第四十八話 新しい目標と元王太子妃
「あぁ、アルジェ、目が覚めた?」
「ごめん。また、運んでもらった?」
「いつもの事でしょ?それに、運んだのは、ミネルバだし」
荷物のように気を失ったアルジェを肩に担いで訓練場を後にするミネルバを、騎士団の面々は止めることなく見送った。声を掛けようにも、アルジェとフルーレの死闘が凄すぎて腰が抜けていたのだ。
そして、一日が経ち、やっと目覚めたアルジェは、とてもお腹が空いていた。なにせ、昨日の午前中から今朝まで何も食べていない。お腹を抑えながら、ふと、自分の対戦相手のことを思い出した。
「そういえば、フルーレは?」
「アイツの親父が居るんだから、何とかしてくれるだろうと思って置いてきた」
「そう」
「いつもなら、学校の救護班の人が担架で運んでくれるんだけどなぁ」
「あれはあれで、凄く迷惑よね」
「その片棒担いでるアルジェが言うことじゃないでしょ?」
笑いながら手を振るサシャに、アルジェは不思議そうな顔をする。
「何故、私が片棒を担いでいることになるのかしら?」
「だって、アルジェ以外じゃ、あぁはならないでしょう?」
「そう……ね。多分」
かなり不満は残ったが、言われてみれば納得せざるを得ない。なにせ、彼が気絶するまで戦う相手は自分だけだからだ
大きな荷物を騎士団員のど真ん中に置いてきてしまった申し訳なさに、アルジェがため息をつく。そして、彼女なりに、多少反省もしているようだった。
「ふぅ……やってしまったわ」
「なに、今更なこと言ってんの」
「嫌われてしまったわね」
「騎士団に?別に、騎士団に入りたかったわけじゃないんでしょ?」
ダルタニアン騎士学校に居る者全てが騎士団に行けるわけではない。そこには、目に見えない身分制度というフィルターが掛かっている。アルジェは公爵令嬢とは言え、他国の者だ。しかも、元王太子妃。この国の王室に近づけるつもりは、先方にも最初からないだろう。
「それでも、人に嫌われるのは気持ちの良いものではないわ」
「そう?でも、やっちゃったんだから、取り返しはつかないよ」
「そうね。じゃぁ、気にしないわ」
「最初から、そんなに気にしてないくせに」
サシャは、アルジェが剣のみに生きる少女だと理解している。そこには、周りの評価など関係ないのだ。いかに己が理想とする姿に近づくのか。その為ならば、髪を切ることも、自分の身に大きな傷を負うことも厭わない。
そんな人間が、たかが騎士団員に嫌われたくらいで落ち込むはずもない。既に立ち上がり、剣を握っている姿を見れば、心配する事すら馬鹿馬鹿しくなる。
「ところで、ミネルバは?」
「あぁ、親父さんの所。なんでも、ミネルバが学業を放り出すことがどうしても我慢できないって言って、一緒に帰ることにしたらしいよ」
「あら、帰りは、皆一緒ってこと?」
「そう」
「それは、楽しい旅になりそうね」
まだ自由に歩き回れないルゼリオだが、馬車で運べば、どうにかなるだろう。学校近くの一軒家を手配してもらうよう、既に冒険者ギルドを通して頼んでいるらしい。
ミネルバに取れば、ここだろうと、学校の傍だろうと、父親と居られるなら別に構わない。その為、荷物をまとめる手伝いをしに行っている。
「それじゃ、フルーレとも一度合流しないといけないわね」
「おっ、珍しい。アルジェが、アイツを気にするだなんて」
「だって、帰るのに一人だと色々余分にお金がかかるでしょ?」
「それは、そうだけど……」
学校を出発する際自分が彼を置いてけぼりにしたことを責められているような気がしてサシャは、唇を尖らせた。
しかし、アルジェは、そのこと自体はなんとも思っておらず、ただ、後から一人帰るのには旅費が掛かると思っただけだ。
今の彼女達は学生で、親の支援を受けている。今回の旅で護衛としてお金を稼いだが、無駄遣いをすれば直ぐに無くなるだろう。
「まず、ロイスさんから預かった報酬を、分けないと。もし、彼が一人で帰るにしても、お金は必要よ」
「ははは、そうだね。うんうん、お金はいる」
サシャは、アルジェと一緒に冒険者ギルドへ向かうことにした。途中、お腹が空いたアルジェと屋台の串焼きを買って頬張った。珍しく二人で食べ歩きをするのは、ミネルバに悪いような気はしたが、とても楽しかった。
そして、行きついた冒険者ギルドで、たまたまリペアと会ったことが、アルジェの今後を大きく変えていくこととなる。
「おぉ、これはこれは、戦女神殿」
わざと仰々しく話しかけてきたリペアに、アルジェは首を傾げる。
「その、戦女神とは?」
「知らないのか?今、一番ギルドを賑わせている噂なのに」
どうやら、昨日の今日でアルジェが騎士団の訓練場でやらかしたことは知れ渡っているらしい。
「一体どなたが、そのことを?」
「町中をミネルバが綺麗な少女を担いで歩いている時点で、皆が興味を湧かせるのはしかなたいことだと思うがね」
「あぁ……」
その後、荷台に乗せられたフルーレまでが運ばれたとあっては、新人虐めをして怪我でも負わせたのだろうと騎士団が疑われても仕方ない。
それを聞いたルゼリオが怒り狂い、冒険者ギルド長に発破をかけて騎士団に文句を言いに行かせたのだが、逆に文句を言われて帰って来たのだ。
「あんな連中二度と受け入れないとさ。良かったな、騎士団お墨付きの問題児だ」
「それは、ちょっと嫌な二つ名ですね」
そう言いながらも、さほど気にも留めていないアルジェだったが、リペアの方は、そうではない。
「そんな無茶な戦いをして、剣の方は大丈夫なのか?」
「今のところは。一度帰ったら手入れに出そうと思っています」
「そうか。それならいいが、もし折れるようなことがあれば、それを作った工房へ直に持っていく方がいい」
その言葉に、アルジェの目が見開いた。
「リペアさん、御存じなのですか?この刀が何処で作られたのか?」
「あぁ。かなり遠いがな」
「それなら、今すぐにでも」
「それは、ダメだ。お前さん、学生だろ?」
「それは、そうですが……」
リペアとしても、アルジェがこのまま出奔して学校から退学処分にされることなど望んではいない。
「次の長期休暇は、いつごろだい?」
「夏に一度、一か月半の休みがあります」
「じゃぁ、その時に一緒に行ってやろう」
「本当ですか?」
「あぁ。男に二言はない」
リペアとしても、名刀を産む工房を一度訪れてみたいと長年思っていた。
しかし、日々の仕事が忙しく、何度か工房主と手紙でやり取りをした以外行動を起こせていない。
既に魔剣を作った鍛冶師は他界しているが、その息子や弟子が跡を継いで今も素晴らしい剣を打っている。死ぬ前に行けるのであれば、烏の魔剣と共に旅をしたいと思った。
アルジェとの出会いが、再び烏への思いを思い出させ、そして某工房への来訪を実現させたいという思いにつながったのだ。
「ちゃんと学校で学び、そして、成長した姿を見せてくれ。それが、工房へ連れていく条件だ」
「分かりました。必ずや、もう一段成長した姿をお見せします」
リペアは、アルジェと連絡先を交換すると、再びロイスの元で仕事をするために戻っていった。
「良かったね、アルジェ」
「うん。これで、剣の手入れを最高の状態にできるし、作られた過程を見ることで、もっと深く剣を知ることが出来る」
「本当に、剣の事しか考えていなよね」
ブレないアルジェを見ながら、サシャも、自分の武器をもう一度一から手入れし直そうと心に決めた。




