第三話 前編 再び幌馬車に揺られる元王太子妃
五人もの人間を乗せたボロ馬車、もとい幌馬車は、ガタゴトと音を立てながら舗装されていない道をゆっくりと進む。正直体が辛くなるほどの振動だが、御者台に座ったアルジェは体を左右に動かして上手くバランスを取っていた。そして、まるでおもちゃ箱を覗く子供のようにキラキラとした瞳で飽きることなく青空を見上げる。
そんな彼女の隣には、サシャが座っていた。学校を出発した時と同じようにリンゴをかじりながら器用に手綱を握った小柄な少女は、空一つに興奮している公爵令嬢に苦笑いを浮かべる。
「アルジェ、何がそんなに面白いの?」
「逆に、何が面白くないのか教えて欲しいくらいよ」
母国に居た時も、王太子妃として王宮に囚われていたアルジェは、常に塀に囲まれた世界で生活していた。そんな彼女にとって何処までも広がる空は、自由の象徴でもある。刻々と形を変える雲はいつまで見ていても飽きることは無く、悠々と飛び去っていく鳥の行先を想像しては自分も付いていきたくなった。
しかし、この空が、再び高い塀に囲まれて小さくなってしまうまで後もう少し。ダルタニアン騎士学校へ辿り着けば、安全は確保されるが外に出るのに一々許可が要る生活が始まる。
「帰ったら、先ずは、部屋の掃除ね」
「アルジェ、頼むから嫌なことを思い出させないで」
旅立ってから数週間。放置された部屋は、荷造りでかき回したこともあり整理整頓ができた状態ではない。疲れ果てて帰った体で片づけをしなければならないと考えると、サシャは、それだけで気分が盛り下がってくる。
「サシャ、気落ちしても仕方ないでしょ?事実だもの」
「そうだけど、親父さんも病院に連れて行かないといけないし、やる事多すぎ」
サシャがチラリと後ろを振り返ると、幌馬車の中で横たわるルゼリオが見えた。彼は、ギルド長であるガンドルフが手配した病院に入ることが決まっていた。せめて娘が心配し過ぎないよう、傍で居てやることにしたのだろう。なにせミネルバが、母だけでなく父まで失ってしまうのではないかと不安に押しつぶされそうになっていたからだ。
しかし、彼は未だに続く鈍痛に顔を歪め、眠ることも難しいらしい。普段は大きな声で喋るミネルバだが、今は普段では考えられない程静かに押し黙り父親に寄り添っている。
そんな麗しい親子愛の横に、大きな体を小さく縮こまらせて、なるべくスペースを使わないように頑張る巨体の男が居た。無論、フルーレだ。
「体が、固まってしまいそうだ」
文句を言いながらも手足を伸ばさないのは、ルゼリオを少しでも広い場所に寝させてやりたいという思いからだろう。普段、他人などどうでもよいフルーレも、友人の父親となると扱いが変わるらしい。
珍しく心遣いをみえるフルーレに、アルジェが声を掛けた。
「フルーレ、少しだけ待って。後しばらく行ったら休憩するわ。そうしたら、少し体を動かしましょう」
たったその一言で笑顔になれるのだから、フルーレと言う男は、なんとも安上がりな男である。




