは……すこし虚しいですね」
「そうかな」
「そうですよ。もしここもそうだったら、悲しいです」
歴史の中ではとても些細なものだろう。けれどそんな些細な存在だと受け入れるのは、とても難しいことだ。捨てきれないほどのあたたかいもの、つめたいものをもう忘れることはできない。
「ここはどうなるかわからないね。スペアのある世界だなんて珍しいしさ」
そっと本を閉じて、その人は顔を上げた。相変わらずの無表情だった。
「そうですね。でも、できる限りみんなが平和に、できる限り憎みあわずにいられたらと思ってしまうのですけれど」
「聖人だね」
「皮肉ですか?」
思わずきくと、率直な感想だよと返される。聖人だなんて嫌いそうな人だから、つい言ってしまった。
「そうですか。赤桐さん、ひとつお願いをしてもいいですか」
「なんなりと。手伝いに来ている身だからね」
にこりと笑って返される。いつもと寸分違わない笑み。それがどこか虚しくて、切なくて、でも頼りになる。
「ありがとうございます。そうしたら、もしもこの世界がどうにかなったとして。私がその時いなくなったとして。
その時はどうか、あなたに見守っていて欲しいのです」
「あたしが? それはなかなかの人選だね」
「そんなことありません」
少し驚いたような顔でこちらを見る。珍しいリアクションに少し嬉しくなった。癖になってしまいそうだ。
「あたしは君みたいに真面目にやらないよ」
「私と同じではだめなんです」
「あたしは人の心がわからないらしいけれど」
「誰もがすべての人の心を分かるわけではありませんが、もしそうならそれはきっといまは休んでいるだけです。あなたは誰よりもいろいろなことを知っているから。だから、そんなあなたが、いいのです」
食い下がるその人をじっと見つめる。私たちの中で誰よりも歴史のある人。なんでも知っている人。知りすぎてしまった人。そんなあなたがいい。
「おかしな言い方するね。でも、それを望むならそうしよう。可愛い後輩の願いは叶えてあげたいし。じゃ、次の担当はあたしということで」
「はい。お願いします」
ーー遠ざかる空を見ていた。
自分の体が少しずつ少しずつ空気に溶けていくような感覚に目を瞑る。
誰かが私を呼んでいる。ああ、そんな彼もきっと死んでしまう。どうかその心は死なないで欲しい。あなたの炎はとても美しいから。どうかその火を灯し続けて、誰かを照らし続けてほしい。
煤にまみれたあの人が、私に振り返る。見たこともないような焦った表情に、少しは情が移ってくれたのだろうかと嬉しくなる。独り善がりな私にはあの人のような人が必要だった。だから無理矢理のような形で巻き込んだ。面倒見のいいあなたは、きっと彼方につきたがると知っていながら。それでもいつか、貴方が我武者羅に求められるような何かに出会えばいいと願っている。
彼の前に立つ少年が、無心に力を振るう。そこに彼の心はあるのだろうか。彼の中に疑問は、意志はあるのだろうか。それすらもう、知ることができない。いつかはあなたにも心のなかに巣食うようなあたたかい何かが生まれてほしい。
彼が私を睨んでいる。何故怒らないのか、何故立ち上がらないのか、何故この理不尽を甘受するのかと。私のやり方は初めから間違っていたのかもしれない。貴方をいたずらに苦しめただけだったのかもしれない。でもあなたのひた向きな愛情が、どうしようもないほどに好きだった。
ああ、でもどうか。
怨恨の連鎖に終わりをと想ってつけたあの意味を、ひと時でも共に過ごしてくれた貴方に、いつか知って欲しいと思う。
溶けていく指先に、熱いものが触れる。
ああよかった、見つけてくれた。来てくれた。
貴方にもいつか思い出させてくれる人が来てくれるといいと思う。
どうか、いつか思い出してほしい。このこたちと居てあげてほしい。
こどもができると人は変わるといいますから。なんて、朧な思考はそこで終わりを告げる。
5/17 誤字修正




