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SCARLET  作者: 九条 隼
俺達天才サイキッカー!:超能力者達の話
46/58

3-1とある男の話1



 男は、初めから一人だった。

 襤褸布を巻いて骨の浮き出た足を必死に動かし、盗みを働き生きていた。影で生きているのは、嫌悪の目を見ると体が震えるからだ。

 人々は彼を見る度嫌悪の目を寄せる。身を寄せ合って何事かを囁き合って、眉を寄せ彼を指差す。子供を連れていれば直ぐに抱き上げ足早に去り、子供ならば石を投げて遊ばれた。

 彼はその度に、体が震えて動けなかった。


 生きるため必要なものは幾つしかないはずなのに、彼にはそのどれも、手にするのが大変だった。

 水を汲む時間は真夜中だ。手元は見えない。汲み方は影から人がやるのをみて覚えたが、引き上げた桶には少ししか水が入っていなかった。食べ物は草を食べ土を食べ、堪えきれずに家に侵入してくすねとる。彼にはそれが最善だ。それを罪だという知識も、それを教える人すら彼は持っていなかった。

 彼の知る言葉は少ない。人と話すことがないからだ。文字を読めない。読む必要はなく、そして知ることができなかったからだ。しかし彼にとってそれは当たり前のことで、不平等を感じない。

 自分を彼らと同じ生き物だと思ったことはなかった。疑問に思う時間もなく、彼はただ生きていた。



ーー彼女に会うまでは。

 街を変えながら、もしくは街を追われながら辿り着いたその先に、彼女はいた。

 長閑な街並みで襤褸布の彼はとても目立った。夜でも明かりのつく、影の少ない、生きにくい街だった。疲れさえ取れれば直ぐに移動することになるだろうという彼の予想は、覆された。


「あなたも、能力者ですね」

 彼よりずっと幼い子どもがにこりと笑いかける。夕暮れ、赤く照らされる屋根の下へ、彼は連れ出された。

 

「……のうりょくしゃ?」

 警戒しながらも、誘われた部屋で男は訊ねた。久し振りに絞り出した声は変わらず掠れて聞き取りにくい。子どもは眉を下げた。


「お兄さん、あなたはきっと私と一緒なの。……お名前は?」

「……」

 男には、答えることができなかった。名前を聞かれたことはない。そして、名乗ったことも。そもそも自分には名前があるのか、それすらわからない。

 柔らかそうな肌、輝く黒髪、汚れひとつない服に屋根のある生活。

 男は初めて見る歩み寄るその生き物を、利用することにした。




 子どもは無防備だった。服を与え食べ物を与え、水を、そして部屋を与えた。初めてのものに触れる度警戒する男をよそに、子どもはあれやこれやと与えたがった。そして代わりに傍にいて欲しがった。


「おにいさんは、とても目がいいのですね」

 食事を机を使ってするのも初めてだ。わざわざ道具を使って食べる必要もないが、子どもはそれも与える。苦戦する男を見ながら、子どもは言った。

「私もそういうのが良かったな……」

 何のことだか分からず、男は何も返さない。子どもは気を悪くしたらごめんなさいと素直に謝った。


「ここだけ街から離れてるでしょう? 川を跨がないと街にいけないの。いつも、追いやられてるみたいで、寂しい。彼らとは、いつも、一緒に過ごせない。……仕方のないことだけれど」

 子どもは更に男に多くのことを与えた。街でも暮らしていけるような知識を、振る舞いを教えた。

 男には、物思いに耽る余裕ができ始めていた。子どもは男に呼び名をつけた。



 子どもの家には稀に人が来る。こんな事があった、あんな事があった、あれが憎いこれが憎いと子どもに話す。子どもはそれら全てを聞いて頷き、紅茶を勧める。

 ティーカップを両手ですくうように持つその人々は、子どもから言葉をもらうと、少し憑き物が落ちたような顔をして、去っていく。

 家の外には、終焉屋、と看板が立っていた。

 男にはその看板の意味がよくわからなかった。

 短時間で増える情報の格差に呆然としていた。彼らと自分は別の生き物だと思っていた。今もそうでないかと思っている。全く別の生き物でなければ、この違いはなんだというのか。







ーー男は、子どもの知り合いの下で働き始めた。


 人を傷つけてはいけません。

 人のものを盗ってはいけません。

 相手に優しくしなければいけません。


 働く上で、子どもは男にそう約束をさせた。男は不承不承頷いた。暫く従うことで、屋根の下の生活を良いと思ったから。

 男の新たな活動は、思いの外に大変で、同時に面白みもあった。皆が彼を普通の人として扱い、まるで自分が街に馴染むような生き物かのようだった。

 何度か物をくすねたが、子どもは目ざとく気付き取り上げて叱った。その度子どもに連れられ頭を下げに行った。忌々しげにため息と罵倒を受け体が震えたが、それでも子どもは頭を下げ続けた。


 子どもの知り合いの店主は不気味なほど男に同情的だ。

 それはあそこに置いてくれるか。疲れたらここで休むといい。これは美味しいから持って帰って二人で食べなさい。

 与えられるものに、男は少しずつ慣れてきた。物をくすねることはなくなり、自分から動くようになった。

 次第に男には後輩ができて、与えられるだけでなく、与えるようにもなった。変わらず店主は男に同情的だった。

 男は後輩と仲良くなり、よく連むようになった。

 後輩は善良だが少し調子者で、稀に店主から絞られていた。その度、なぜ自分だけと拗ねるところがどこか可愛がり甲斐があった。先輩聞いてくださいよと、少し目を潤ませて何があったか事細かに話す。話し終えるとすっきりしたような顔で、でも店主は美人だと上機嫌に話した。

 呆れて笑うと、後輩も同じく笑った。笑いあえるほど近い生き物でいれた。

 遠い街から来た、貧しく何も知らず悪いことをして生きてきたという男の生い立ちを話すと、後輩は、それでも先輩と働けて嬉しいと笑う。先輩はいい人だと笑った。受け入れられたのかと分かると、何故だか落ち着かなかった。

 これが人間というやつかと、彼らも同じ生き物なのかと、男は少しずつ理解を示していった。

 その頃にはあの子どもは女になっていた。男が帰るたび女は安心したように笑って、家に迎え入れた。

 男は、次第に女を理解しようとするようになった。稀に女を尋ねてくる連中に紅茶を出す役が男になった。意外と美味しいと驚く客人に、苦笑を返すほどには、男は穏やかにいられた。


 そしてある時、男は汚らしい少年と出会った。それは2度目の転機だった。

 後輩との買い出し帰り、大量の荷物を抱えていたとき、曲がり角で後輩に汚らしい子供がぶつかった。痩せ細りボロ布を纏った子どもは珍しい肌の色をしていて、痩せ過ぎて目の周りが落ち窪みギョロッとした目が落ち着かなげに周囲を見回していた。

 大丈夫かと男が声をかけようとした時、後輩が少年を突き飛ばした。


 罵声を浴びせて蹴りつけて、追い立てる。

 犬のように四足歩行で逃げ出した少年を見て落ち着いたように肩を落とした後輩は、男に振り返って、災難でしたねと笑顔で振り向いた。






 男は自分の体が震えるのを感じた。

 そしてその衝動のまま、体を突き動かした。




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