......Re Try?
家具も服も、埃すらない、静かな部屋。いなくなった紅葉さんと、それに気付いてふらりとどこかへ歩いて行ったミズキ。
茫然と立ち尽くすユイに、泣きだすリッカ。それから、何が起こっているのか分からないという様に目を丸めて異常な二人を見るコハ。
知っていたんだ。
最近、あの人からは血の匂いがしたから。だから、「そろそろ」だということに。少し顔色が悪いよ、なんて何も知らないふりをして、笑いかけたんだ。まさかあんたが風邪だなんて、俺、明日死ぬかも、なんて。冗談混じりの本気に、あの人が笑う。まさか、なんて言って。まるで知ってるみたいだな。なんでそんな、受け入れてるみたいな顔をするんだよ。なんでいつも、穏やかに笑っていられるんだよ。なんでこうも、慣れたみたいに。
……ああ、まただ。
なあ、あんたは酷い人だよ。
どうしようもなく俺達を惹きつける癖に、こうも簡単に俺達の前から去っていくんだから。なあ、なのにまた、俺の前に現れるんだろう?
何でもない様な顔で。
まるで初めて会った様な態度で。
昔から変わらない、物言いで。
こんにちは、だなんて馬鹿にするみたいに笑うんだろう?
なんでだよ、何でいつもあんたはそうなんだ?
何であんただけ。
苦しいよ、なあ。いつまであんたは繰り返すんだ?
**
茜色に染まる校庭。冷たい空気が体じゅうを刺して、肌を撫でる。枯れた木々。誰もいなくなった校庭。コートで一人、ボールを追いかけまわすアイツ。
古い校舎の、三階の隅の教室、後ろから三番目の窓際の席。
そこに座って、本を開く赤い髪のそいつに笑いかけて。
「赤桐、アイツ、まだ練習してんぞ」
顔を上げて、そのまま静かに窓の外へと視線を移す。明らかに異常な、金色の瞳。
目に入ったあいつの姿に、作り物じみた造形の顔が少し傾く。
「そろそろ完全下校なのにね」
窓から入った風が赤い髪を肩から流して、そのままそれは見たことの無い文字が綴られた本に落ちる。
あいつがいれば五月蠅い俺達だが、二人きりの時は、案外そうでもない。中学からの仲なのだからまあ、落ちつくのも当然というか。……俺に、こいつに対して、やましい気持ちがあるからというのもまあ、ほんの少しだけ理由に含まれるのだが。青い目をして馬鹿みたいに笑うガキを思い出して、思わず手に力が入る。あのガキを、殺すまで。そのための、ただの布石だ。……なんて。
本当はただそれだけのつもりだった。いつの間にか傍にいるのが心地よくなって、高校までついてったりして。アイツと出会って、何故だか、引き寄せられたみたいに、ずっと三人でいるようになって。こんな事情なんてなければもっと楽しいのだろうか。もっと幸せなんだろうか。馬鹿みたいな考えだ。いつかは崩れるってのに。
「迎えにいかねえ? どーせアイツ、時間なんて忘れてんだから」
「うわ、めんどくさ」
そんなこと言ってさ、結局本を閉じて立ち上がるくせに。
ああ、どうか気付かないままでいてくれよ。俺がお前を利用しているのだということに。
俺がお前の、大切な幼馴染を殺そうとしているということに。
「千歳、行くぞ」
男だ女だって、恋だ愛だなんて名前を付けるわけじゃない。
ただお前を失いたくは無いって、本当にそう思うから。
――ああ、やっぱりな。
ぼろぼろになったまま重たい体を引きずって、無表情のままのそいつを見上げる。
かすれた視界でも鮮やかに写るその人が、まさか。
「お前も、能力者だったのか……」
「ああ、二代目だけどね。旧式のお前とは、少し勝手が違うんだ」
淡々と語るその声に感情なんてなくて。その後ろで茫然とこっちを見るあのガキが、酷く羨ましくて。
お前は良いよな。
いつだって誰かに守られてさ。……こいつに、守られてさ。
あの、屍ばかりで埋め尽くされた世界で一人赤い髪をなびかせ何の戸惑いも無く躯を持ち上げるその姿に。赤く濡れたその姿に、一瞬で目を奪われましただなんて。心を持っていかれましただなんて。その前、死ぬ間際に世界を救った、罪人をいとも簡単に殺したそいつに。
ああ、まだ思い出していない記憶があったのか。
しかも、お前のことで。
「お前だったのか……」
「……。ああ、あの時の死に底ない、千歳だったんだ」
何でもないように言って。
誰にもできなかったことをいとも簡単にやってみせた癖にさ、なんて。
「じゃあ、救世主様ってやつか……?」
らしくないな、と笑ってやる。
「救世主……?」
聞き慣れない言葉を口にしたみたいに呟いてさ、まるで思ってもみなかったみたいにそう言うんだから可笑しくてさ。
「だって、そうだろ……」
悪役は、あいつら。寂しがり屋な、同志たち。俺らはそれを受け入れられなくて、拒否して、戦争をして。一般人はやがて減り、そして一人もいなくなって。あいつらはそれでも止まれなかったんだろうなぁ……。もしかしたら認められなかったのかもしれない。趣旨が変わって、俺達は殺し合ってさ。でもやっぱ、勝てないんだよなぁ。だって、何個も能力を持ってるなんて反則だって。戦い慣れてるだなんて。リーダーに本気で、尽くしてるだなんて。そんなのやっぱ、勝てるはず無いよなぁ。
俺達はいとも簡単に死んでさ。気付けば俺は真っ赤な真っ赤な絨毯の上でうつぶせに倒れててさ。体が重たくて動かないんだよな、それが。息もできなくて苦しくて、右手はもうねえし。ああ、最期に野球したかったな、なんて。いつ以来だろう、ずっと忙しくて忘れてたな、なんて。何も知らなかったあの頃は本気で野球選手になりたいだなんて思ってさ。こんな能力を持ってるだなんて、気付かなかったんだよ。気付いたときだって、特別って言葉に酔いしれちゃってさ、捨てられるだなんて思いもしなかったから。
わかる、分かるよ、俺達は、理解なんてされないんだ。それでも止まれないそいつらに、俺はなんで何も言えなかったんだろうな。せめて、せめて止めてやれたらよかったのになぁ。でも現状から目をそ向け続けた、逃げ続けた俺にそんな力なんてなくて、結局あいつらに何もしてやることができなかった。
かすれていく視界で、耳鳴りのする音のなかで、ふいに劈く様な怒声が聞こえて。すぐに何も聞こえなくなった。飛び散る鮮やかな赤色。躯ばかりの世界の中で一人、血の滴る刀を片手に立つ赤い髪の女。
それは、間違いなく。
「世界征服をたくらむバカどもを、やっつけたんだから」
世界にとって、あいつらは敵なんだろう。自分勝手で独りよがりで。不器用で、前しかみれなくて。振り向くことも足を止めることもできないあいつら。同志にしか心を開けない様な、どうしようもないあいつら。
今度こそはと思った。奇跡の様にもう一度やり直すチャンスが来たから今度こそは、と。それでも、いくら探してもこの世界では見つけることができなかった。良かったなんて安心する奴らを横目にずっとずっと探していたけれど。
「私は、頼まれただけだから」
無表情のまま淡々とそう言って、目を閉じる。
「私は、必要悪だ」
――なあ、紅葉さん。今でもその意味がわからないんだ。
いつか教えてくれないだろうかなんてあんたを追い続けているんだ。
赤桐からナナシになって、まさか男になるだなんて思わなかったなぁ。それでもまたあんたに会えてすごくうれしくて。あれだけ欲しかった幼馴染の座に泣いて喜んでさ。
長かったなあ。
あんたが毎回、必ず若くして死ぬことに気付くのにさ。
だって、いつだってふらっと姿を消すもんだから、いつも通りだって思うじゃん? まさか死んだだなんて、思うわけが無いんだよ。いつだかどこかの医者に教えられるまで、ずっと気付かないままだったかもななんて。
「なあ……お前ら」
虚ろな目が六つ。
ああ、また一人増えたな、なんて小さく笑って。
ユイ。
リッカ。
……コハ。
「また、バンド、組みたいな」
呪いじみた約束を無理矢理取り付けて、飛び降りた。
あんたは酷い人だよ。
あんたをいつも違う名前で呼ばなければいけない俺の気持ちも考えてくれよ。
あんたをいつだって追わなければいけない俺の、この心を。
それじゃあ、また。
幼い世界で会おうじゃないか。




