16.群れ
次の日、ノアが木の実の採集に向かおうとしたら、ヒューイが違う提案をしてきた。
『スリングの練習をした方がいいんじゃない?』
「なんで?」
昨日は小石をまっすぐ飛ばすことができるようになった。でも、コントロールはイマイチ。
今日も練習できるならやりたい。
だけど、食料を確保しないと飢えてしまう。
『ノアが強くなった方が、生存確率が上がるから』
「確かに守られているだけより、反撃できた方がいいわよね」
盗賊たちに追われて、逃げることしかできなかった。あれは苦い思い出だ。
『ノアが自分の身を守れたら、僕たちも敵の攻撃に力を注げるだろ』
ヒューイの言葉に、ミューもうなずいている。
「嬉しいけど、昨日お休みの日にしちゃったから、今日は食べ物を取りに行かないと……」
『僕とミューで食料を確保する。ワギューがノアの護衛。どう?』
ヒューイの仕切りで、本日の予定が決まった。
ワギューは楽しそうに弾むように歩く。
背中に乗ったノアはがくんがくんと首が揺れて、普通に歩いてほしいと思った。
「ワギュー。申し訳ないんだけど、静かに歩ける?」
『あ、ごめん。僕、嬉しくて』
「なにが?」
三頭ともノアのために、喜んで働いてくれるように見える。
ギフト【翻訳】に、好意を増幅する効果でもついているのだろうか?
そんな不安が胸をよぎる。
ヒューイとミューは長い付き合いだが、ワギューは会ったばかりだ。
『僕、まだ子どもだから、人のお世話をすることがなくて。大人になったみたいで嬉しいの』
ワギューは嬉しそうに言った。
言われてみれば、他の水牛に比べて小柄だ。
若いから頭も柔軟で、ノアのやり方に合わせてくれるのかもしれない。
他の水牛だったら説教されることもあったりして?
いや、野生の水牛は人間の生活なんか知らないだろうから、そんなことにはならないか……。
ノアはワギューの背中で、そんなことを考えた。
そんなふうに、ノアたちは工夫して生活を整えていった。
しばらくして、水牛たちが移動するとワギューを通して言ってきた。
周辺の草をかなり食べて残り少なくなってきたので、次の場所へ行くという。
ノアは悩んだ。
水牛の群れについていくか? ここに留まるか?
水牛がいたから近寄らなかった動物もいるだろう。
だが、またイチから水場と火を焚く場所を整えなくてはいけない。
ワギュー以外の水牛とはしゃべれないし、離れがたいというほど親しくなっていない。
苦労して作った生活基盤を捨てるのは惜しい。
だんだん、考えが水牛たちについていかない方へ傾いていく。
『変なのが近づいたら、また命令すればいいじゃん』
ヒューイが気軽に言った。
「それもそうか」
あまりギフトは使いたくないけれど、とっさに水牛と蟻が助けてくれたのだ。
「それなら……定住するなら、もっと暮らしやすい場所を探してもいいよね?」
ここは水牛たちについてきて、そのまま暮らし始めただけだ。水場は近いが、他の条件を吟味したわけではない。
『じゃあ、明日から探そうよ』
ダチュパのミューが勢い込んで言う。もしかしたら水牛という異種族に囲まれているのが、ストレスだったのだろうか。
「ワギューはどうする? 群れについていく? 私たちと一緒に来る?」
『……どうしよう』
「明日の朝までに、決めればいいよ」
ノアは魚に串を通しながら言った。塩を振りかけて、塩焼きにするのだ。
『ノアは寂しくないの?』
なんと答えていいか、わからない。
ついてきてほしいか、どうか?
ついてきた方がいい生活ができるか、どうか?
しっかりと計画を立てて自立したわけではない。成り行きで、目の前のことを解決するので精一杯だ。
答えられないノアを見て、ワギューは寂しそうに群れに戻っていった。
翌日、日が昇る前。
『群れについていく。離れた水牛は食べられちゃう』
「そっか。そうだね」
『――命令されたら、残る』
ワギューはまだ、迷っているようだ。
だけど、他人の人生を預かることはできない。自信もないし、責任も負えない。
「また、近くに来たら……遊ぼう」
『……うん』
水平線に日が顔を出す前から、徐々に空は明るくなり出す。
水牛たちは移動を始めた。昇り始めた太陽に照らされ、彼らの影が長く伸びる。
『まあ、お手伝い感覚だったんだろ』
ヒューイは少し突き放すように言った。
『付き合いも短いし、別に寂しくないよ』
ミューはそう言いながら、目を伏せた。
「家族が仲いいなら、それに越したことはないよ」
ノアは家族から見捨てられて、自立せざるを得なくなっただけだ。
ほんの少し、ワギューが羨ましかった。




