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SCARLET  作者: 九条 隼
俺達天才サイキッカー!:超能力者達の話
51/58

4-閑話



 家から締め出され、男は扉の前に立ち竦む。見上げて初めて、その家の色を知る。照らされた屋根の赤さが、やけに眩しかった。

 枯れきった川、緑の消えた大地に、眩しいほどの照り返しが広がっている。

 なんの音もしない。

 なんの気配もしない。

 そこには、何もなかった。

 まるで一つの絵の中の世界に一人取り残されたようなその場所で、男は暫く立ち尽くした。

 そこは、どこか既視感のある場所だった。


 一つの世界の終わりが、ただ残されていた。




 男はぼんやりしながら一歩、足を踏み出す。

 崩れ落ちそうな橋に足を乗せれば、何処からか男を呼ぶ声がした気がした。あたりを見回せど人影はない。音は何処にも転がっていない。そもそも男は、自分の名前も知らない。だというのに、一歩、また一歩と踏み出すたび、誰かの呼び声がする気がした。

 その声を頼りに、歩みは進む。

 橋を渡りきり瓦礫の道を辿る。誰かが住んでいた街の残骸に時折足を止めながら、男は声に連れられる。そしてその声は、ガラスの飛び散ったその場所で途切れた。

 一階の途中から、食い千切られたようにひび割れ崩れた建物の跡だ。いくつも転がった細い材木や丸い板を見るに、何かしらの店だったということがうかがえた。男は形だけの入り口に踏み入った。

 何かしらの破片に傷つけられたカウンターを指先でなぞる。カウンター内に散らばる割れた瓶たちを拾い上げると、男はその破片の一つを、ズボンのポケットにしまい込んだ。


 再び、声が呼ぶ。少し大人びた声のような気がした。耳に優しいそれは、今度は引き止める。男は何故だか進まなければいけない気がして、その店を後にした。

 男は慣れた道のように迷わず進んでいく。手持ち無沙汰になりポケットに入れていた破片を手で遊ぶ。軽く上へ放ると、手から転がり落ちた。

 破片は思いのほか転がって、街角らしき場所で襤褸の上に乗った。

 草臥れ油の染み付いたその襤褸は、何故だか男を惹きつける。指先に触れるとき、先程まで手にしていた破片が指先を傷つけた。

 草臥れた襤褸は思いのほか手に馴染む。子どもが縫ったような不恰好な刺繍があることに気付き広げると、男は目を見開いた。




 その名前に聞き覚えはない。

 その襤褸には不相応な名前だ。その筈だが、何故だか男は自分の中の何かが揺さぶられた気がした。


 いつだか誰かに教わり、誰かに教えた文字の羅列に、男の体は震える。

 そんな名前ではなかった筈だ。これほど不器用ではなかった筈だ。


 自分で何のことを指しているのかわからないままに、それでも男は食い入るように襤褸を見つめた。



 汚れたものは、綺麗に洗って、直せば、治せば、きっとまた使える筈だ。

 迷わず襤褸を抱えて、今度は走って道を進んだ。行けども行けども洗える場所は、水はどこにもない。走り回って、破片や瓦礫に引っかかり怪我をしながらも探し回って、男は足を止めた。

 何故だか妙な胸騒ぎがした。襤褸を再び広げると、その襤褸は新たな穴をつくり、更には数を広げていた。

 縫わなければいけない。糸と針で、そうすればきっとまだ使えるから。

 唯一物の使える家を思い出した男は、道を駆け戻っていった。




 瓦礫の道を進む。

 足を取られまた引っかかりながら、今度は傷つけまいときつく襤褸を抱きしめる。手のひらに感じる刺繍の弱さが、男を焦らせた。


 来た道を逆さに走っていけば、何故だか先ほどは見えなかったものが目に映る。

 散らばる破片の反射は眩しく、それでいて美しさもある気がした。

 瓦礫の下の千切れたぬいぐるみ。

 見事な刺繍の布地の切れ端。

 幼い文字を綴った紙切れ。


 それらに動揺しながら、男は街を抜けた。

 枯れた川に掛けられた橋を走り抜ける。街から引き離された寂しげな家。

 まるで檻のようにも見えるその家の扉を、自ら開いた。




ーーそこには、一枚の絵画が飾られていた。

 目にした瞬間、男の時間は止まった。


 月があった。不気味なほど煌めいている。どこかから切り取り貼りつけたようだった。

 首のない、女がいた。見覚えのある服は切り裂かれ赤く染め上げられている。自己犠牲的な、聖女になるには力のなかった女だ。

 火炙りにされる、男がいた。身体中に煤に紅蓮にまみれながらも月を見上げている。その時初めて自分にとっての光を見つけた、空っぽだった男だ。

 顔の潰れた、子どもがいた。折り重なって身を寄せるように倒れている。寂しがり屋でそばにいる事を許してくれる誰かを渇望する、子どもたちだ。

 土の上に散らばった、何かの塊があった。混ざり合って元の形はわからない。誰かが酷く憎んだ誰かとその同種の、区別のつかないようになってしまった何かだ。

 そして。


 何かが腹の底からせり上がる感覚に震える。喉元まで溢れそうになったそれを押さえ込んで、手摺にすがりながら一歩ずつ階段を上がる。喉が灼けそうなほどの荒い呼吸と、無意味な声がこぼれ落ちる。

 一歩、また一歩、凄惨な絵画に近づく。

 踏みしめるようにして進む男の脳裏に、帰り道の破片が、玩具が、切れ端が、紙切れが。そして、男の抱えた襤褸が浮かぶ。


「………………これは、俺か?」

 一人取り残された、男がいた。

 全く同じ服を着た、呆然とした表情で空を仰いでいた。

 そうだ。

 これは俺だ。

 俺が始めた、この世界の幕引き。

 背中を駆け抜けた震えに、男は絵画にしがみついた。一つ一つを食い入るように見つめながら荒い呼吸を繰り返す。

 これは俺だ。これはあの生き物たち。これは憐れな同胞。これは大切な子ども。これは、あの、俺の唯一だった、女。そしてここは、あの女が、俺に初めに差し出した平穏だ。何故ここにいるのか? 何故俺は生きている? これは一体、どういうことだ。

 女の最期を思い出せない。この光景を作り上げた張本人が、この俺が、何故こんなところに残っている。あの女はどこだ。どうしてこんなところに。




 男の視界が襤褸に絡まる破片を捉え、男は飛びついた。



4/25タイトル修正

5/17誤字修正

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