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SCARLET  作者: 九条 隼
俺達天才サイキッカー!:超能力者達の話
29/58

プロローグ



 そこには、終わりのすべてがそのままで残されている。

 ペンキをぶちまけたような分厚い青空、目が眩むほどの照り返し、割れた大地はしんと静まり返って少しの物音もたてない。歩く人影もなく、誘うような匂いも不快な匂いもなく、荒地と、何かが争ったような爪痕だけが残されている。

 そこに生き物の呼吸はない。空にも陸にも、浅い海の中にも。

 どこへ行っても、陸から陸へ移動しようと、枯れ木の影に生き物はいない。波の立たない海を渡ろうとも、水面の下に生き物はいない。



「看板に書いてあったでしょう、終焉って」

「……外には出ていない、ここにいろといわれた」

「従順なんですね」

 虚ろな目をした男と中性的な相貌の女が、そこにはいた。


 絵本のような家の扉をあけて、広いホールを過ぎた客間のソファ。

 時計は秒針を刻まずそのままにされているが、砂時計の砂が滑る音が微かに部屋に残る。

 男はソファの背にもたれたまま、紅茶を口に含んだ女を見つめる。

「まあ、仕事さえしてくれればなんでも構いません」

「……仕事」

 そう、と女は蔑むような加虐的な笑みを薄らと浮かべる。


「あなたの仕事は、ここに迷い込んだ何かを保護することです」

 男は女を見つめたまま、しばらく何も言わない。その虚ろな瞳に女は薄く笑んだままだった。

「……何か来るのか、こんなところに」

「あり得ないことではないですよ」

「……そうか」

 男はゆらゆらと頭を揺らして頷いた。その様子を見送って、すこし不快気な女は目を細める。


「気にならないですか?何故自分がここにいるのか、何故強制されるか」

 声の厳しさが強まる。女は睨むように男を見ていた。男は変わらず、虚ろな目で女を見る。

「何故、とは」

「……」

 ひくりと女の表情が引きつり、薄い唇が結ばれる。

 しばらく砂の滑る音だけが部屋に響いていた。



「何故自分がここにいるのかはわかりますか」

 諦めたように、女が口を開く。男は首を傾げた。

「知らないんですか、忘れたんですか」

「……わからない」

「紙は貰いませんでしたか?」

 少し声に柔らかさが混じる。

 男は背もたれから体を起こし、緩慢な動きで机の下に手を伸ばす。二往復、三往復して男は紙を指先で探り当てる。それを引っ張り出して、そのまま女に手渡した。


「…………これですか?」

 今度こそ、女の顔ははっきりと引きつった。

 苦々しげな表情のなかに恐れと嫌悪が混ざっていることに、本人も含め誰も気付かなかった。

 スケッチブックを切り取ったような凹凸のある紙には、鉛筆の走り描きがある。

 あの趣味の悪い絵画はやはり、と1人つぶやいた女は盛大にため息をついた。


「この絵が何かわかりました?」

「さっぱり」

「でしょうね。……やっぱ人選ミスだ」

 呆れ顔で首を振り、仕方がないと女は立った。



「では俺から簡単にルールを伝えます。いいですか、よく覚えて……は、無理ですね、あなたは物を覚えていられない」

「俺は馬鹿なのか?」

「頭の問題ではありません。あなたの器の話ですが……まあこれは気にしなくていいでしょう。そう大切なことではない。大切なのは、そう」



--あなたはここから永遠に出てはいけません。

 この部屋からも、仕事以外には出ることを禁止します。


 ここは滅ぼされた世界。

 終焉を迎え、朽ちることすら叶わない世界。

 この世界にはあなたしかいません。

 しかしあなたも生きているわけではない。

 あなたの肉体はこの世界と同じく終わりを迎えた。

 あなたは老いることも死ぬこともなく、ずっとこの部屋にいなければいけません。




「……滅ぼされた、世界」

 男は噛みしめるようにその言葉を舌でなぞる。

「そこが気になりますか」

 女はにやと笑う。男はそれに対して何も答えず、ぼんやりした様子で女を見つめる。

「……ここにいた奴はどうなったんだ?」

「おや、はじめての質問ですね」

 そうだっけ、と男はぼやく。

 女は笑ったまま芝居掛かった口振りで答える。


「みな、死にました。でももしかすると、どこかで生きているかもしれません。世界とはそういうものですから」




 上半分えぐれたビル、焼け跡のある家、乾ききった川の先にそれはある。

 赤い屋根、白い壁、茶色い扉、不釣り合いな絵本のような家。


 大理石の広いホールを抜けて、シャンデリアの下をくぐった階段を上がれば、きっと誰かは思い当たる。


 火に炙られる男、首のない女、熟れたような肉塊の山と、折り重なり倒れた顔の潰れたこども。赤い月の浮かんだ空を見上げる、1人だけの男--



 その絵の意味を。





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