第四話 ファーストコンタクト
時間が止まったように感じた。
瓦礫の向こうに立つ影は、陽向たちよりも二回りほどは大きい。全身を覆う硬質な装備。頭部を包む透明なバイザー――その奥に、表情は見えない。
二本足で大地を踏みしめるその異形が、次々と暗がりから姿を現していく。
『……蓮』
低い姿勢のまま、陽向は声を震わせた。
『動くな』
蓮の声は低く、震えを押し殺していた。冷静に目の前の化け物を睨み付ける。
向こうの一人が、重厚な金属の手を腰のホルスターにかけた。
ある者はタンクの装着されたノズルを繰り出す。
ある者は細長く、高周波の唸り声を上げる剣を繰り出す。
彼らは低く、硬い声を響かせる。意味は分からない。ただ、バイザーの奥から放たれる警戒と、冷たい敵意だけが、肌を突き刺すように伝わってきた。
『……来る!』
陽向が呟いた瞬間、先頭の一人が、地を蹴った。高熱を帯びた刃が、低い唸り声と共に振り下ろされる。
「――ッ!」
鋭い声とともに、刃が迫る。
陽向は反射的に手をかざした。目に見えない粒子が瞬時に集まり、二人の前に薄い壁を形成する。
刃が空を切り、手に阻まれて金切り音を上げる。炎のような火花を散らし、刃は陽向の顔の鼻先、数センチ先で止まった。
攻撃が阻まれた巨人が、驚いたように身を引いた。
その直後、重い何かが弾けるような音がした。ノズルから噴出された高熱の火炎が、周囲の酸素を焼き尽くし、瓦礫を黒く焦がしながらこちらに迫ってくる。
もう一度手でそれを受け止めるが、熱量があまりにも強い。粒子の結合が剥がれかけ、熱が陽向の顔の表面を焼き付ける。
『あっ、つ……!』
今まで感じたことのない痛みが陽向を襲う。日差しを何倍にもしたような灼熱の大気に、陽向の全身は痛みを訴える。
抑えきれないと判断した二人は、手を解除して横に飛び退いた。地面が黒く変色する。
『クソッ、が!』
蓮が粒子を大量に収縮させ、側にあったコンクリート塊を持ち上げる。それを渾身の力を振り絞って投げつけた。
巨人は散開してそれをかわす。
『逃げるぞ!』
蓮の怒声に弾かれたように、二人は瓦礫の間を駆け出した。しかし逃がすのを許さない炎が、背後から迫る。
瓦礫を盾に、それをかわしながら走り抜ける。
一人の巨人が、陽向に追いすがってきた。先ほど切り込み隊長をしてきた個体だ。長身を活かし、手にした刃を上から振り下ろす。
陽向は振り向きざまに、再び手で防いだ。空気中で火花が散る。その刹那に、陽向は敵を見た。
巨大な身体。手足。丸い頭——似ている。真理亜の特徴と一致する。違うのは真理亜よりも身体が大柄な点か。真理亜よりも一回り手足や胴体が太い。
『なんなんだ……こいつッ!?』
その直後、巨人に向かって蓮が全身で体当たりをした。巨人は体勢を崩す。
その隙に、二人は今出せる全速力でその場を離れた。とにかく速く、とにかく前へ。
息が上がる。足がもつれる。それでも二人は、無我夢中で走り続けた。
どれくらい走っただろうか。廃都の外れまで辿り着き、追ってくる気配がないことを確かめてから、陽向たちはようやく足を止めた。
倒木の下に身を隠す。
『はぁ、はぁ……』
陽向は地面に座り込み、荒い息を整える。蓮も同じように、肩で息をしていた。
『……なんだったんだ、今の』
誰に問うでもなく、蓮が呟いた。陽向は答えられなかった。ただ、あの刃の唸り、焼け焦げた瓦礫の匂いだけが、頭の中で繰り返し再生されていた。
あれはヤバい。全細胞がそう告げている。あれに当たるのはマズいと、直感で理解した。だから、今になって震えが来た。
『早く戻ってみんなに知らせないと』
蓮が大きく息をついてから言った。
『これは大事だぞ……』
『待ってよ……!』
蓮は再び走って集落に戻る体勢に入っていたが、陽向がそれを留めた。
『マリア……マリアが危ない……!』
陽向の頭に浮かんでいるのは真理亜。あの100年待ち続けた哀しき人形のことだった。
陽向はよろよろと立ち上がり、都市部へ足を向けた。
『おい、どうするつもりだ!?』
『マリアに知らせないと……』
『バカ言うな! 先に奴らに見つかって殺されるのがオチだぞ!』
『でもマリアが——』
『いいか、陽向』
陽向にみなまで言わせず、蓮は言葉尻を遮った。
『マリアも心配だが、それよりもみんなのことを優先しろ! 俺たちは共同体だろ? 答えろ。お前は誰の仲間なのか』
『ぼ、僕は……』
陽向の口が開いては閉じ、閉じては開きを繰り返す。声がなかなか言葉にならない。
『僕は……みんなの仲間だ……』
『なら集落を優先しろ。マリアはその後だ』
陽向はもう一度、真理亜のいる廃墟の方角を見る。そして振り払うかのように、走り出したのだった。
◇
日が完全に落ちる直前、二人は集落に辿り着いた。煤と泥にまみれて駆け込んできた陽向たちの様子に、迎えた仲間たちは何事かとざわめいた。
『どうした? なにがあった』
走る二人に仲間の一人が声をかけた。
『ごめん、また後で説明する!』
二人は止まらず、目標を目指した。
『誠一!』
陽向は自分の家へ真っ直ぐに駆け込んだ。誠一は、二人の形相を見てすぐに何かを察したように立ち上がった。
『どうした』
『敵が……敵が、街にいたんだ! すごく大きくて、武器を持ってて――』
言葉が上手くまとまらないまま、陽向は必死に説明しようとした。
『かなり敵対的な奴らです。いきなり攻撃してきました』
蓮が横から補足する。唸りを上げる刃、焼け焦げた瓦礫。そして何より、「二足で立つ巨大な存在」であること。
誠一は黙って聞いていたが、その表情から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。
誠一は固まり、ただ床の一点を見つめていた。その瞳には、恐怖とも絶望ともつかない、暗い光が宿っていた。
『……誠一?』
『……ああ、悪い』
誠一は我に返ったように顔を上げた。その目には、いつもの静けさとは違う、なにか切迫した色が浮かんでいた。
『すぐに、皆を集めよう』
そして誠一は、意を決したように、そう言った。
◇
夜、集落の広場に火が焚かれ、大勢の仲間が集まった。不穏な気配に、誰もが身を寄せ合っている。
ざわめきの中、誠一が皆の前に立つ。
『今日、陽向と蓮が、旧文明の跡地で……正体不明の存在と接触した』
誠一の言葉に、集落全体が静まり返った。
『詳しい話は二人から聞いた通りだ。大型で、武装した集団。人型に近いが、我々とは明らかに違う何かだ』
『敵、なのか……?』
誰かが、震える声で問うた。誠一は少し間を置いてから、静かに首を振った。
『わからない。敵が一体何を目的として、どんな集団なのか、どこから来たのかさえわからない。そんな未知のものに対して威圧的にしてしまったら、それこそ最悪の事態になる』
『黙って見過ごせと言うのか』
『そうは言っていない』
誠一の声は落ち着いていたが、その奥に、迷いのようなものが微かに滲んでいた。
『下手に動けば集落が発見される危険がある。活動は集落周辺に留め、見張りを増やそう』
異論を唱える声も上がったが、誠一は一つ一つ丁寧に受け止めながら、それでも穏健な方針を崩さなかった。陽向はその様子を、少し離れた場所からじっと見つめていた。
(誠一……なにか、知ってるみたいだ)
そんな気がしてならなかった。だが、それを確かめる勇気も時間も、今の陽向にはなかった。
◇
会議は結局、様子見で終わった。他の集落にも、明日朝一番に伝えに行くことが決定した。
そうして会議が終わり、皆がそれぞれの家へ帰っていく中、陽向は一人、暗くなった集落の外れに立っていた。
『……おい』
蓮が陽向を見付けてこちらに歩んできた。
『どうした? こんなところで突っ立って』
『……マリアのこと、考えてた』
『マリアか……』
『あいつらが屋敷の方まで行ったら……マリア、大丈夫かな』
陽向は不安げな面持ちで南の方を見つめる。
蓮は同情しつつ、しかし確かな意志のこもった声で言う。
『無事だと信じるしかない……危ないのは俺たちも一緒だ。それに……』
『なに?』
『……なんか似てるだろ、マリアとやつら』
『……』
陽向は返事を返さなかった。だが、その沈黙は肯定を表しているのは明白だった。
『なにか関係があるのかもな。だから、むしろ大丈夫かもしれん』
『蓮……ありがとう』
『ふん……まあ、幼馴染のお前がいつまでも不安になってるのは見過ごせないしな、仲間としても』
蓮の言葉に、陽向は絞り出した笑みで答えた。だが、不安は抜けきらない様子だ。
蓮はしばらく黙って陽向を見ていたが、やがて小さく肩をすくめた。
『……今日はもう休め。それ以上は、俺も止めないから』
それだけ言うと、蓮は自分の家の方へと歩き出した。陽向は、その背中をしばらく見送ってから、暗い旧都市の方角――真理亜のいる、あの静かな屋敷の方を、長い間見つめていた。
『それ以上は止めない、か』
陽向は呟くと、決意を固めたように、唇をきゅっと結んだ。
『明日行こう、マリアのところへ』




