第三十九話 遅れてきた男と元王太子妃
次の日の朝、三人娘は宿で朝食を頂いてから、街へと繰り出した。とは言っても、今後必要な品物の購入とミネルバのハンマーを修理してくれるところを探すためだ。起きてから確認したところ、小さいが亀裂が入っていることが分かった。鉄製のハンマーは、早々のことでは壊れないが、放置すればそこからさらに傷が広がり耐久性に問題が出てくる。ただでさえ馬鹿力で振り回すミネルバのせいで衝撃が半端ないのだ。このまま放置と言うわけにもいかない。
その為、一番最初に鍛冶屋へ向かうことにした。始めてきた街で、店の良し悪しなど分からないため、とりあえず目についた鍛冶屋に入ってみたが、そこはどうやら外れのようだった。
「こりゃぁ、酷いなぁ」
ミネルバのハンマーを見て、鍛冶師の男が呟いた。
「修理に三日はかかりそうだ」
ニヤニヤとした表情から、感じの良さは伝わってこない。それどころか女三人の客に対してぼった食ってやろうという魂胆が見える。
「他の鍛冶屋に持っていってもいいけど、多分同じことを言われるだろうなぁ」
それは、この辺りの鍛冶屋が全般的に女に対して同じような態度を取るということの表れなのだろう。ミネルバは、不満げに口を尖らせているが、知り合いのいない町では他を当たっても無駄なのは分かった。
「せめて、一日になりませんか?」
料金よりも日数の方が問題だ。確かに、ミネルバのハンマーには亀裂が入っており、このまま振り続ければ割れる恐れもある。商人であるロイスに頼めばもう少しましな対応をしてもらえるだろうが、あちらもあちらで馬車の修理から怪我人の手当てに忙しい。
アルジェの頼みに、店主が舌なめずりをした。
「お姉さんが一日俺の相手をしてくれるなら、考えてもやらねぇこともねぇかなぁ。料金も半分にしてやってもいい」
言っている意味が分からず首を傾げるアルジェだが、他の二人は顔を真っ赤にして怒り出した。
「お前、何言ってんだ!アルジェ、構うな。他の店に行くぞ」
「そうだそうだ、こんな店、潰れればいいんだ!」
ミネルバとサシャが吠えていると、店先に人が集まり始めた。皆、退屈しているのだろう。喧嘩でも起これば面白いと、興味津々で足を止める。
「いいのかい?俺を敵に回したら、他の店も修理してくれないだろうなぁ。何せ、うちは鍛冶屋の会の会長をしているからなぁ」
本当か嘘かなど分からない。
しかし、急を要する修理に頼れる鍛冶屋が居ないとなると、他に武器を調達するしかないだろう。諦めて、踵を返した三人の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。
「鍛冶屋が鍛冶屋の仕事をしないで、何の仕事をされるおつもりですか?」
然程大きくない店の中にぬぅ~っと巨体を入れてきたのは、ダルタニアン騎士学校に置き去りにしてきたはずのフルーレだ。そろそろ追い付くとは思っていたが、グッドタイミングで現れた。
店主も、流石に見慣れない大男が現れたことで体が後ろに反り返っている。それほどフルーレは大きく、天井に頭が付いている。
「廃業されるなら手伝いますよ。どのあたりから壊しましょうか?」
「や、止めてくれ。ちょっとした冗談じゃないか。真に受けるのは止めてくれ」
「では、お幾らほどで修理していただけますか?あ、もちろん、一日で」
フルーレの笑みは、目が笑っていなだけに恐ろしい。店主は通常価格よりも更に割り引いた値段を提示し、半日での修理を約束した。
「いや~、話の分かる人で良かった」
あれだけ威圧感を出して置いて、話し合いで解決した雰囲気を出すフルーレにサシャは舌を出す。
「ただの脅しでしょ?」
「サシャ、誤解を産むような言い方は止めて欲しいな。あれは、丁重なお願いだった。でしょ?アルジェ」
「さぁ、私には分からないわ」
「君は、いつもつれないな」
ヘラヘラと笑いながらアルジェの後ろを付いていくフルーレの尻には、見えない尾っぽが付いている。スキップでもしそうな大男に、周りの人間も道を開けた。
「それにしても、何をどうすれば僕に居ない間に盗賊を討伐して、大商会の会長に取り入ることが出来るのか教えて欲しいくらいだよ」
フルーレが言うには、どうやらロイスは、その業界では有名な商人のようだ。ギヤマンテ公爵家でも使うことがあるらしく、フルーレとロイスは顔見知りだという。既に彼が押さえてある宿にも出向き、挨拶を終わらせてきたらしい。
「一応、僕も同じ宿に泊まれるようにしてもらったから」
「早々お坊ちゃまは親のコネで要望を捻じ込んだらしいなぁ」
「ミネルバ、それは違うよ。あちらから是非にとお願いされたんだ。勿論、部屋は君達の隣だよ。良かったらベッドが一つ余っているから、アルジェさえ良ければいつ来てもらってもいいんだけど」
「死んでもお断りします」
即答で申し出を断られても、フルーレはどこか嬉しそうだ。たった一日、されど一日。彼にとっては千秋の思いだったのだろう。
「そうだサシャ。ダルタニアン先生が君に渡して欲しいって」
フルーレがリュックから出してきたのは、皮の袋に入った銀貨だった。金貨では単位が大きすぎて使いにくいとの判断なのだろうが、その量があまりに多い。
そのズシリとした重さに、サシャは、泣きそうな顔をしている。一人で狩りをして命を繋いでいた彼女を見出し、助け出した上に家族と言う場所までくれた恩人は、今度は軍資金まで提供してくれるようだ。
「もぉ……無駄遣いしたら、お金なくなるからって言ったのに」
どうやら、出発前夜にあいさつに行った際にも手渡されそうになって逃げていたらしい。自分の為には金を使わないくせに、サシャの為となると財布のひもが壊れる男は、限度と言うものを知らないようだ。
「まぁまぁ、貰っとけって。別に使わなきゃいーだろ?」
「ミネルバの言うとおりね。いつでもお返し出来るように、ギルドに預けておいた方が良いと思うわ」
「そうなんだけど、既に貯まってるお金だけでも胃が痛くなるんだよね」
返そうとしても受け取ってもらえないため、ちょくちょく手渡されるお小遣いは、雪だるま式に貯まっていく。いつの日か、全額付き返そうと思っているが、その願いが叶えられるかは分からない。
「使って欲しかったらいつでも言ってくれていいよ。僕は、お金を使うのが上手いんだ」
そう笑うフルーレだが、別に金使いが荒いわけではない。彼は、こう見えて資産運用には長けている。ロイスと顔見知りなのも、彼の行う事業の一つに投資しているからだ。彼に預ければ、逆に増えて戻ってくるかもしれない。
「いや、止めとく。私、そういう得体のしれない物には賭けないって決めてるから」
サシャはフルーレの申し出をきっぱり断ると、いそいそと鞄に革袋を入れた。その重みは、義父の愛情の重みだと噛みしめながら。




