無感動多才少年・裏-2
紅葉は自宅のソファに腰掛け、紅茶を啜っていた。
その両隣りにはぴたりとくっついたユイとのりかがおり、緩んだ顔を隠しもせずににやけていた。
午後五時三十八分。荒々しい音を立てて扉が開いた。優雅に紅茶を楽しんでいる紅葉とそれを見て興奮するユイとのりかにはどうやら聞こえていないようだ。
やがて二組の足音がリビングへと近づいて、ぼろぼろの服を着た二人組が入ってきた。
――政彦と琥珀である。
政彦はやたらと光り輝いている三人の空気に青筋が浮かぶのを感じた。気付けば政彦はガキ大将の様に紅葉の持っていた紅茶を奪い取り飲み干し、凄んでいた。
「てめえええっ今までどこにいたんだよ!」
「開口一番にそれ? ただいま、でしょう。政彦ったらいつの間にこんな悪い子に……紅葉さん、哀しい……っ」
美少女顔が哀しそうに目を伏せる。何も悪い事をしていないというのになけなしの良心が痛むのを感じて、政彦は顔をひきつらせた。
流石である。会ったこともない人に天性の女狐だ悪女だと言われるだけある。しかもそう言った次の日彼らは見事に彼の信者と化していた。好奇心に負けず彼に近寄り、当てられたのだろう。……最近の若者はろくな奴がいない。まあ昔の奴もそうだけど。政彦は舌打ちをしたくなった。しかし舌打ちをすると悪女(♂)の両隣から手厳しい視線とおまけの手刀が繰り出されるため我慢である。こいつらは狂信者どころじゃないのだ。
因みに琥珀は既に死んだようにソファに倒れ眠り始めている。すかさず毛布をかけたのは何処からか現れたミズキだ。繊細だったはずの琥珀の神経は、この四年弱で見事に図太く進化した。
「白々しいよ、泣きたいのはこっちだボケ! おまっお前、お前の所為でこっちは大変だったんだぞオイ! お前の幼馴染って言っただけで出刃包丁ですけどっ何あれ、病み過ぎだよ怖すぎだよあんなに温厚だったお姉さんをヤンデレにビフォーアフターさせたお前が! 行く先々で信者を作るのやめていただけません!?」
「あっそうだこれ、お土産ね。もみじまんじゅう」
「聞けよ! てかこれ賞味期限今日なんですけど!?」
「我儘だなあ……じゃあほら、エッフェル塔の写真あげるよ。これで我慢しなさい、まったく」
差し出された美しい景色に、政彦は泣きたくなった。
エッフェル塔の写真とはいうが、その塔は一センチも満たない。違うものを撮ろうとしてたまたま映ったのだろう。その通りと言わんばかりに、写真の中心部には見知らぬ外国人二人が熱い抱擁を交わしながらこちらを見ている。
「もうなんなのお前……! 何処行ってきたの!? てか誰だよこのカップル!」
「福井県だよ。因みに男の方はジョンで、女の方は小川早苗です。行き別れた兄妹だったんだけどたまたま会って惹かれ合ったら近親相姦でしたっていうストーリーを教えてくれてさ」
「エッフェル塔関係ねーじゃん! つか何その一昔前のコテコテな設定! しかもお前、妹日本名かよ!? いっ……いや、それはいい。話さなくていいから。それはまあ置いておこう。お前何で福井? てか何で福井でもみじ饅頭と記念撮影の写真が土産? 何がしたいのお前」
「まったく……少しは自分で考えなさい。ろくな大人にならないよ」
「考えてもてめーの狂った思考回路に追いつけねえから聞いてんだよボケ! お前の相手するくらいだったら殺人鬼云々の精神異常者と二十四時間三百六十五日、一生涯お付き合いした方がわかりあえるわ!」
結局、聞きたいことは聞けず仕舞いである。
同情の目をミズキから送られた政彦は取り敢えず諦めることを決めた。……何度目か数えられないほどした決意である。
こいつの放浪癖はどうしようもない。そしてこのトチ狂った思考回路も。どうせまたおちょくって遊んでるだけなんだろう。その割に全く楽しそうじゃないのは気に食わないがいつものことである。
「っつうかさ、紅葉さん。報告あんだけど」
甲斐甲斐しく新しいカップに注がれた紅茶をのりかから受け取った紅葉は、相も変わらず嫌味な位綺麗な目をこちらに向けた。
青みがかった瞳。……能力者の証である。
「埼玉の刑事。碓氷っつうヤツさぁ、あれぜってえ俺らのこと感づいてんぜ。だって怪しいもん俺ら」
「怪しいのはお前だけだよ」
「お願い紅葉さん。こういうときは真面目にしよう」
しょうがないな、なんてため息をついた紅葉に、政彦はどっと疲れた。この人より手がかかる奴なんて全世界の何処をさがしてもいないだろう。
「碓氷道彦。三十八歳の金髪ロリ妻持ちだな」
「……」
これ真面目なのだろうか。何処でその情報仕入れたし。口には出さずに政彦はソファに座った。苦しげな悲鳴が聞こえた気がするが気のせいだろう。これはソファだ。毛布がかかっているただのソファだ。まあ紅葉さんが貢がれた物だけど。
「この人の奥さんが私のもろタイプなのは置いておいて、どうでもいい話だけどお前こいつと親戚関係にあるよね」
ぱっと無表情になった紅葉に、置いとくなら言うなという言葉は誰も言えなかった。
隣で射殺さんばかりにパソコンを睨みつけるユイはまさに嫉妬に狂う女の如く恐ろしい顔をしている。 パソコンを操作するのりかは紅葉の顔が近い今の状態にご満悦だ。
「……は? シンセキ? 何それ」
「血縁や婚姻によって結びつきがある人たちのことだよ。まあ随分遠縁だけど、調べれば分かるだろうな。……お前のことも」
「……フーン、そうなんだ?」
政彦は、笑った。
心の奥底から何かが冷めていくような感覚がした。へえ、親戚。なんだまだ居たんだ。とっくに死んだのかと思ってた。呆れたような顔をした紅葉が視界に入って、ごまかすように笑う。
政彦だけでなく、ここにいる全員にとって過去はタブーだ。特に何とも思っていないのは紅葉くらいだが、紅葉の過去は政彦の過去と密接しており、やはり誰もそのことについて話す者はいない。
――いなかった、わけだが。
「よし、決めた」
紅葉はにこりと慈悲に満ちた笑みを浮かべた。勿論彼がこうして笑ったからと言って慈悲に満ちた行動をとるわけじゃない。
むしろ、逆だ。
「お前ら、ちょっと一週間実家戻れ。リッカとミズキはまあしょうがないけど、ユイとマサは実家戻れ」




