第四十五話 思わぬ提案と元王太子妃
「ところで、サシャ。お前らは、いつ帰るんだ?」
お見舞いが終わり、宿に帰ろうとするサシャにルゼリオが質問をしてきた。
「明日には発つ予定です。ミネルバを送るだけだって何度も釘を刺されてるんで」
「そうか……、それは、残念だ」
学生であるアルジェ達が、自身の家族でもないルゼリオの為に長期の休みを取ることは出来ない。これ以上足止めするわけにもいかないのだが、彼には何か言いたいことがあるようだった。
「ルゼリオのおっちゃん、どうかしたの?」
「いや……実は、今この町にカナル王国の騎士団が来ていてな」
第二王女の結婚式に必要な品をロイス達が運んできたのは知っていたが、どうやら、それを引き取る為に騎士団が派遣されたらしい。盗賊の襲撃が度重なったことを危険視しての対応だが、それだけ運ぶ荷に高価なものが多いのだろう。
普段アルジェ達が参加する軍の訓練は入隊間もない若者達に対するもので、実際に王家を守る騎士団は王都に常駐している。その中でも選りすぐりの面々が選抜隊として編成されたらしい。
「騎士団って言えば、フルーレの親父がいるんじゃねーのか?」
「あ、ミネルバ、珍しく鋭いね」
「サシャ、お前一回首の骨折ってやろうか?」
「おっちゃん、おたくの娘が私を脅してくるんだけど」
じゃれ合うミネルバとサシャはさておき、明らかにフルーレの顔が無表情になっている。父親と仲が悪いという話は聞いていないが、久しぶりに再会出来るかもしれない状況を喜んでいるようにも見えない。
「もし良かったら、冒険者ギルドを通して訓練を見せてもらえないか聞いてやろうかと……」
「お願いします!」
ルゼリオが全てを言い切る前にアルジェが食い気味にお願いしていた。普段の礼儀正しい彼女からすると、かなり珍しい姿だ。
――騎士団の訓練をこの目で見られる……。なんて幸運なことなの。
一人だけ興奮気味のアルジェを除けて、あとの三人は面倒くさそうな顔をしている。フルーレに至っては、首を横に振り拒否感を前面に打ち出している。そして、手を挙げると辞退を申し出た。
「アルジェ、僕は辞退させてもらうよ」
「あら、何故?」
「僕の父は、あまり僕のことを好きじゃないからね」
彼の父ガルドは、常々フルーレに厳しく言い聞かせてきた。剣とは攻撃だけではなく守りも大切なのだと。息子のことを、大剣を振り回すだけの子供だと思っているのだろう。
確かに、フルーレの剣は一般受けするものではない。当たれば即死だが、当たらなければ隙を突かれて返り討ちに合う。彼の剛腕と的確な判断能力、そして驚異的な脚力がなければ成立しない戦い方。子を心配してのことなのだが、フルーレの資質をも全面否定する説教は、彼の心を閉ざすのには十分だった。
母親の手前、学校の休暇時期には必ず帰省はしているが、父親と話した回数は片手で足りる。向こうは、ここぞとばかりに突進してくるが、フルーレが逃げ足の速さを使って雲隠れするのだ。
「そう? そう思っているのは貴方だけのような気がするわ」
娘を溺愛し過ぎる父親に、うんざりする事も多いアルジェだが、家族仲は悪くない。親とは、口うるさいものなのだと諦めているのだろう。何せ、父だけでない兄や母まで剣狂いのアルジェを心配して口々に剣の道を諦めるように言ってきたのだから。
ただそれは、彼女を心配してのこと。そこには、深い愛情がある。
「どう思ってくれても構わないが、僕は行かない」
「おうおう、フルーレ。そんなこと言っていいのか? 若い騎士様にアルジェが言い寄られるかもよ?」
ミネルバの煽りに、フルーレの細い瞳が、益々細められた。内心、イラッとしたのだろう。しかし、気にもせず今度はサシャがちゃちゃを入れる。
「そうだね。アルジェ、綺麗だから」
「だよな? アタイは行くよ。アルジェの戦ってる姿見られるかもしれねーしな」
「わ~、本気で戦うアルジェ、楽しみ」
意地悪く、ニヤニヤ笑いながらフルーレを見る凸凹コンビ。
見かねたアルジェが、割って入った。
「いいじゃない。行きたくない人は、行かなくて。行っても、きっと楽しくないのよ」
父親との不仲は、他人にはどうしようもない。そして、アルジェは、別にフルーレが来なくても困らないのだ。それよりも、早く騎士団の練習が見たい。
その気持ちが痛い程伝わるだけに、フルーレは不貞腐れた顔で、
「行く」
と一言だけ口にした。アルジェの雄姿も見たいし、他の男も牽制しておきたかった。
「ほ~ら、素直じゃねぇ」
「まぁまぁ、コイツ、面倒くさいから」
ミネルバとサシャも、随分とフルーレの扱いに慣れてきたようだ。無理やりなにかをやらすことは出来ないが、彼は自分がやると言い出したことは死んでも成し遂げる男。
それに、アルジェにバッサリ切られるのを見るのも楽しいが、時々相手にされなさすぎる彼が可哀想にも見えてくる。揶揄っているようで、実は助け舟を出してくれていることに、アルジェ以外には鈍感な彼が気づくことは無いだろう。
その後、ルゼリオの口利きで、騎士団の訓練は次の日の朝に見学させてもらえることとなった。興奮気味のアルジェは、早く就寝すると次の日の明け方には起きて、剣を振っていた。振るたびに汗が飛び散る姿は、美しいというより鬼気迫るものがある。魔剣を手にした日から、己の体に同化させようと何千、何万と振っているが、若干剣の重みが気になってしまう。
――まだまだだわ。
リペアが模倣した烏の動きは、もっと自由だった。素早さだけではない、意表を突く動きすら軽々とこなすには、まだアルジェの力量は足りないのだろう。
しかし、十四歳の彼女は成長期だ。振るほどに剣の速度は増し、そして、あのすすり泣くような空を切る音が、あたりに響く。
――いつの日か、私も……。
剣聖を目指すアルジェの熱い思いは、消えるどころか日々増していた。ダルタニアン騎士学校では、フルーレと剣を合わせる時以外全力を出し切れていない。今回、どんな猛者が居るか分からないが、対戦させてもらえるなら多少の怪我など問題ないとすら思っている。それほど、彼女は強い相手に飢えていた。師と仰ぐことの出来る剣豪が居れば、地の果てまで追っていこうと思うほどに。
「おはよう、アルジェ」
そこに現れたのは、フルーレだった。その手には、愛刀が握られている。
「貴方も?」
「いや、窓から君が見えたから」
そういいながらも、フルーレは、アルジェの邪魔にならない場所へ陣取って、自分も剣を振り始める。大剣と剛腕が生む風が、軽く土埃を舞わせる。
それを見たアルジェは、再び前を見ると剣を振り上げた。無言だが、心地よい時間が過ぎていった。
その頃、ミネルバは、
グォ~グォ~
猛獣も逃げ出すような鼾をかき、ベッドの上に大の字になっていた。
そして、その腹に頭を載せて眠り続けるサシャは、思い切り涎を垂らしている。無論、二人は、朝食が出来たと宿の女将が呼びに来るまで起きることは無かった。
今日、8月22日より、アラマーのざまぁ連載版全8話を投稿します。楽しんでいただけたら嬉しいです。




