2-1教えたい人
放課後の静かなはずな教室で、どこかのクラスの三人組が騒いでいる。
明るい声に弾むような声、穏やかな声は止まらない。
ああでもないこうでもない、ちょっとこの菓子美味すぎない? これは勉強も手が止まるよ。ほんとだマジだ、これは間違いなく流行る。てか昨日のテレビ見た? やっぱみゆみゆは最強のアイドル。みゆみゆ小さくない? おいそれどこ見ていってるんだ。
そんな取り留めのない内容が廊下にまで筒抜けだ。
脳裏には既に、ド派手な赤髪に短い茶髪、艶やかな黒髪の凸凹三人が犯人として浮かんでいた。
今日もあの三人は目立っている。
箸が転んで笑うような年齢ではあるだろうがもう少し落ち着きをだな、と昨日懇々と説教をしたばかりの学年主任が隣でため息をついた。
「また残ってますね」
「全くあの三人は……」
おっと話が長くなりそうだ。
藪蛇だったかと口を噤んだが、その声色は少し柔らかい。実年齢よりも老けて見える学年主任はどこか嬉しそうだ。
ああそういえばと思い当たる。
「香川はテニス部でしたか」
艶やかな黒髪の生徒が脳裏に浮かぶ。うちの学校一、いや、絶世の美少年と評判の彼の憂い顔は一度見たら忘れられない。まれに校門で彼の顔を一目見ようと待っている他学校の学生もいる程だ。
尤もそれは他の二人も似たようなものだけれど、彼は特別だ。そしてそれが彼にとっての不幸である事は間違いない。
「ああ。こんな声を聞いていると少し、安心するな」
「去年は大変でしたね」
「まったくだ」
それきり主任は黙ったが、沈黙は思いのほか心地よかった。廊下には変わらず三人の声が響いていてぎゃんぎゃんと五月蝿いけれど、年相応だと微笑ましさすら感じる。
「テスト期間は速やかに帰りなさい!」
扉を開けるやいなや怖い顔を作り出した主任の後ろから教室をのぞく。想像通りの三人組がそこにはいて、二人の間にいる遠矢少年の顔は想像以上に無邪気な笑顔だった。
うん、そうだ、君はそうあるべきだ。
君は、そこにいるべきだ。
遠矢少年との出会いは数年前にさかのぼる。
学生時代立ち寄った喫茶店で、それは起きた。
--な、なるほどどうやら俺は夢でも見ているらしい。
右へ左へあちこちへ転がり続ける六角鉛筆を目で追いながら、上がっていく呼吸をゆっくりただす。
あっちへコロコロこっちへコロコロ、重さとか俺には関係ありませんけど? と言わんばかりの軽やかさ。ドヤ顔をしてそうな様子の鉛筆には顔がないのでそれはもちろん妄想だ。
いや、でも、この狂ったような回転は思ってそう。なんだこれは、一体何が起こってるんだ。
寝不足のあまり悪い夢でも見てるんだろうか。
白昼夢? もしやドッキリ?
誰か後で紐でも引っ張って俺をからかってる?
周りを見ようとも半個室の席にはほかには誰もいない。
いや、いた。いかにも野球やらサッカーやってますと言わんばかりの少年だ。近所の中学の制服を着てこっちを、というか転がり続ける鉛筆を見ている。
そしてこちらへやってきた。
「おにーさん、超能力者?」
超能力者ってそんな、これのこと……?
あまりのへぼさにすぐには反応できなかった。
少年は演説のごとくつらつらと語った。
前世だの現世だの、超能力者だの非能力者だの、世界は一度滅んでいる説だの。
ああ、やばい宗教に捕まったような気がする。
いくら教育実習疲れの学生とはいえそんな妄想信じられない。
ええと、前世で超能力者同士の戦争が起こって世界が滅んだって? じゃあこの世界は一体何なのか。中学生の書いた小説か? 大人をからかうんじゃありません。
とは言えなかった。
未だに鉛筆はあっちへコロコロこっちへコロコロしているのだ。
世界云々は置いといて、これは紛れもなく現実。俺は鉛筆コロコロの超能力者なんだろうか。
あまりにしょぼい。
しかしみんなこんなもんなんだろう。やっぱりド派手な超能力は漫画だけだよな。うんうん。ひそやかに自分を慰める。
遠矢と名乗った少年は、ケラケラ笑いながら人差し指を鉛筆に向ける。
ぱちん、と火花が散る。
微弱ながらも鋭い光と音に思わず立ち上がるが、遠矢はそんなに驚くなど言わんばかりに肩をすくめた。
「俺は、雷。はじめはちょっと大きいだけの静電気だった。段々火花が大きくなって、今じゃ自家発電もできそう」
「そ……それはエコだな」
「まあ流石にこのご時世できねえけど。そんなわけで、おにーさんのソレもどう転ぶかはまだわかんねえよ」
遠矢の静電気攻撃を受けた鉛筆はやや焦げ痕がついたが、また元気に転がり始めた。
執念だけは認めてやりたい。お前のしつこさなら、就活はうまくいくよ。
「超能力って、案外超能力者の内面を写すんだけど。おにーさん落ち着きなさすぎじゃね?」
「ひどい言いがかりをみた!」
ケラケラ笑う遠矢少年に悪意はなさそうなところが余計に辛かった。
内面を写すなんてそんな馬鹿な。もしかして進路で悩んでるとかそういう。いやそんなバカな……ねえ。
とは言いつつも、遠矢少年の超能力者講座は年単位で続き、中学二年だった彼も、今では立派な高校生なのである。
立派というにはおふざけが過ぎけれど、どこかはしゃいでいるような姿はたまに癒しである。ただ、俺の授業中のおふざけはやめてほしい。
--遠矢少年はふわふわしている。性格がそうなのではなく、存在やら、立ち位置がデコボコなのだ。
その話をする遠矢少年の声は、歳よりも大人びて聞こえる。
「超能力者集団って覚えてるか?」
「あれだな、悪役に対抗した正義の超能力者」
「んー、まあ何が悪役か正義かはなんとも言えねえけど。話的にはそんな感じかな」
「というかお前、年上には敬語を使いなさいよ」
「一応俺もそれに所属してたんだけどさ、まあ向こうの言い分もわかるわけよね」
「ねえ聞いてる?」
指先を鉛筆に向けてパチパチと音を立てながら遠矢少年は言う。
「超能力者はみーんな迫害を受けてきた。石を投げられただ売られただ、閉じ込められて死んだ、魔女狩りよろしく火炙りにされた身内もいた。だぁれも世間に馴染めない」
変わらず遠矢少年はつらつらとと話す。
彼のいつもの語り方だ。
ケラケラ笑っても、荒唐無稽な話も残酷な話も、口調はいつもどこか穏やかだ。
そのちぐはぐさが少し、危うい。
「向こうが先に手を出したのに、何で反撃しちゃいけねーんだって思ったこともあった。でも班長がこれまた潔癖な人で」
その昔、超能力者たちはヒールの魔王に対抗するため超能力者集団を結成したらしい。その集団は細かく班に分かれていて、遠矢少年もそれに所属していた。結局散り散りにされたらしいけれど。現世では、遠矢少年と同じく所属していた班員は、どうやらまだ見つからないらしい。
新しく超能力者になったやつがいるのだから、逆に非能力者になったやつがいてもおかしくないというのが彼の見解だ。
彼にとって非能力者は特に興味のない存在らしい。
「戦わなければいけませんだとか、守らなければいけませんだとか、細腕で何言ってんだって話だよ。班員をまとめてくれりゃ文句はねーけどさ」
とはいえそのリーダーがなにやら強い人だったらしい。
漫画のヒロインかな?
「で、その超能力者集団って今もどうやらそれぞれが作ってるみたいなのね。前に集団に入った時の誓いもあるし。世界守りまーすってやつなんだけど。おにーさんも超能力者なら入ってね」
いや、入ってねって。軽いし急だ。
待ってまた戦争勃発すんの? 鉛筆コロコロ要員いりますか? てか今のいままで班長のグチ言ってなかった? 話題が急。あとそのやる気のない選手宣誓みたいなのに重いのやめてくれる? 突っ込みが追い付かない。
「よろしく班長!」
いや俺がリーダーなんかーい。
結局俺のなけなしの拒否は通用せず、気づけば班員は揃い、気づけば名ばかりの班長になっていた。ガッデム。
あれこれと長引いたが、別に班長になることが嫌だったわけじゃない。
このちょっと大人びたような少年に頼られて持ち上げられて嬉しかったのも事実だった。
あれから、縄張りに二つの班が被ったから陣取りするっていわれた時も、へーそうなんだ示談かなって思った。しかし現実は非情。うちの血気盛んな班員が既に粉をかけていたらしい。つらすぎ。大人でしょ、コミュニケーションしっかりして。
「遠矢少年はなんでいないの?」
「遠矢さんは……電話対応です」
気まずそうにまた別の班員が言う。
とんだ特別枠があったもんだ。それ、普通リーダーがやらない?
遠矢少年の連れてきた俺のメンバーたちは、俺と同じく最近超能力者になったやつと前からの超能力者と半々くらいだ。年齢層は十代から三十代の幅広さ。うーん、ホワイト。
「えー、もしもし少年? 陣取りについてなんだけども」
状況を伝えるが、受け取ったガラケー越しの声は無慈悲だった。
絶対勝ってと裏ボスがおっしゃってますね。少し険のある珍しい声色だ。
どうやら遠矢少年は向こうの班員をご存知なんだとか。というか待て、よく見るとあの子達、ウチの生徒……。やばいなこれバレたらクビになっちゃわないかな。
事前に遠矢少年から渡されていたお面の位置を思わず調整した。
「ここはひとつ、譲ってくれないかな」
とはいえひとまずは交渉だ。前に出てリーダーらしい少年に手を差し出す。
「自警は俺たちの義務だ。俺たち超能力者の償いだ」
彼の後ろからの厳しい声に呆気なく交渉の心は折れた。
向こうさんなかなかの熱意があると見た。
年齢差以上の壁が俺たちの間にはありそうだ。そう、俺の青春は遠い思い出、今では立派におじさんに片足を突っ込もうとしているのだ。断じてまだおじさんではない。お兄さんだ。
「ここには僕の大事なものがある。そのために、僕も譲れない」
ですってよ。
電話越しの遠矢少年が一瞬小さく息をついたかと思えば、絶対勝てと更に念を押すのであった。
これはバトル回避失敗だ。
お兄さんとのバトルは鉛筆転がしとかじゃダメかな……。染み付いた負け犬根性が尻尾を巻き始める。
ため息が止まらないが、うん、まあ、仕方がない。
生徒とはいえ、遠矢少年の憎い相手だ。子供同士の喧嘩に大人を混ぜるのはずるいが、どうやら遠矢少年の未来がかかっているとあっては手加減もできない。
武器なしの柔道試合ならまだ勝ち目もあるし犯罪感がないからそれでお願いしたい。
頼むから鉛筆コロコロと同等の超能力者であってくれ。祈ると同時に耳元でぷつりと電話が切れた。遠矢少年は相変わらずだ。
「これもお前を信頼してるからだよ、千歳遠矢」
静かなガラケーに小さく文句を送った。
お前とあちらに確執があるのはなんとなくわかる。だからみんながらしくもなく真面目に集まって向き合ってんだ。
ひよこのインプリンティングよろしく、お前が大切だとも。
俺たちが会った初めての能力者。先導者。愛されたがりの、愛したがりくん。
でもきっと、君がやりたい本当のことは、彼らと同じじゃないだろう。
それでいいのだと、不幸になる誓いなら捨てちまえと、この戦いが終わったらお兄さんが直々に教えてやろうじゃないか。




