第四十九話 前編 ダルタニアン騎士学校への帰路と元王太子妃
来た時と同じように、幌馬車の御者台にサシャと並んで座ったアルジェは、空を見上げた。
どこまでも広がる青空を、たった数週間で見慣れてしまった彼女は、再び小さく切り取られた空しか見えない学校へと戻る。
それを悲しいとか、虚しいとかは思わない。
ただ、この空も暫く見納めだなと思い、目に焼き付ける。
「アルジェ、どうしたの?静かだね」
「後ろでルゼリオさんが寝てるから」
「そっか」
ミネルバを学校へ通わせる為に怪我を押して移動することを決めたルゼリオは、ガタガタと揺れる馬車の中で青い顔をして横たわっている。
普段は馬に乗って単騎で駆ける彼にとって、こういった地味にボディーブローをかましてくる乗り物酔いは相当つらいようだ。
帰路には、無論フルーレも付いてきている。逆に路銀としてロイスからの報酬を分けた時、又置いていくつもりかと顔を真っ赤にして怒ったのだが、今では隅で大きな体をこれ以上ないくらい小さくして気配を消している。
その原因は、出発前のアルジェとの喧嘩だった。
「付いてきたければ、付いてくればいいでしょ?」
積極的に一緒に帰ろうと言ってくれないことに、フルーレが不貞腐れた。それに対して、アルジェが至極当然な返しをしたのだ。
すると、益々へそを曲げたフルーレが、普段では考えられない気の強さを見せた。
「付いていきたいと言わなければ、付いていかせてくれないのかい?」
「それは、個人の意思だもの」
「君は、本当につれない人だね!」
怒り心頭のフルーレに、逆に心外だという表情を浮かべるアルジェ。
横で見ていたサシャ達は、フルーレ報われない恋心が空回り過ぎていて、必死に笑いを堪えた。ここで笑えば、矛先が自分達に向くことを経験上知っているのだ。
フルーレの言い分も分からないこともないが、世にいう女性としての幸せと言うものにアルジェは価値を見出していない。いくらフルーレが彼女に恋焦がれたとしても、それに応える義務は彼女にはないのだ。
「貴方は、私がいけないというの?」
「そうは、言ってない」
「だって、そう聞こえるわ」
自分の言葉で一々一フルーレに喜一憂されては、やりづらくて仕方ない。剣のライバルとしては素晴らしい相手だが、こうも毎回責められては面倒くさくて仕方ない。
「じゃぁ、一緒に帰らないでおきましょう」
「なんで、そうなるんだい?」
「だって、貴方が乗るとルゼリオさんが横になるスペースがなくなるわ」
至極まともな意見なのだが、この流れで言われるとフルーレも流石にアルジェが怒っているのだと理解できた。
そして、自分の一方的な思いを彼女に押し付けてしまったことに気づく。
「ごめん。もう言わないから、一緒に帰らせて」
「それは、貴方が決めることで、私が決めることじゃないわ」
「分かった。馬車の隅に乗せてもらうよ」
その後、小さな幌馬車は、大きな男を二人と大きな女を一人後ろの荷台に乗せて、小さな女と細身で長身な女が御者台に座って旅路を急いでいる。
しかし、総重量が重くなったせいで、馬の疲労は日に日に溜まっていた。




