第三話 中編 再び幌馬車に揺られる元王太子妃
珍しくアルジェから手合わせのお誘いを受けた恋する男は、まるでデートの約束を取り付けたかのように見えない尻尾をブンブン振っている。まだ休憩場所まで距離があるというのに、既に剣に手を伸ばしていた。そして顔を赤らめながら、満面の笑顔を見せる。
「アルジェ、君から誘ってもらえるなんて、なんて幸せなんだ」
「変な言い方をしないで貰えるかしら?ただの手合わせよ?」
浮かれるフルーレに、呆れ返った様子でアルジェが文句を言った。それでも嬉しさを止められない少年は、ちょっとでもアルジェに近づこうと御者台の方へと体を傾ける。
「ただの手合わせだろうが、喜んで、剣を交えさせてもらうよ」
急にご機嫌になったフルーレは、首をゴキゴキと鳴らした。既に戦う気満々のようである。その暑苦しさに、サシャが大きな溜息をついた。
「あんた達、良く飽きないよね。でも、今はダメ。帰ってからにして」
「サシャ、何故だ?僕が、アルジェに誘われたのを逆恨みしているのか?」
「違うわよ!あんた達、やり始めたら止まらないでしょ?今は、ミネルバの親父さんを病院に連れていくのが最優先!」
珍しく正論を解いたサシャに、フルーレも反論の余地がない。アルジェも、フルーレにかこつけて自身が体を動かしたかっただけなので、視線を気まずげに逸らせた。
「ったく、子供なんだから!」
同じ十四歳なのに、サシャはアルジェ達を母親のように叱った。高位貴族のご子息ご令嬢が、戦争孤児に怒鳴りつけられている状況など、ここ以外にあり得ないだろう。
「ははっ……イテテテ」
体を横たえているルゼリオが、サシャに怒られてシュンとなるアルジェ達を見て思わず笑った。次の瞬間痛みに身を捩ったが、それでも心は温かさに満ちていた。
まだまだ世間に置いては身分制度の差は激しく、アルジェ達のように十四歳らしい爽やかな友情が子供達の間で結ばれるのは奇跡に近い。
「大事にしろよ、こいつ等との友情」
ルゼリオはミネルバの手を握ると、ギュッと力を込めた。それに応えるように、ミネルバも力を入れる。
「分かってるよ、親父。でも、遺言のような言葉を不用意に吐くのはやめてくれるかな。心臓に悪い」
「すまん」
大柄で一見豪快に見えるミネルバだが、心は結構傷つきやすい。ただでさえ父親の傷が思っていたよりも大事だったことで、かなりへこんでいるのだ。
母親を病で亡くした彼女に残る親族は、ルゼリオだけ。他の親戚とは会ったことすらない。
本当は数名居るらしいが、ルゼリオがS級冒険者として名が売れ始めた頃に、金の無心に来て以来絶縁状態になっている。きっとミネルバが困窮するような状態になったとしても、手を貸してくれるような人間達ではないのだろう。
「親父。とりあえず、病院を退院したら一発殴るからね!」
ミネルバの剛腕に殴られたら、流石のルゼリオも膝を地に付けるかもしれない。
しかし、娘を心配させ過ぎた父親は、
「分かったよ……」
と返事をするしかなかった。




