第四十一話 纏わりつかれる元王太子妃
ロイスは、商隊の被害を確認して回りながら、奪われた物の少なさに安堵の溜息をついた。これも全ては、護衛を頼んだ冒険者達の腕が尋常じゃない強さだった表れだ。
しかも、アルジェ達が雇い主であるロイス達を守る側に回ったことで、他の護衛は安心して賊の相手が出来たのだろう。最初から申し合わせていたわけではないが、素晴らしい連携が功を奏した結果とも言えた。
その夜の野営は、一つの山場を力を合わせて乗り越えたことで、隊全体に連帯感が生まれていた。健闘を称え合う声がそこかしこで聞こえ、アルジェも何人もの冒険者にお褒めの言葉をいただいた。ロイスも上機嫌で、酒は出せない代わりに、肉が多めふるまわれた。
「今回は王家へ納入する品を運んでいるだけに相当苦労することを覚悟していましたが、皆さんのお陰で、なんとかなりそうです」
ロイスは、心強い仲間の前で、いつも以上に饒舌になっていた。よほど肝いりの仕事だったのだろう。エストまでの道のりは、あと一週間といったところだ。元々早く動き出していただけに、納期には十分時間がある。
楽し気に笑う夫の横で、妻のマリッサも微笑み、娘のサーヤは抱っこされたまま眠っていた。
しかし、何故か兄のルイだけが、家族から離れて何故かアルジェの隣に居た。
「アルジェさん、いえ、アルジェ師匠!」
「師匠?」
「剣の師匠になってください」
ダメだと何度断っても、この少年は折れることなく付いてくる。まるで、ミニチュアフルーレだ。とうとう師匠にまで祭り上げられたアルジェは、顔を引きつらせて少しでも距離を置こうと体を後ろへと逸らす。
しかし、そこにはフルーレが座っており、背中は彼の胸にもたれかかるようになった。滅多にない好機に、フルーレは両手を広げ彼女を包み込むように囲い込む。決して直接触れないのは、紳士だからではなく、今まで何度も鉄拳制裁を受けてきたからだ。
「小僧、剣の握り方も知らない奴が、うちのアルジェに教えを乞うなんて百万年早いぞ」
「なに、その「うちのアルジェ」って。フルーレは、いつアルジェの母親になったの?」
ケラケラ笑いながらフルーレを揶揄うサシャの横には、険しい顔のミネルバが干し肉に噛みついていた。なかなか噛み切れないからなのか、それともこの現状に不満なのか、眉間に皴が寄ったままになっている。
――そうよね。早くお父様に会いたいわよね。
フルーレの手を叩き落としたアルジェは、友の気持ちを考えると自分も悲しい気持ちになってきた。こうしている間にも、どんどん時間は経っている。こんな風に悠長に食事を楽しむ間があれば、さっさと寝て明日の朝太陽が顔を出した瞬間から移動を始めて欲しいくらいだろう。
「さて、少年。アルジェ師匠に教えを請いたいならば、先ずは私を倒したまえ」
パンにチーズを挟んだものをモグモグ食べていたサシャが、ポンポンと手に付いたパンくずを払い落としながらルイの前に立った。
ルイは、鶏ガラみたいに肉のない彼女を見上げ、その弱そうな容姿に鼻を鳴らした。こんな弱弱しい奴には負けないとでも思っているのだろう。
確かに、ルイは九歳にしては体が大きい方だ。そして、十四歳のサシャは小柄。身長差は多少あるが、他の大人を相手する時ほどハンディはない。
「いいぞやれ。少年、負けるなよ」
「俺は、あのお嬢ちゃんに賭ける」
「じゃぁ、俺は、あの男の子に賭けよう」
周りに居た冒険者達まで悪乗りし、ロイスが止める間もなく対戦が始まった。流石に武器を持っての戦いは危険すぎる為、勿論二人とも素手だ。
ルイは、自分の足に自信があった。子供達との競争なら、ずっと負けなしだった。だから一旦サシャとの間合いを取り、彼女の周りを走り回り急襲を掛ける戦法に出た。子供にしては冷静で的確な戦い方だ。素早く走り回る少年に、周りの大人も拍手喝さいを送る。
「頑張れ少年!」
「いけ!今だ!」
サシャの背後を取ったルイは、キュッと方向を変えると彼女の足元を狙ってタックルをかまそうとした。
しかし、さっきまで居たはずのサシャが視界から消える。
「あれ?」
思わず上体が起き上がり、周りを見回すルイの首根っこを空から降ってきたサシャが押さえた。
「はい、終わり」
彼女は、一瞬にして空中に飛び上がると長い滞空時間を上手く使い、少年の集中力を切らせたのだ。百戦錬磨な彼女を相手に、ルイの負けは戦う前から決まっていたのだろう。
「そ、そんな!もう一回お願いします!」
「どうしようかなぁ。ちょっと面倒くさいかも」
興奮気味の少年を前に、サシャはちょっかいを出したことを後悔した。彼のアルジェに向かっていた好奇心を多少なりとも自分に向けてしまったのだ。目的地に着くまでの間、付きまとわれることは避けられないだろう。
この様子を見ていた冒険者達も、流石にサシャの軽業師並みの身体能力に驚いていた。皆腕に自信のある者掛かりだが、その代わり体格が良くて筋肉も山盛りに付いている。体重の重さは空中戦となると不利にしかならず、少女に上から狙い撃ちされれば一たまりもないだろう。
周囲がざわつく中、突然アルジェが立ち上がった。そしてルイの傍へ行くと徐に体を触り始める。
「え?ちょっと、アルジェ師匠?」
まだ九歳の少年と雖も、美しい女性に体をあちこち触られるのは恥ずかしい。身を捩って避けようとしても、医師のような手つきで的確に筋肉量などを調べる彼女に逆らう術がない。
「ちょっと、アルジェ、触り過ぎじゃないかな?」
焼きもちを焼いたフルーレがアルジェの横まで来て文句を言うが、考え事をしている彼女には聞こえない。ルイの胸に右手を置き、左手を腰のあたりに置くと、姿勢は真っすぐになり自然と顔が前を向く。
「ちょっと、体重が踵に掛かり過ぎね」
アルジェの見立てでは、ルイは、かなり良いセンスと身体能力を持っているようだ。
しかし、やや胸を張り腰が前に突き出している。これではつま先まで意識がいかず、走ってもスピードに乗り切れない。
「あと、下半身より上半身の鍛え方が足りない。バランスが悪いと動きも鈍くなるの」
彼女は、ただ事実を述べているだけなのだが、この短い時間で次々と問題点を拾い上げる能力の高さに周りも耳を傾けた。
「もし剣を握りたいなら、立ち方から変えた方がいいと思う。どちらか一方に体重を掛ける癖が付くと、咄嗟に左右へ動く時の足枷になるから」
「は、はい」
「それと、剣は腕で振るものではないの。そして、闇雲に振り回すものでもないわ。人を傷つける道具であるからこそ、その扱いは気を付けて欲しい」
「はい!師匠、ありがとうございます」
アルジェの口から出てくるのは、いかに振るかではなく、いかに剣士という存在になるのかと言った内容だった。日常から体の動かし方にまで気を配り、剣を振るう者としての心構えを説く。まるで騎士学校の授業を受けているような気分になったサシャとミネルバは顔をしかめ、アルジェの声を沢山聴けて嬉しいフルーレはニマニマと笑っていた。
そして、肝心のルイは、興奮で目を潤ませながらアルジェを見上げていた。まさか、本当にここまで丁寧に指導して貰えるとは思っておらず、今は必死に言われたことお反芻しながら何度も頷いている。
「私は、貴方に基本の素振りしか教えるつもりはないけど、いいかしら?」
「はい!それで充分です。それで一日に何回振れば良いですか?」
「その質問をしている時点で、貴方は負けよ。納得がいくまで振る。それが剣の道だから」
とんだスパルタ教育に、冒険者達までがドン引きし始める。
「俺、そんなに振ったことないぞ」
「お前の剣筋とか、正に、振り回すだもんな」
「おいおい、それは、言い過ぎだろう」
期せずして、剣を主戦として戦う冒険者達は、アルジェにダメだしされたような気分でその日を終えた。




