4.ノアの覚醒
四人の盗賊がノアの方へ向かって歩いてきた。
思わぬ反撃に遭って、怒りの形相になっている者。
か弱い少女を獲物と見なして、下品な笑みを浮かべる者。
人に不快感を与えることしかできないのかと、ゾッとする。
ノアは遠ざかっていく家族を見た。
土煙で見づらいが、盗賊も引き離されることなくついて行っているようだ。
囮にしたことを後悔して戻って来てくれる、なんてことはないだろう。
ノアは唇を噛んだ。
「ははは。娘っ子。可哀想になぁ」
「お前で遊んでいいってことだよな」
ゾッとした。背筋に冷たい水をかけられたかのように、血の気が引く。
「荷物を大人しく寄越したら、生かしておいてもいいぞ」
近くに、足を痛めたノアのダチュラが座っている。
ノアが素直に従おうと抵抗しようと、結果は同じに違いない。
圧倒的に自分たちが有利だと思っている様子に、ノアは土に爪を立てた。
土をかけて目潰しをするか?
いや、それをするには敵の人数が多い。
「馬鹿。勝手にそんなこと言っていいのかよ」
舌なめずりをした盗賊が、一歩ずつ距離を縮める。
「うひょお。珍しい髪の毛じゃん」
小柄な男がひょいっと近づいて、髪の毛を乱暴に掴んだ。
ぶちぶちと何本か抜け、痛みにノアの顔が歪む。
「や、やめ……」
とっさに出た言葉は、完全に逆効果だった。
盗賊たちの加虐趣味に火を付けてしまう。
小動物を甚振る愉悦を味わう、下卑た表情を浮かべている。
本能的な恐怖が沸き起こる。
それにしても臭い。清潔にすることを知らない、野蛮人どもめ。
ノアはもう一度、家族たちが走り去った方向を見た。
もう、小さな塊にしか見えない。
人とは違っていることを、もう隠す必要はなくなった。
ノアは深呼吸をした。
家族との決別を心に刻むために。
ところが盗賊たちの匂いを吸ってしまい、むせた。
「……私、ダサい」
ノアは自嘲して、立ち上がった。
「ヒューイ! 来て!」
近くの木に止まっていた中型の鳥が飛んできて、ノアの肩に停まる。
「お、なんだよ。おまけに鳥もついてくるってか?」
「とっ捕まえて食おうぜ」
突然現れた鳥を不審に思うこともなく、ゲラゲラと笑う盗賊たち。
ノアは乱れた髪をひと撫でした。
恐怖はまだ去っていない。膝が震えそうになるのを、力を入れて誤魔化している。
だけど、一人ではないことが勇気をくれた。
「ヒューイ、一人でやれる? さすがに無理? ――わかった」
ノアは両手を組んで、神に祈った。
『私の身を守るために、この男たちを滅ぼして!』
ノアの身体が光り、球状に広がった。
どうなるか、何が起きるかノアにもわからない。
家族から髪の毛のことで異端視されていた。
これ以上仲間はずれは嫌だと、転生したことも、そのときにギフトを授かったことも秘密にしていた。
だけど、もういい。
家族に入れてもらうより、自分の身を守ることの方が大事だ。
ぞわり。
足元で何かが動く気配がした。
アリだ。
地面の小さな穴から、アリがぞろぞろと這い出してきた。
そんな穴はあちこちにある。
「痛っ」
盗賊が片足を上げた。
蟻に噛まれたようだ。
「うお。気持ち悪ぃ」
もう一人の盗賊は、足で踏みつけようとする。
だが草で編んだ草履では、潰すのと同時に、草履に入り込まれてしまう。
「いだだだだ。ちょっ、ふざけんじゃねぇぞ」
どどどっと地面から軽い振動が伝わってきた。
水牛が十頭ほど、こちらに向かってきている。
「うわ、なんだ、なんだ?」
いきり散らしていた盗賊たちが、怯え始める。
水牛の角、迫ってくる迫力。
こそこそと生きてきた卑怯者たちに、立ち向かう度胸はない。
『ノア。水牛にどうしてほしいか、話せばいいよ』
肩に乗ったヒューイが、ノアにだけわかる言葉で囁いた。
ギフト【翻訳】。
「動物とも話せるって、チートだよね」
ノアは眉尻を下げて、困ったように呟いた。
だって強すぎる力を持つ英雄たちは、普通の人が敵わない困難に立ち向かわなければいけない。
ノアが求めているのは、ただ、平穏な人生なのだ。




