第四十二話 腕利きの修理人と元王太子妃
商隊との旅は、あれから二日ほど経った。サシャが森の木で作った木刀を、ルイは宝物のように抱えて眠り、東に太陽の光が差し始めると同時に起きて剣を振っている。
その横には、常にアルジェが居た。いや、アルジェが先に起きている所へ、ルイが走っていくのだ。この光景は他の冒険者達にも刺激を与えたようで、武具の手入れをする者、筋トレをする者等、普通の商隊では見られない光景が広がっている。
朝食を食べると直ぐに出発の為、然程の時間は取れないが、ルイは旅の終わりと共に別れねばならない師匠から、少しでも吸収しようと必死についていく。
ポタポタと汗が滴り落ち、目に汗が染みても振るのを止めない。足の指先にまで神経をいき届かせ、呼吸をアルジェに合わせる。その真摯な姿に、アルジェも応えるように剣を振り続けた。
「ねぇ、これって、何かの冒険譚の序章?」
朝食のサンドイッチをパクつき流し込むように水を飲むサシャは、呆れたようにフルーレに聞いた。普通なら一緒に剣を振りそうなフルーレは、無表情でそっぽを向く。
どうやら、邪魔になるからあっちへ行けとアルジェに言われたらしい。なにせ、彼は剣を振るたびに周りに風を起こす。舞った土埃がアルジェの目に入りお叱りを受けてしまったようだ。
「地面が舗装されていないのが、いけないんだ」
「うん、私の質問に対する答えじゃないよね、それ」
会話の成り立たない相手に見切りをつけ、サシャはミネルバを見た。最初よりは少し顔色が良い。どうやら、帯同している冒険者達からルゼリオの現状を聞いたらしい。
彼らも噂として聞いた範囲ではあるが、怪我の程度も治りさえすれば冒険者として支障なく活動出来るらしく、その回復も順調なようだ。だからといって一刻も早く会いたい気持ちに変わりはないが、それでも、安心材料が増えて落ち着きを取りもとしていた。
「ねぇ、ミネルバ。ハンマーの調子はどう?」
「ん~、あんま良くねぇな。あの鍛冶屋、無理やり亀裂に鉄流し込んで返しやがった。表面だけ綺麗に塗装してるから気づかなかったけど、この前の戦闘で剥げた」
ミネルバが見せてきた破損部分は、確かに溝の部分だけ色の違う金属で繋ぎ合わされており、逆にそれが杭のようになって新しい亀裂を入れようとしていた。
「うぇ~、マジ?帰る時絶対寄って、お金返してもらわないと!」
憤る二人の所へ、一人の冒険者がやって来た。彼の名は、スパーダ。ミネルバにルゼリオの近況を教えてくれた人物だ。ロマンスグレーの素敵なオジサマで、周りの冒険者達からの信頼度も高い。
「お前らは、鍛錬に参加しないのか?」
「あ、スパーダさん。フルーレは、アルジェに拒否られたんです。ミネルバは、ほら、コレ見て下さいよ。今無理に使ったら、壊れそうな状態で」
スパーダにハンマーの状態を見てもらうと、驚いたように目を見開き、そして大きな溜息をついた。
「おい、サシャ、誰だ、こんな失礼な直しをしやがった奴は」
「この前滞在した町で見つけた鍛冶屋です」
「お前ら、今後は必ず冒険者ギルドを通して鍛冶屋を紹介してもらえ。そうしないと、こうやって質の悪い奴に大事な武器を台無しにされるぞ」
相当憤っているらしく、スパーダの鼻の穴が大きく膨らんだ。
「そうなんだ……。時間がなかったから、一番近い所にあった店に入ったのがいけなかったですね。でも、質が悪いです。本人、鍛冶屋協会の会長してるとか嘘ついたんですよ!」
「ははは、そんなのも見抜けないのか。戦い方を見てるとえげつなく強いお前らだが、やはり、まだ十四歳の子供ってことだな。まぁ、逆に変に擦れてなくて安心した」
大人として、若人に正しい道を教えるのが筋だと思っている彼は、笑いながらも考えを巡らせていた。このままハンマーを振るい続ければ、いつ壊れるか分からない。
「お前ら、予備の武器とか持ってるのか?」
「あぁ、一応ギルド長のガンドルフさんが幌馬車に載せてくれてはいるんですけど……」
何せミネルバは腕力に物を言わせて振り回すことを得意とする。もしくは、素手での殴打だ。
しかし、ガンドルフが用意した武器は彼女の怪力に耐えられるだけの耐久性がない。正直、ハンマーや斧を武器にする人間は少ないのだ。
「そうか、そりゃ困ったな。このままじゃ、いつ壊れてもおかしくないぞ」
スパーダは、そう言いながら周りを見回した。どうも誰かを探しているらしい。
「お、居た居た。ロイスさん!すまないが、こっちに来てくれ」
スパーダが呼びつけたのは、出発前の確認に忙しくしていたロイスだった。
「なんですか?」
「すまないが、積み荷の中にミネルバの武器になりそうな工具とかないか?」
「工具ですか?」
ミネルバのハンマーは特性で、柄は一メートルを超え先の重りも通常の物よりはるかに大きい。同じものと言われても、おいそれと出てくる代物ではない。
「ん~、ちょっと待っていてください」
そう言い残してロイスは、別の馬車へと向かっていった。どうやら思い当たるものがあるらしい。数分後戻ってきた時には、若い従業員数人にそれぞれ大型の農具を持たせて帰って来た。
「これが鍬で、こっちが大型の鎌です。両方刃が付いているので潰すというより抉るという戦い方になってしまいますね。それと、こちらが四本フォーク。こちらは刺す方が使いやすいかもしれません」
淡々と説明してくれるのはありがたいが、戦い方としてはかなり野蛮だ。元々ハンマーで叩き潰していたのだから、気にするほどのことでもないのかもしれないが、スパーダは流石に十四歳の少女に持たせるには躊躇する。
「おい、ミネルバ、お前はどれがいい?」
「別に、どれでも変わらないと思う」
「やる気ねぇなぁ」
「それより、いつ出発するの?早く行こうよ」
父親に早く会いたいミネルバは、気が急いていた。武器が使えなくなったら拳で殴れば良いくらいにしか思っていない為、深く考えていないのだろう。
しかし、そこにアルジェが現れる。横には、勿論一番弟子を自称するルイも居た。
「ミネルバ、戦士として自分の武器を疎かにしてはいけないわ」
「でも、しかなねーだろ。ハンマーみたいに先が重くて振り回しやすい道具ってそうそうないんだから」
不貞腐れるミネルバの横に、ひょっこりと小さな老人が立っていた。近づく気配すら感じさせなかった上に、何も言わずに彼女のハンマーを調べ始める。
「うわっ、ビックリした。あんた誰だよ!」
「お嬢さん、人に名前を聞く前に自分が名乗るもんじゃよ」
「いや、いきなり人の武器に触れる方がよっぽど失礼だろ!」
言い争いを始めた二人の間に、ロイスが割って入った。
「まぁまぁ、落ち着いて。リペアじい、いきなり失礼だよ」
「いや、上手くやりゃ直るんじゃないかと思ってな」
リペアと呼ばれる老人は、いつも馬車の不具合などを直してくれる職人らしい。若かりし頃は冒険者だったと噂だが、背中が曲がってしまった今では見る影もない。ただ、武器を扱う腕は確かで、同行する冒険者達の中にも彼に修理を頼んだものが何人もいる。
「完璧は無理でも、エストの町に着くまで使えれば問題ないだろ?」
「まぁ、そうしてくれるなら助かる。できるのか?」
ミネルバも、使い慣れた物の方が戦いやすいのは間違いない。その為、救世主かもしれない老人に牙を剝くのは得策ではないと感じ、しおらしく返事をしている。
「一旦、この無理やり入れ込んだ金属を削り取る。そこに膠を入れて補強しよう」
膠は、獣等の骨や皮を煮出して作った接着剤のようなものだ。主成分がゼラチンな為やや弾力もある。これ以上亀裂が大きくならないよう緩衝材としての役割を持たすつもりらしい。
「あとは、膠を浸した布で鉄の外側を何重にも巻く。冷えれば固まるから、打撃の威力は落ちるかもしれないが、多少振り回しても直ぐに割れることはないだろう」
金属を金属以外の物で繋ぐという発想のなかった面々は、感心したようにリペアを見た。
「流石は、年の功だねリペアじい」
「年をとっても出来ない者には出来ないぞ」
長年試行錯誤を繰り返し積み上げてきた経験が、こういった不測の事態で力を発揮する。怠惰に時間を過ごした者では、確かに不可能なことだろう。
「すまない。流石はリペアじいだ」
「取って付けたような世辞はいらん。それよりも……」
リペアの視線の先には、アルジェの剣がある。
「お嬢さん、その剣、ちょっと見せては貰えないかな?」
「これですか?」
「あぁ。おぉ……懐かしい。正にあのお方の剣だ」
どうやらリペアは、前の持ち主を知っているらしい。魔剣と悪評はついているが、アルジェにとってはこれ以上の名刀はない。
「もしよろしければ、前の持ち主のお話を聞かせては頂けませんか?」
こうして、アルジェは、自分の刀の過去を知ることとなった。




