9.ノアは考える
先ほどは必死に逃げた道を、ゆっくりと戻る。
まばらに生えた木々。水牛たちが踏み散らかした草。
「ワギュー。盗賊たちはどうなったか、訊いてくれる?」
名前を付けて意思疎通が取れるようになったワギューが、他の水牛に話を訊いてくれる。
その会話の内容はノアにはわからない。
『ノアに“滅ぼして”って言われたから、踏んづけたって』
「その……生きてるか、死んでるかわかる?」
神に与えられたギフトで命令をしたのだ。ノアが間接的に殺したことになってしまう。
だけど、自分の命がかかっていたのだ。
『動かなくなったけど、人間の生き死にはよくわからないって。死んだふりして、動き出すこともあるから』
ノアは少しだけホッとした。命令するときに、言葉を慎重に選ばないといけないかもしれない。
「例えば“追い払って”と言ったら?」
『ゆっくり追いかけ回すとか、角で突くとかするかな』
なるほど。そういうやり方もあるのか、とノアは水牛の背中で考え込んだ。
『ノア。そういう情けをかけて、後で仕返しされることもある。優しければいいなんて、甘い世界じゃないよ』
ヒューイはノアの肩に停まり、顔をのぞき込んでくる。
「……そうね」
ノアはヒューイの方を見なかった。
誰かが助けてくれる。悪いことをしたら警察が捕まえてくれる。そんな前世とは違うのだ。
やられたら、自分でやり返さなければ生き残れない。
盗賊たちは何も持っていないだろう。せいぜい、武器くらい。
兄や護衛たちが殺されていたら、荷物から使えそうなものを物色する。ロープや鍋、火打ち石などがあれば欲しい。
自分は、これから悍ましいことをする。
イチから物を作れないから、持ち主がいなくなった品物に手をつける。
どれほど罪深いことか――
そう考えてしまい、身震いした。
いつか、地獄に落ちる。
いや、法による秩序がないこの世界が、すでに地獄だ。
前世の記憶があるまま転生させた神を、ノアは憎いと思った。
あのチャラ男め!
次に会ったら首を絞めてやる。
遺体が転がっていたら、どうしようか。
前世の感覚だと、埋めて弔うのが正しいと思う。
だけど、埋めるための穴を掘る道具がない。
そんなことをしていたら、ノアが盗むために殺したと誤解を受けるかもしれない。
もし、生きていたら?
助ける?
見捨てる?
普段から家族に馴染めていなかった。
誰かのミスをノアになすりつけるなんて、日常茶飯事だ。
よし、決めた。
「助けて文句を言われたら嫌だから、誰かが生きていたら近寄らずに帰ろう」
迷う心を叱咤するために、あえて口に出した。
「ヒューイ。兄さんたちが生きているか、確認してきてくれる?」
『了解』
ヒューイは翼を広げ、ノアの肩から飛び立った。
風圧でノアの髪が乱れた。
水牛たちに止まってもらい、ヒューイが帰ってくるのを待つ。
水筒はミューにくくりつけた荷物の中だ。
喉が渇いても、飲むものがない。
「ワギューたちの水場ってどんな感じ?」
『雨期に水が溜まるところだよ』
ワギューは自慢げに教えてくれた。
つまり、たまり水だ。
ノアがそのまま飲むことはできないだろう。
ヒューイが戻って来た。
ノアは腕を出して、ヒューイを停まらせた。中型の鳥なので、腕にずしりと重さがかかる。
「どうだった?」
『確認する前に戻って来た。逃げた家族が兵士を連れてこっちに向かってる。どうする?』
それは、予想していなかった。




