無感動多才少年・裏-3
「ええっやだよ紅葉さんん……っ」
ぱっと縋りついたユイをすぐさま紅葉が引きはがす。
油断も隙もない奴だ。これくらい図太いんだから大丈夫だね、なんて情け容赦ない笑みを寄越されたユイはふてくされた顔をして、まあ紅葉さんが言うならと小さくうなずいた。
どうせ一週間だとでも思っているのだろう。昔は一時も離れたがらなかったが、随分成長したらしい。
って、そうじゃなくて。
「待った、紅葉さん。俺、実家焼け野原になってるんですけど」
「え? ああ、そう言えばそうだったね。じゃあ碓氷道彦のとこに行けよ、奥さんに話は通してあるから」
ソファにもたれかかって、紅葉は小さく笑った。脳裏に浮かぶのは噂の婦人である。見たことはないが。そして笑う紅葉を見る。
その淡い笑みに、政彦は血の気がさっと引いたのを感じた。まさかコイツ、コイツやりやがったのか……?
「ど、どんなつながりだよ。奥さんって、おま、人妻に手ぇ出したの? 用意周到だなおい! ってか、え? マジ!?」
「見た目はいい感じだったけど性格はタイプじゃなかったから手は出してない。……残念だわぁ、あと少しだったんだけど」
舌打ちする姿もそれはそれはお美しいが、言っていることは下種もいいところだ。まあそうやって自分の貞操を守ってきたわけだが。
政彦は喚くように叫んだ。
「おい! ……オイ!! 俺やだよ、お前が手ぇ出そうとした人と一週間一緒に過ごすとか! 死んじゃうよ! しかもあの刑事いるんだろ!? なんで俺が……!」
「お前ら、最近あれだよ、あれ」
「どれですか!?」
既に意を唱えているのは政彦のみである。ユイは身支度に部屋に戻り、のりかは夕食の支度にキッチンに行ってしまった。政彦の下で死にかけていた琥珀はミズキが回収して部屋に放り投げ、ミズキはそのままのりかの手伝いへ。
リビングで騒ぐのは、幼馴染の二人だけとなった。
「現代風に言うと、お前ら最近ちょーうざい」
「……」
言い慣れてない感がやたら可愛いが、それはさておき。政彦はソファに改まって腰掛けた。落ちつこう、こういう時は。
深呼吸して肩の力を抜いて、紅葉を見た。その目に映っているのはやはり、昔と変わらず無表情なのにどこか情けない自分だった。
依存してんなよ、と。大方、紅葉はこう言いたいのだろう。長い間共に居たわけだ。大体のことは分かる。この人はいつだって前だけ見ていて、後ろは見ない。この人についていくには、その背中にしがみついて必死に足を動かすしかない。それがいけなかったのだろうか。目に余ったのだろうか。
もしかしたら、……もともとこの人はそれに気付いていたのかもしれない。
昔からこの人に放浪癖はあるが、昔は三日程度で気付けば家で本を読んでいた。だが最近は、半月なんてのもざらにある。単位云々はいつの間に出席していたのか問題ない様だし、失踪と騒がれることもない。つまり会ってないのは、自分たちだけだったのだ。
気付いていたのは、恐らくのりかくらいだろう。
あれは俺やユイより自分を持ってるし、それなりに客観視ができる。だから紅葉にもそれなりに可愛がられているのだ。厄介なのはその恐怖症のみ。まったく女というのは随分強いらしい。あんなにビビっていた奴が、今や数人といえど友人を作りつつあるのだから。
……ユイや俺とは、違う。政彦は、小さく息をついた。
痛い、と思う。それに、これくらい良いじゃないかとも。
神様とやらはいつだって俺達に手厳しい。人に惹かれるのを好まない人に厄介な力を与える。それを抜きにしてこの人に惚れこんでも、この人は寄りかかられて己を放棄する奴を好まない。
じゃあどうしろというのだ。
気付けば知り合いの小説の設定に組み込まれた、俺達に。あの、超能力者の戦争以来、ずっと生死を繰り返す俺に。……なんて、気付いてる奴はいないんだろうけど。
やけに凛とした紅葉をみて、政彦は泣きたくなった。
この人と初めて会ったのは、ずっと昔の話になる。それは政彦が「千歳遠矢」という少年だった時。彼は男ではなく女で、「赤桐楓」という名前だった。政彦……いや、千歳は赤桐と親友とまで呼ばれるような関係だった。しかし彼女はまだ二十にもなる前に行方をくらまし、千歳は人伝で彼女は一年の終わりの日、一人で死んだのだと知った。
そしてその次は、自分が「小川祐哉」で、彼女が彼になり「十字院ナナシ」だった。十字院もまた、若くして行方をくらませ死んで。それから「小野翔太」と「白井朱音」になり。白井もまたあっという間に死んで。それから、それから。……今では、「近藤政彦」と「山崎紅葉」で。そうやって何度も何度も持っていたものを失くしまた積み上げ、また失くしてきた。あっという間に崩れ去る世界だ。そして終わりのない世界。それでも、容姿や名前は変わっても性格は全く変わらないこの人だけが、政彦が自分らしくいるための支えだったのだ。
今更人間関係を築いたところで、どうせ死ねばなくなる。やり直しになる。それなら変わらないものだけを傍に置きたい。何処にもいかないように縛り付けて。子供が気に入った宝物を誰にも気付かれない様箱に仕舞いこむように。そんな幼稚な考えを、彼はいつだって捨てろと言ってきた。
これで一体何度目だ? 政彦は、力なく笑った。
何でか一生のうちで彼に必ず出会うのだ。何でなのかわからなくて、でもやっぱりこの人に惹かれる。 別人じゃないかと最初は思うが、傍にいるうちにああやっぱりこの人なんだと実感するのだ。その証拠に、ユイも傍にいる。
……ユイは、きっと覚えていない。たまに覚えている様な仕草をするけれど、たまたまなのだろう。まあ覚えていたって良い事はひとつもないのだけど。
だって結局は、この人が先に死んでしまうのだ。
きっと今回だってそう。
だからせめてと傍にいようとするのに、この人はそれも許してくれない。だったら長生きしてくれよ。せめて俺より先に死なないでくれよ。俺達に守らせてくれよ。……なんて思っても、原因不明らしいこの人の体に巣食う病はいつもこの人を殺すのだけど。
「なあ、依存ってさあ、そんなに悪いもんなの?」
悪あがきのように、政彦は紅葉に聞いた。紅葉はやはり、いつものように澄まし顔で、何でもないように残酷に答えるのだ。
「鬱陶しい」
あーあ、ほんとにもう。この人が男で俺が女で。そしたら、傍に居させてくれんのかな。俺が金髪美少女だったら傍に居させてくれるわけ? 既成事実でも作って縛り付けてやればいいんだろうか。
それともあのクソアマみてーにさ、何も知らずにあんたの隣に甘んじられるわけ?
……ああ、そういやアイツ、今回は男だったみたいだけど。
「お前には口に出さなきゃ伝わらないから言っておくけど」
感情の抜けおちた顔のその人は、やっぱり言うんだ。
「“未来”っていうのは、今があってこそだ」
分かってる、分かってるよ。こう言いたいんだろ。
「依存ばかりの弱い奴の未来なんて」
――たかが知れてる、って、そうだろ?
このままじゃ、あんたの傍にいることすら叶わない。
でも俺は。それでも俺達は、あんたのそのまっすぐな目に惹かれて傍に張り付くんだよ。あんたは酷い奴だ。




