第四十話 尊敬の眼差しを向けられる元王太子妃
商会の一行との旅は、気持ちのはやるミネルバには歯がゆいもののようだ。ずっと幌馬車の上で不貞腐れた顔をしている。直してもらったハンマーの出来も、あまり良くなかったことが余計気持ちを落ち込ませているのかもしれない。
「ミネルバ、この幌馬車じゃ、元々これ以上のスピードは出せないんだからね」
サシャは事実を述べているだけなのだが、ミネルバは、
「こんなんじゃ、走った方が早い」
と文句を言ってそっぽを向いた。
「普通の人間は、何時間も大荷物を担いで走れるものではないと思うの」
これまた至極冷静なアルジェの指摘に、益々ミネルバの眉間にしわが寄っていく。
それを見ていたフルーレが、珍しくミネルバを擁護した。
「父親を心配する気持ちを理性で制御出来たら、ミネルバじゃないと思うよ。彼女は、感情のまま動くのが得意なんだから」
擁護が全く擁護になっていない典型的な例だ。
しかし、その言葉に皆が納得してしまうところが、このメンバーのおかしなところだ。
「言われればそうだね」
「えぇ、ごめんなさい。私が悪かったわ」
「お前ら、アタシをなんだと思ってるんだ!」
馬鹿にされたと憤るミネルバが幌馬車の上で立ち上がったのと、商会の先頭に居る護衛が笛を鳴らしたのは同時だった。どうやら、早くも敵襲があったらしい。
「あちゃ~、道中ってそんなに襲われるもんなの?」
飽きれるサシャだが、これだけの商会が運ぶ荷物となると、命を懸けても惜しくはないくらいの利益が見込まれるのだろう。だからこそ昨日滞在した町でも怪我をした護衛の代わりを冒険者ギルドから補充したのだ。こういった依頼に慣れている彼らは、盗賊相手に冷静に対応してくれており、この辺りの心配はいらなさそうだ。
「私達は、ロイスさん達の馬車に急ぐわよ」
「はぁ?あいつら放って置いていいのかよ!」
「冒険者の皆さんが居るから大丈夫。それより、ロイスさんは前回の襲撃で怪我を負っているわ。奥さんに子供二人を一人で守るのは大変でしょ?」
目ざとく絹織物を抱えて逃げる奴を指さしたミネルバだったが、アルジェが振り返りもしないで駆けて行った為、サシャと二人でその後を追う。結局アルジェが行く先が、彼女達の向かう先なのだから。
隊列の中央に位置するロイス達の馬車まで来ると、既に馬車は囲まれており、子供を人質に取って商隊全てを手に入れようとしているのだろう。
「てめーら、何やってんだよ!」
ミネルバは、彼らの背後からハンマーを横一直線に振りぬいた。その勢いで三人程男が吹っ飛ぶ。転がる男達の体があらぬところで捻じ曲がっているのは気にしてはいけない。そして、腹立ちまぎれに彼らをミネルバが踏みつけているのも気にしてはいけない。
そして、なぎ倒された男達をひとっ飛びに超えたアルジェは、馬車の扉に斧を突き立てようとしていた男を背後から袈裟懸けに切る。背中に大きな傷を負った男は、呻き声とともに倒れていった。
木に登り枝伝いに馬車に近づいていたサシャは、一本の枝に手を掛けると体を揺らして勢いで馬車の上へと飛び乗った。一本の弓を番えると、斧を振り上げ馬車のドアを壊そうとする男の肩を射抜く。そして、敵の頭上から的確に矢の雨を降らした。
「援護は、任せて!」
サシャが能力を一番発揮できる場所で陣取ったことを知らせる声が辺りに響くと、アルジェ達の動きも益々滑らかに活発になっていった。
更にそこに剣を携えたフルーレが、ぬぅーっと現れる。その大きさに敵も一瞬固まるが、慌てて剣を振り上げて襲い掛かった。
「遅い!」
大剣を鞘から抜かぬまま乱暴に振り回す姿は、木の棒を振り回す子供のようだ。ちゃんとした戦いなど、必要としない相手ということなのだろう。フルーレの一振りで、一人の男が空中に投げ上げられた。それが落ちてくると、下に居た男を押しつぶす。こうなると、戦いと言うより一方的な殲滅になっていた。
ただ、全員の共通意識として、命を取ってはいけないというものがある。それは、人殺しが嫌だとかいう人道的な理由からではない。今後も道中で襲ってくるであろう敵に対する策を練る為の情報収集が必要だからだ。
情報を吐かせるための手段なら、幾つか知っている。軍で訓練を受けた時、囚人相手に実践もさせられたからだ。それが、彼らに対する嫌がらせだったのかは分からないが、なかなか筋が良いと褒められることとなったのは、本人達も想定外だった出来事だ。
ここまで四人にかき回されると、襲撃どころではなくなる。敵は四方八方に逃げ始めた。怪我をした仲間など見捨てるつもりらしい。特に、リーダー格の男は戦闘に参加しておらず、いの一番に逃げようと背を向けたが、それを許すようなアルジェではない。
姿勢を低くして長い脚で逃げ惑う賊の間を駆け抜けると、目的の男に音もなく近づき、足の脛を狙って剣を振った。何が起こったか分からないまま地面に転がった男が最後に見たのは、美しい少女の澄んだ瞳だった。
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昏倒させられた主犯格が次に目を開けた時には、仲間は全員捕らえられていた。自分も足に包帯を巻かれ止血はされているが、立つことすら出来ない。
「やっちゃって、いいか?」
色々と鬱憤の溜まっているミネルバは、細長い針のような物を荷物の中から数本取り出し、拷問をやる気満々だ。敵の目の前まで行くと、先端恐怖症なら悲鳴を上げてしまいそうな代物を敵の目に触れるほどの近さへと持っていく。
「待て待て待て、それをやるのは、雇い主の意見を聞いてからだ」
珍しくフルーレがミネルバを止めた。正直アルジェは、フルーレこそ率先してヤル側に回ると思っていたのだ。自惚れではないが、彼はアルジェ以外だと容赦がない。特に、今回の様に多勢に無勢で襲い掛かってくるような奴は大嫌いなのだ。戦いは一対一。それが最高に楽しいと思っている節がある。
「なんで、止めるんだよ、フルーレ」
「ミネルバ、目を突いても出てくるのは悲鳴くらいだ。情報は得られない」
「でも、見せしめは有効な手段だろ?他の奴が吐くかも」
これがダルタニアン騎士学校の普通だと思われては、他の生徒に大迷惑を掛けることになるだろう。あくまでも、ここに居る四人は、異端児なのだ。
二人が言い争っていると、やっと馬車からロイス達家族が出てきた。咄嗟のことで反撃に出ることも出来ず、中で剣を構えてドアが破られたら打って出ようと思っていたらしい。
息子のルイも、幼いながらに剣を持っていた。妹のサーヤは、母親に背負われている。
「お怪我はありませんか?」
アルジェが声を掛けると、ロイスは何度も頷きながら周りを見渡した。
「ありがとうございます。本当に、助かりました」
「いえ、雇われた身として、当然のことをしたまでです」
「それにしても、凄い腕前ですね。知っているような気になっていましたが、ここまでとは」
感嘆しきりのロイスの横には、同じく周りをキョロキョロと見回すルイが居た。馬車の窓から四人の戦いを見ていたが、まるで舞台の演目の様に美しく華麗な戦いぶりだった。ただですら心酔していた彼には、かなり刺激が強かったかもしれない。
「先ずは、現状の把握をしてきます。どれぐらいの荷が盗まれたのかも、確認しないと」
ロイスの言葉に、アルジェは頷き、そして子供達を見た。母の背にしがみ付いて泣き続けているサーヤとは違い、ルイは、血の匂いに恐れることなく戦いの跡を真っすぐに見つめていた。
「ルイ君、大丈夫?」
「あ、アルジェさん。はい。大丈夫です」
しっかりと受け答えするルイに、アルジェはほっと胸を撫でおろす。自分でも、幼い子供に見せるような光景ではないと思っていたからだ。
「それは良かったわ。でも、ここはまだ危険だから、お父様について行って。後は、私達が片付けるから」
これから情報を聞き出すために、多少手荒いことをする必要がある。ミネルバなど、まだかまだかと首を長くして待っていた。早々に子供をここから引き離さねばと思ったアルジェだが、ルイが思わぬことを言い出した。
「あの……アルジェさん」
「何かしら?」
「もし出来たら……僕に剣を教えてもらえないでしょうか?」
自分を見上げてくる尊敬の眼差しに、アルジェは困惑した。
――私が、先生?
全く想像がつかず、微妙な笑みを浮かべるしかなかった。




