第四十六話 騎士団の訓練と元王太子妃
「邪魔にならないようにさえしてくれたら、問題はない」
そう言ったのは、フルーレの父であるガルドだった。息子と行動を共にする者が、女ばかりという事だけでも気に入らない。しかも、そのうちの一人が見目麗しい元王太子妃で、我が子が惚れ込んでいると聞けば気にならないわけがない。
しかし、やはり公爵家当主と言うべきか、あからさまに値踏みするような視線は向けてこない。ただ、好意的でない事だけは隠しようもなかった。
そんな父の態度に、フルーレは怒り狂うかと思ったが、逆に異様なほど静かだった。想定内の対応な上に、別段ショックなわけでも、悲しいわけでもなかったからだ。
そして、アルジェ達もガルドの失礼な態度を全く気にもしていなかった。常々破天荒なことを繰り返す彼女達は、こういう視線を向けられることには慣れている。
「今日は、よろしくお願いいたします」
美しい姿勢で頭を下げたアルジェとは対照的に、ミネルバとサシャは、軽く会釈するだけだ。どうせ二度と会わない相手だと思っているのだろう。アルジェが来たから付いてきたが、正直騎士団の剣技に興味はない。ミネルバは大型の武器を振り回す戦闘スタイルだし、サシャに至っては弓。直接的な戦闘すら、最初から想定していない。
「先ずは、走り込みからだ」
ガルドが手を挙げると、既に準備運動をしていた騎士達が一斉に走り出した。見学ならば見ているだけで良いのだが、アルジェは持っている荷物をミネルバに押し付けると最後尾についた。
「おい!」
訓練自体に参加させるつもりなどさらさらなかったガルドは、アルジェを呼び止めようと声を掛けたが、その瞬間フルーレまでが飛び出していき彼女に並走し始めた。
「参加させるなど、誰も許可していないぞ!」
冒険者ギルド長からたっての願いとあって見学は受け入れたが、学生、しかも女を精鋭部隊である騎士団の貴重な訓練に入れるなど許されるはずもない。この点、まだまだ男尊女卑が根強く残っている世界だった。
騎士団長の怒りを団員も察したのか、アルジェを引き離そうとスピードを上げていく。
しかし、彼女は全く表情を変えずに淡々と彼らの跡を付いて走った。なんなら、抜いて先頭にあがることも可能だった。
――私が参加しているから、手を抜いてくださっているのかしら?
そんな疑問が頭をよぎり確認する為にフルーレを見ると、彼は意図を察したのか笑いを堪えて首を横に振った。
決して騎士団のレベルが低いのではない。ただ、アルジェとフルーレがおかしいだけだ。
学園内には二人に剣の手ほどきを出来るだけの手練れが居ない。その為、ただ馬鹿みたいに走ったり泳いだり登ったりと無限に体を鍛え続けている。
「あぁあ、嬉しそうな顔しちゃって」
「あんな疲れることして、馬鹿じゃねーか?」
苦虫を嚙み潰したような顔のガルドの横で、サシャとミネルバが感想を述べている。その言葉すら腹立たしく、ガルドは二人を睨みつけた。
「うぁ~、目つき悪いですね」
「フルーレの親父さんだろ?あいつ性格悪くて目も開いてないけど、親父は性格悪くても目は開いてるんだな」
フルーレの切れ長な目は、母親譲りだ。彼とて目を見開けば、なかなかに凛々しい目元をしているのだが、常に眠そうに目を最小限しか開けない。それが彼の内面を見せない壁となって他人との距離を益々広げているのだが、本人が意図的にやっているのだからしかたない。分かってくれる人が分かってくれればいいという、ブレない信条がそこにはあった。
だから、理解できない父親に、わざわざ言葉を尽くして説明する気持ちもない。言葉にせずとも分かってくれる仲間がいるのだから。
「ゆっくり走るのって、逆に疲れるのね。勉強になるわ」
「アルジェ。それ、多分違うと思うから」
後ろを軽々と付いてきながら雑談をする二人に、団員達は舌打ちをしたい気分になった。
だが、普段よりかなり早いスピードを維持しているにもかかわらず、引き離せないということは、それ相応の実力がアルジェ達にあるということ。じっとりと嫌な汗をかきながら、一時間ほど走り込みをさせられて給水時間になった時、団員の目は獲物を狙うような鋭さに変わっていた。彼らにも、精鋭部隊であるという自負がある。ぽっと出の学生に侮られ、はいそうですかと思えるような軟弱な奴は居ないのだ。
そして、団員の中でも新人の一人が、アルジェ達の前に立った。
「手合わせを願いたい」
ガルドが止める間もなく申し出をしたため、誰も口出しできない状態になる。
「それは、私でしょうか? それとも、彼でしょうか?」
「俺は女性を虐めるような根性なしではない」
「虐められるつもりはございませんが。では、フルーレ、お先にどうぞ」
アルジェがフルーレを見ると、椅子に座って水を飲む彼の顔は見えなかった。あえて下を向いているのだろうが、体からは漲る闘志が見える。アルジェを女性と侮った新人団員を許せなかったのだろう。
「武器は、何を使えばよいですか?」
「訓練での真剣使用は禁じられているから刃を潰した剣を使ってもらう。どれでも、好きなものを選んでくれ」
騎士団所蔵の品は、様々な形と重さを網羅しており流石と言うしかなかった。その中でも、フルーレは最も大きな剣を軽々と持ち上げると一振りした。
ブォン
風が鳴り、新人団員の背筋が伸びる。
――流石、団長の息子さんだけある。
尊敬する上司とフルーレを重ね、彼は興奮していた。ここで良い所を見せれば、隊の中でも一躍目立つ存在となれるはず。
だが、残念ながら周りはそうは思っていなかった。ガルドが正統派なら、フルーレは異種。どんな手出てて来るかも分からず、対策もとれない。しかも、あの剛腕だ。刃が潰されていると言っても鉄の塊。殴られれば無傷ではいられない。
騎士として、一度出した申し出を今更取り下げるのは名誉にかかわる。止めたい気持ちと、新人の名誉を守りたい思いが混ざりあい、団員達は苦渋の表情を浮かべていた。
そんな中、フルーレは表情を変えずに訓練場の真ん中へと出ていく。アルジェは、その背中を頼もしい思いで見つめていた。
新人とフルーレの身長差はあまりない。高身長な二人が向かい合って立つと、それだけで威圧感があった。
「はじめ!」
先輩隊員の一人が審判として号令を掛けた。もう、この戦いは止められる状態ではないのだ。
「はっ!」
新人が、先制攻撃とばかりに剣を振った。
ガキン
そして、いとも簡単に剣で受け止められて一瞬動きが止まる。子供のようにあしらわれた事に驚いたのだろう。
だが、フルーレは鼻で笑うと、そのまま力任せに押し返した。空中を舞うのは、新人が握っていたはずの剣だ。
しかし、想像以上の力で払われたことで、あっけなく手の中から抜けてしまった。クルクルと回るそれは壁にぶち当たって地面へと落ちた。勝敗は、ものの数秒でついてしまった。
「い、今のは、少し気を抜いていたので」
言い訳をしようとする新人の肩に、フルーレが剣を置いた。ズシリとした重さが、無言の圧力となる。戦場なら、今、死んでいたのだ。その事を思い知らされ、新人は地面に膝をついた。
「ま、負けました」
今にも泣きだしてしまいそうな青年は、自分の力量のなさと浅はかさを、身をもって知ることとなる。
ちゃんと戦うことすら出来ずに泣く後輩の為に、先輩団員達は、次こそはと手を上げようとした。
だが、そこにガルドの声が響く。
「なかなか面白い試合だったが、あれは剣ではない。ただ野蛮に鉄の塊を振り回しているだけだ」
息子の戦い方を元々気に入っていなかった父親は、フルーレの剣を酷評した。その事に慣れている彼は、別段傷つきもしない。
しかし、そこで一人の女が立ち上がる。
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
ダメとは言わせない威厳を持った十四歳の少女は、友人を守る為に発言したのだが、それを見たミネルバとサシャは、
「あちゃー、アルジェやる気だ」
「やばいって、アイツ加減知らないからな」
と騎士団の方を心配し、
「アルジェ、僕の為に!」
とフルーレは一人感激していた。




