3-1とある男の話3
「あれはなに?」
元々の性分なのか、それとも今までの知識の無さを巻き返そうとしているのか、少年はなんでも質問したがった。
男はその度なにを聞かれるか気が気じゃなかった。男もなんでもものを知っているわけではなく、女に教わったものを覚えていただけだからだ。
まごつく男の代わりに、街行く人が笑って答える。はじめの印象とは異なり、案外親切な生き物もいるものだった。
好奇心旺盛な少年は次第に男の影に隠れることは無くなり、自ら外に出て行くようになった。あれを教わったこれを教わった、あなたとこれを食べてねと受け取った。少年は、帰ってくるとすぐにとめどなくまくし立てた。
馴染めているようで何よりだと思いつつ、あの大柄な男の言葉が気にかかっていた。
ーー奴らに見つかったら。
あの男の言う奴らとは、一体誰なのか。
答えはすぐそこまできていた。
青い空の澄んだ日のことだった。
男が雇われ先の片付けをしていた時、地が揺れるほどの雷鳴を聞いた。一瞬あたりが静まり返り、皆が空を見る。
何故だか空は青いままで、おかしな天気だと人々は話す。しかしあの雷鳴は近いはずだがと首を傾げ、何人かはそこを確認しに出かけていった。
男は妙な胸騒ぎを感じていた。
あの男の気をつけろと言う声が繰り返し耳元で流れている。耐えきれず店主に声をかけると、少年を気にしている彼に今日はもういいからと笑ってみせた。
「おい、どこにいる」
部屋の中はもぬけの殻だった。いつもの散策に出かけているらしい。傘とそれから一応の上着を腕にかけて、男は少年を探し回る。
少年の話していた露店や豪邸、それから気に入りの喫茶。全てしらみつぶしにして走り回るが見つからず、男は路地裏へ入り込んだ。
そして、使い慣れたそれ頼みに情報を探る。今まで人に使ったことはなかったが、その時ばかりはできるような気がしたし、そうでなければ困ると思った。
少年は、思いのほか近くにいた。
人に囲まれ座り込んでいる。人数と配置はわかるが詳しい様子は分からず、それに気を配ったまま飛び出した。
少年は、何故だか服の端を黒く焦がしていた。
そして呆然と座り込んでいる。
その周りを、先程まで男と話し込んでいた客が囲んでいる。
「コイツは人じゃないぞ」
何を言っている。男は頭の奥で何かが冷えていくのを感じた。
「疫病神かも」
「雷を呼んだのを子どもが見ていたと」
「目の色が変わるらしい」
ーーなんて、不気味な。
吐き捨てた言葉の数々に踏み出した足が止まる。足音に振り向いた連中が、男を見て、また目を丸める。
「アンタも、同じか」
呼吸が急に早まった。
肩で息をする男に、連中が表情を硬ばらせる。
誰かが少年の首根っこを掴む。
家畜のように、もののように、まるで別の生き物のように。
久し振りに向けられたその目は、やはり、男の体を震わせた。
この震えは怒りだと、その時漸く気づいた。
この理不尽な現状への、あの自分勝手な生き物たちへの、地の底から沸き立つような怒りだと。
ーー男は、また街を出た。
新しい街では少年に一人にならないようにと何度も言い聞かせ、折れた腕に木を添え布で巻く。
少年は、何も言わなかった。
そうやって、多くの街を放浪した。
怒って、絆され、暴れ、同類を拾った。誰も彼もがその目を青く光らせるたび石を投げられる。その度大きくなっていく体の震えを、男は抑えられなかった。
いつも一緒にはいられない。仕方ない。
街を変え頭を冷やすたび、女の柔らかな声を思い出す。
あの女も能力者だった。だから街を追いやられ生きていた。子供が一人あの家で。そのくせ気紛れに救いをせびりに人は来る。きっと人前で青い目を光らせれば、またやり直しになるんだろう。
拾った超能力者たちが涙ながらに歩み寄りたいと話すたび、打ち捨てられ数を増やすたび、男の震えは増す。
その怒りの矛先は、明確になっていた。
ーー少年が彼等に手を上げた。
無表情で、後ろに誰かを庇って。隠れても歩み寄っても共に暮らせないというのなら、その震えに従うべきだ。
きっと初めから間違っていた。
俺たちは俺たち以外の何者でもない。無理にやつらに溶け込む必要はなかった。無理に能力を隠す必要もなかった。俺たちだけが我慢する必要もなかった。
こんな世界にしたのは一体誰か?
神か? 人か? 非能力者か? 俺たちか?
答えはどこにもない。答えを見つけたとして現状は何も変わることはない。
だから、これは一つの選択だ。




