第四十七話 模擬戦と元王太子妃
「もし可能でしたら、私と彼の模擬戦を見てご意見を頂けないかと思いまして」
アルジェが指さしたのは、庇ってもらえると期待していたフルーレの間抜け面だった。
「え?僕?他の団員じゃなくて?」
「えぇ、貴方よ。何か問題でも?」
「問題はないけど、感動を返して欲しいな」
「何に対する感動かは知らないけど、失望させたならごめんなさい」
一応謝ってはいるが、結局アルジェは、フルーレが何に対してガッカリしているのか理解できないままだ。
「いや、別にいいよ。ちょっと、期待した自分を殴ってやりたい」
自分の為に戦ってくれるアルジェを見てみたかったが、確かに、彼女の対戦相手を他の男に取られるのも癪だ。気持ちを切り替えたフルーレは、訓練用の剣を壁際の地面に突き立てた。
一応フルーレも、最近ではアルジェの友人枠に辛うじて足を片方突っ込んでいる。何故なら、ちゃんと名前で呼んでもらえているからだ。アルジェにとっては、かなりの好待遇を与えているつもりなのだが、横から見ているミネルバ達から見れば、飼い主と飼い犬にしか見えない。
「ちょっと哀れだよね」
「サシャ、気にしたらダメだ。あれでも、随分マシな扱いになったはずだからな」
小声で二人の関係を揶揄うサシャとミネルバに、フルーレは、どこを見ているか分からない細目を向ける。一応睨んでいるようだが、綱より神経が太い二人には全く効果はなさそうだ。
こうして予定外の模擬戦が行われることになったのだが、アルジェにも思いがあった。
フルーレの剣を認めない父親や騎士団員達は、きっと何を言っても変わらないだろう。そして、アルジェに対しては女性であることを理由に本気を出さなかったと言い訳するのだ。そんな馬鹿な人間相手には、実力を見せつけるのが一番早い。
アルジェは、アルジェなりに腹が立っていたのだ。母国メルクルディとは違い、ここカナル王国は、女性進出の進んだ国のはずだ。ダルタニアン騎士学校にも多くの女生徒が居て、皆実力に差はあるものの精一杯頑張っている。学生は皆騎士団に憧れを持ち、そして、いつの日か自分もその一因になるのだと夢見ていた。
確かに、女性を中心とする騎士団もあり、王女達の身辺警護に当たっている。だが、今ここに居るのは王を守る精鋭部隊。騎士としてはトップクラスの人間の集まりのはずだ。それが、このような気風では他も実情が知れる。
「お嬢さん、悪いことは言わないから、大人しく家で刺繍でもしていなさい」
団員の中でも年配の男が、まるで子供を叱るようにアルジェに声を掛けた。その目は、男の世界に土足で踏み入ろうとする狼藉者を蔑む色が滲んでいた。
「私の名は、アルジェ・ロッシーニ。決してお嬢さんという名前ではありません」
「そんなことは分かっています。しかし、隣国の公爵家の娘を傷ものにしたとあっては、我々も責任を負わねばなりません」
「大丈夫です。既に傷者ですから」
胸のあたりを軽く抑えたアルジェに、男は、失言をしてしまったと顔を青くする。アルジェが王太子を守ろうと傷を負ったことは有名な話だった。そして、その傷は深く、嫁入りは出来ないとも噂されている。
「い、今のは失言だった。申し訳ない」
「別に、傷のことは気にしておりません。ただ、一度口から出た言葉を消すことは不可能です」
許しているようで許していないアルジェの言葉は、益々男を窮地に陥れていく。他の面々も、助け舟を出せば自分にとばっちりが来ると遠巻きに見ていた。
――なんと、肝の小さい男達だろう。
アルジェは、小さくため息をついた。期待し過ぎていただけに、落胆が大きい。
――立ち姿を見ただけで、その力量は図れると言うけれども……。
自分と唯一本気で剣を交えてくれるフルーレを馬鹿にする団員達は、誰一人アルジェのお眼鏡には適わなかった。
そして、家族に愛されて育ったアルジェには、我が子を率先してけなすガルドの気持ちも分からない。ここまでこじれるには、それ相応の過去があるのだろうが、アルジェにとって大事なのは友人であるフルーレに間違いない。初対面の時から、どうもガルドからは良い空気を感じなかったが、今後もそれは変わらなさそうだ。
「ミネルバ、剣を」
「あいよ」
アルジェは、ミネルバに預けていた剣を受け取ると、鞘から抜いた。長い刀身が早朝の太陽に照らされてキラリと光る。たったそれだけのことなのに、そこに居た全員が背筋に寒気のようなものを感じた。
魔剣と言われる細身の長剣は、いくら長身と雖も女性が振るには不向きに思われる。重さもさることながら、振る際の空気抵抗が半端ないからだ。
しかし、アルジェの体は全く力んでおらず、足取りも軽い。
「ほら、フルーレ、やるわよ」
「君がそういうなら」
ガルドの許可を待たずして、二人は訓練場の真ん中に立って剣を構えた。
ガキン
開始の合図すらない状態で、突然二人の剣が大きな金属音を上げてぶつかった。止めに入ろうにも、二手、三手と止まることなく戦いが続くため近寄る事すら出来ない。
しかも、殆どの者は二人のスピードに目が追い付かず、呆然と口を開けている。
ガキンガキンガキン
フルーレの猛攻をアルジェがいなす度に、大きな金属音が鳴り、火花が散る。そして、アルジェは時に激しく、時に柳のようにしなやかに動き、決してフルーレのペースに持ち込ませない。
「俺は、夢を見ているのか……」
一人の団員の呟きが、いやに大きく聞こえた。長く騎士団に身を置いたものほど、驕りや慢心があったのだろう。たかが十代の学生に、教えてやるほどの事もないと高を括っていたはずなのに、目の前で繰り広げられる激闘は、自分達でも経験したことのない高みに居る。
そこからは、演武を見る観客のように団員達の目は二人にくぎ付けになった。アルジェが空を舞い、フルーレが土埃を舞わせ、互いが振った剣がぶつかっては離れる。予想外の方向から繰り出されるアルジェの剣筋と常に相手を一刀両断する気迫で振るフルーレの剛腕は、常識にとらわれ過ぎた者達には理解不能だ。
「ちょっとまて、あのアイツらが持つのは、真剣じゃないのか?」
さっきフルーレが使っていた訓練用の剣は、壁際の地面に突き立てられている。今、彼が持つのは自前の大剣。当たれば互いを即死させる武器を全力で振るなど、気が狂っているとしか思えない。
「誰か、止めろ」
「いや、止められるものなら、お前が止めろよ」
団員だけでなく、騎士団の長であるガルドも、この場をどう抑えればよいのか分からない。二人の間に割って入れば、切られるのは自分かもしれないのだ。下手に声を掛けて剣筋が乱れれば、紙一重で攻撃を躱している二人のどちらかが怪我をするかもしない。
結局、自主的に二人が止まるまでは見守るしかないと覚悟を決めた騎士団の面々だったが、それを白けた顔でミネルバとサシャは見つめていた。
「あの人達って、本当に、騎士団なんだよね?」
「サシャ、失礼だろ?一応?多分な」
「ははっ、ミネルバの方が失礼だって」
二人に取れば、アルジェ達の戦いは見慣れたものだ。そして、これは、数分では終わらない。体力の限界まで続き、最後には倒れるアルジェをミネルバとサシャが回収するまでが一連の流れなのだから。




