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SCARLET  作者: 九条 隼
SCARLET:天才たちの話
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人間不信イラストレーター-1

――それはまさに、天啓が下ったような衝撃だった。

 彼はその日も退屈な授業を寝て過ごし、放課後の時間を適当に潰していた。たとえば生徒たちの間で評判の購買にケチを付けてみたり、たとえば、そう、今日の様に大して興味もない部活動を見て回って笑ってみたり。

 彼が通うその高校は、何の変哲もない高校だ。別に変な校風があるわけでもないから、「変わった」高校とは言い難い。強いて言うのなら、特徴はとにかく様々な部活動があり盛んだということだ。


 それに目につけたのは、つい先ほどまであることすら知らなかった「美術部」である。解放されている教室に入り込み、奇妙な美術作品やデッサンなどを見つめる。


「なんだこりゃ」

 勿論、芸術なんざさっぱりなわけだが。ひとしきり眺めてまわって、彼はふと、教室の隅に置かれているファイルを見つけた。


――それこそが、彼の人生を変える作品である。



 一年・黒田のりか。

 女子高生らしい小さくて少しみにくい字で書かれていた。作品集だろうか。分厚い表紙は少し湿っている。長らく放置されていたのだろう。埃も少しかぶっている。

 きったないファイル。そうぼやきつつも、何故だか手放そうとは思わなかった。ただの気まぐれた。ただの、いつもの暇つぶし。ヘッタクソな絵を笑ってやるのもいいだろう。……なんて。


 重たい表紙を一枚持ち上げる。滑らせる。



 そして目の前の世界へ、問答無用に引き込まれた。


 一つめの世界、物悲しげな世界。

 黒髪の少女の少女の後ろ姿。男装でもしているのか、うちの男子用制服を着ている。抱えられた本の異常なまでの多さは後ろからでもよくわかった。何と形容すればいいのだろうか。綺麗だなんて陳腐な言葉ではきっと、作品の品位が削がれてしまうのではないだろうか。こんなお粗末な語彙力では、きっと。どんな言葉をかき集めようとも、きっと。


 まるで意識だけがその世界に連れて行かれたようだった。ぼんやりとその世界に立ちつくす意識を余所に、彼の指はページをめくる。


 二つ目の世界。荒涼とした世界。

 荒れ果てた大きな路地裏で身を寄せ合う二人の子供の姿。体は痩せこけ、怯えたような目でこちらを見ている。アニメや何かである様なたかが空想のシーンだというのに、どこかリアリティで胸をつかれた。きっと想像なのだろうと思いつつも、そんなはずがないという矛盾に苛まれる。

 三つ目の世界。奇怪な世界。

 どこかの学校のようだ。黒板には歓迎会の後の様にかすれた字で「ようこそ」と書かれているがそこに人影は一つもない。窓は黒く塗りつぶされていて、小さな机やいすは滅茶苦茶になっている。奇妙で、鳥肌が立つくらい薄気味悪い――まるで怪談に出てくる夜の学校を現実にした様だった。

 四つ目の世界。不思議な世界。

 身を寄せ合う四人の子供と本を読む一人の子ども。意図的なのかたまたまか全員顔は見えない。読書に勤しむ子どもに引き寄せられているかのような子どもたちは、それぞれまわりに何かしらのマークが描かれていた。一つは、雷。もうひとつは、ばってん。もうひとつは……竜巻だろうか。そして最後の一つは、……。ごちゃごちゃして、良くわからない。

 五つ目の世界。嘘みたいに穏やかで、幸せそうな世界。

 桜が舞う。子供たちがその中で遊んでいる。一人は木の上で寝転がっていて、一人は幹に寄りかかって一枚の桜の花びらをつまんでいる。拓けた野原では三人の子どもたちが追いかけっこをしていた。今までとはガラリと変わった、明るい色で塗られていた。

 六つ目の世界。限り無く現実に近い世界。

 どこかのスタジオで一人、ヘッドホンをした少年の後ろ姿。なが目の黒髪を後ろで雑にくくった、中学生から高校生くらいの少年だ。どこかの制服を着て、首をかしげている。手にはペンがしっかりと握られていて、膝にはギターを乗せている。そんな、ありふれた情景。彼女の絵にしては少し異色な、そんな絵だった。


 七つ目。八つ目。九つ目。十つ目――

 淡く色付けられた世界に、彼はすぐに惹き込まれた。

 次から次へと変わる雰囲気に呑まれ、彼は茜色から紺色へと変わる空にも気付かなかった。

 結局見回りの教師に現実へ引き戻され、呆れたような顔で注意をされた。


「先生! 先生、これ、これ! これって」

 ああもう、何と言えばいいんだか! 言いたいことはたくさんあるはずなのに、何一つ上手く出てこない。それでも彼は何かを伝えようと必死になっていた。

 興奮で彼の頬は紅潮し、どこか虚ろだった目はきらきらと輝いていた。教師は意外そうな顔で彼の手元を覗き込み、ああと納得したように頷いた。

「黒田のか……」

 何ともいい難い様な顔をして、ため息をついた。

「全く、勝手に見たらだめだろう」

「すいません! でも、なんていうか……」

 教師は慌てる彼に困ったように笑って、そのファイルを閉じた。



「この学校にはな、天才がいるのさ」


 黒田のりかも、その一人。


 とてもそうは見えないが、まぎれもない天才だ。




 彼は抱えたファイルを穴があくほど見つめ、頷いた。


 天才……。

 天才か、天才。これが、天才の作品――



「俺、美術部入ります。入れてください!」



 教師は驚いたような顔をして、それから訝しげな顔で何かを言おうと口を開いた。

 しかし彼には既に聞こえておらず、抱えていたファイルを丁重に元の場所へと戻し、未来への期待に胸を膨らませていた。



 ああ、彼女に会ったらなんて言おう。

 彼女の他の絵も、見せてはもらえないだろうか。

 俺も絵を描き始めよう。

 彼女に教えてもらえたらこれ以上の幸せはないだろう。


 必死に話しかける表紙を振り切り、彼は記事についた。



 今日は、今日は今までで一番の日だ……!

 そしてこれからは今日以上の毎日が俺を待っている。



 彼は翌日、その宣言通り美術部に入部することになった。



 因みに、黒田のりかが美術部員ではないことを彼が知るのは、その二週間後のことである。

 そして、彼が思わぬ才能を開花させることもまた、先の話。

 



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