1-3忘れない人(柏木翔太)
赤と灰の色しかない所だった。
まるで戦の直後のようだ。ただよう焼け焦げた臭い、どんよりとした灰色の空、地面を塗りつぶす誰かの赤い血。
ああ--頭が、イカれる。でもこの道の先へ歩き続けるしかなかった。体は俺の意思に反して動き続ける。まるで、ミイラだ。だらりと重たい腕をぶら下げ猫背になってもまだなお歩く。誰もいるはずがないこの地獄を、歩くしかなかった。たとえ生き残りがいないとわかっても、希望は捨てきることができなかった。しかし、彼女の血にまみれて絶命した姿を見て漸く膝をつくのだ。
無念だと。目に焼き付いたその惨状が、俺に訴える。
死にたくないと。苦悶に満ちた顔の亡骸が、俺に語る。
なにも出来ず生き残った俺は、この地獄をかきけす程に叫んだ。
--断末魔に飛び起きた。
荒い息を繰り返して、汗まみれの震える手のひらの白さを見て、漸くそこが自分の部屋だと言うことに気づいた。
滲む汗、激しく脈打つ心臓、一気に冷えていく脳。ゆっくり息を吸いこんで、震えるからだを抱え込んだ。
夢……? いやちがう、夢じゃなかった。ここまで鮮明な夢があるとでも思うのか。違うだろうはやく思い出せ! この地獄は紛れもなく、過去におこったことだ。焦げたような臭いも潰れた人体も目を見開いた亡骸も。すべてが現実だっただろう!
爪が食い込むほどに手を握りしめ、ゆっくり目を瞑る。脳裏ではまだ空虚な瞳が俺を憎んでいる。
思い出せ、思い出せ! 俺は、一体何を憎んでいる。神か? 世界か? 人間か? 答えるんださあ早く、この憎しみがかき消される、そのまえに。
その日の空は、夢と同じくして灰色だった。
心配性な母に見送られた俺は、黒いランドセルを背負いゆらゆらと歩いていた。コンクリートの地面、等間隔の電信柱。きゃあきゃあと五月蝿い声、子供の手にある色とりどりの傘。全てが気にさわる。
俺の知っている世界はこうじゃなかった筈だ。薄茶色の地面、生い茂った木々、広々とした平野、駆け回る子供たち。田舎の一軒家。記憶と全く違うじゃないか、地面も空も海も人もすべて。
此処は何処だ? 何で俺はこんなところにいる。
――なんて、今更だ。答えは、簡単。
此処は、俺の新しい居場所だ。
俺は一度殺され生まれ変わった。
だから、ここにこうして呼吸を繰り返している立っている。前世の何かに対する憎しみが、執念深く残ってこうなったのかもしれない。
俺は、なにも知らない子供にはなれない。なのに、大人にだってなれない。曖昧で、外れものだ。
ああ、記憶が混沌している。
--自分が持っているその能力に気付いた時、呼吸を忘れてしまうほど混乱した。
自分の手のひらで踊るように舞う水は、一般人ではないと言うことを主張していたのだ。否定をする暇はなかった。
それすらも、許されない。何故自分ばかりこんな目に会うのかと苦しんだ。それを訴える人物にも、会えはしなかった。
ただ、手のひらの水が宥めるように踊っているのを、見つめていた。
覚えている。
前世、能力者たちがやったことを。
俺は覚えていた。
自分が能力者たちの争いに巻き込まれ、無抵抗のまま死んだことを。
昔、お前らのせいだと恨み言を叫んで力を振りかざす男に、同じく思った。
お前らのせいだと、お前らが殺したんじゃないかと。お前らが全てを壊したのだと。決して許すものかと。
忘れてはいけないと、夢の中の躯は語り掛ける。
お前だけは忘れないでくれと、懇願してくる。何も言わずに、真黒い瞳だけで。
――超能力者なんかに、手は貸したくない。
ああそうだ、超能力者なんかと関わりたくはない。当たり前じゃないか。
「残念ながら今は君も超能力者なのだけど、これからどうする?」
「それ、普通本人に言いますか」
文字通り死ぬほど扱いてきた師匠は、木山葵とその友人たちを指さした。
ああわかってる、わかってるさ、あいつらには見当違いだって。カッと頭に血がのぼる。指先が冷える感覚に息を吐く。
いや、この人はそんなこと言いたいんじゃない。復讐をするな、ではなく強くなれと言われただけだ。きっとこの人ただは同じ超能力者を指差しただけ。
それでも。その仕草は、見当違いな解釈であっても、俺の復讐の心に触れたのだ。
「俺は、絶対に忘れない。奴らを監視してやる、絶対に、二度とあんなことがないように、二度と搾取されることがないように、……ずっと、見張っててやる」
たとえ今は立場が違えども、俺だけが非能力者の犠牲を、恐怖を知っているのだから。
--ああ、だからどうか思い出さないでくれ。
お前のせいではないと、口に出せない俺に、気付かないでくれ。
お前だけは憎めない俺を、きっと同胞は許してくれないから。




