第三十八話 品が滲み出てしまう元王太子妃
「もしよろしければ、御同行願えませんか?もちろん、料金は支払います」
ロイスの申し出に、サシャが手を叩いて喜んだ。
「やった、報酬で美味しい物食べよ」
「いえいえ、食事くらいは、こちらで持たせていただきます」
このロイスの返答に、落ち込んでいたはずのミネルバまでが、目を輝かす。
「うまいもん食い放題か?」
「ミネルバ、限度というものを考えて」
「でも、少しは多めに食ってもいいだろ?」
「貴女が多めに食べて、食堂の料理が足りなくなったことを思い出しなさい」
アルジェの的確な指摘に、ミネルバは口を尖らせサシャは大声で笑った。
この三人娘を見て、ロイスは、深く頷く。
――あぁ、これが噂の。
商人は、情報通でなければならない。特に巷の噂というものは侮れない力を持っている。多少盛られた内容であったとしても、あの獣討伐の実績は嘘ではないだろう。真偽を見極める力が人より優れているロイスは、こうした草の根の情報を常に大切にしてきた。
――これを機に、お近づきになっておくのも悪くない。何せ、彼女は……。
視線の先に居るのはアルジェ。隣国の元王太子妃であり、武力の要と言われるロッシーニ公爵家の娘。父だけでなく兄達もが溺愛する少女は、齢十四歳のはずだが既に女王のような威厳と気品を醸し出している。
――この少女が、これからどんな人生を歩むのか、それを見るだけでも後援する価値はあるだろう。
ロイスは、今回の旅だけで関係を終わらせるつもりはないようだ。なんとか辿り着いた近くの町でも、自分たちと同じ宿に部屋を取り、食事も共にして何かと声を掛けた。
「そうですか、ミネルバさんのお父様が怪我を。それは、大変ご心配なことでしょう。薬等もうちは扱っております。何かの時には、お声がけください」
「あ、ありがとう……ご、ざいます?」
丁寧な言葉使いをし慣れないミネルバは、アルジェを見ながら問うように言葉を発した。まるで正解を求める子供のようである。
アルジェもアルジェで、コクリと頷き、良く出来ましたと褒めているように見えた。
――生まれながらに上に立つ存在というものが往々にしているが、アルジェさんもその一人なんですね。
家名を名乗らなかったアルジェに対し、ロイスも気づいていないフリを通し名前で呼ぶようにしていた。
もしこれが隣国での謁見などであったら、平民の商人が声を掛けることすら不可能な存在。本人は周りになじんでいるつもりのようだが、隠しきれない気品のようなものが滲み出ていた。
■
次の日、隣町へたどり着いた商団は、常連宿に無理を言って泊めてもらうことに成功した。
そして、宿の食堂へ皆が夕食を取りに集まったのだが、商会以外の客がチラチラとアルジェを見ている。美しい容姿もさることながら、場違いな存在が紛れ込んでいる違和感のようなものを皆感じているのだろう。
「それにしても、本当に一部屋で宜しかったのですか?今からでも、二部屋取れますが」
三人部屋などない宿では、通常三人の場合二人と一人に分かれる。
しかし、この三人娘は頑なにそれを辞退して、一部屋で寝るという。
「はい、いつものことなので」
「いつもの?」
「えぇ、いつものことです」
何故そんなことを聞く?と言わんがばかりに首を傾げるアルジェの横で、ミネルバとサシャが笑いを堪えている。どうやら、横の二人はその辺の常識はありそうだ。いかに仲が良くとも、二つのベッドをくっつけて三人で寝ることは通常あまりない。しかもサシャは小柄だが、ミネルバは大人の男位デカい。そして、アルジェも、十四歳ににしてはかなり長身で、スペース的にもかなり無理があるように見えた。
「仲がよろしいのですね」
「それは、確かにそうですね」
臆面もなく答えるアルジェに、今度は身もだえし始める両サイドの二人。どうやら、相当嬉しいらしい。ロイスは、思う。多分、この三人は一生に一度会えるかどうか本当の友に、これだけ若い時代に出会うことが出来た。それは、幸運なことであり、神が与えた祝福とも言える。
「その友情、大切にしてください」
「はい。肝に銘じます」
アルジェは、優しく目を細めて頷いた。その表情には、一緒にテーブルを囲んでいた子供達も目を見張る。助けてもらった時は、ただただカッコいいお姉さんだと思っていた。
しかし、こんな風に心を開いた柔らかな笑顔を向けられると、自分もその仲間に入れて欲しいと願ってしまう。
「いーなぁ」
思わず妹のサーヤが本心を呟いてしまう。その隣で兄のルイも、唇を噛みしめて手を握ったり開いたりしている。明日くらいから、木の棒を振って訓練をし始めそうな勢いだ。
――これはこれは、うちの跡継ぎは、冒険者を目指してしまいそうな勢いだな。
それでもいいとロイスは思う。自分も、父親とは全く別の道を歩んだ口だ。
「さて、食事も終わったことですし、どうぞ部屋でゆっくり休んでください。明日一日は、ここで馬車の修理をします。怪我人も休ませないといけませんので。急ぎの旅でしょうに、本当に申し訳ありません」
「いや、気にしなくていいです。うちのオヤジは、殺しても死なない男なので!」
胸を張るミネルバだが、心の奥では父ルゼリオを心配している。それを他人の前では顔に出さないのが、彼女の信条だ。心の友アルジェとサシャの前でだけ、弱気な子猫ちゃんになるのは、許して欲しい。
「では、失礼いたします」
アルジェが立ち上がり、頭を下げると慌てて他の二人も同じように頭を下げた。そして、三人仲良く上の階へ上がっていく後姿を見てサーヤがため息をつく。
「あたち、アルジェねぇねのおよめしゃんになる」
「お前馬鹿か、女と女は結婚できないんだぞ」
「にぃにが、いじわるいったぁ~~」
泣き出すサーヤを母マリッサは抱きしめて苦笑した。
「初恋がアルジェさんだと、次の恋は難しそうね」
平民に、あれだけ品があって剣が強くて見目麗しい男はそうそういないのだから。
■
「一日延びたぁ~~~~」
部屋に入って早々ミネルバはベッドにうつ伏せで倒れ込み、半泣きになっている。ギルド長の説明では、命に別条のある状態ではないらしいが、そんなことはミネルバに関係ない。一秒でも早く会いたいのに、話の流れに逆らえずこんなことになってしまった。困った人を見捨てるなとは、父の言葉でもある。ミネルバがごねれば二人は護衛の話は断ってくれる。分かっていたからこそ、言い出せなかったのだ。
「まぁまぁ、ミネルバ。ここでフルーレを待ってやるのも悪くないって」
自分が画策したせいで一人置いてけぼりを食らったフルーレは、アルジェの休学届も出して今頃後を追っていることだろう。そして、聡明な彼のことだ。盗賊を三人娘が討伐した噂くらい直ぐに拾い上げる。
「一日ここでゆっくりしてたら、勝手にやってくるはずだから、上手いもんでも食べて英気を養っておこうよ」
サシャのいうことにも一理ある。今回は無事に商団を守りきれたが、一度ヘマをしているのだから、次に襲ってくる輩は万全を期してくるだろう。手の内を知られた上で守り切るには、フルーレの圧倒的戦力は頼りになる。
「そうよ、ミネルバ。ここで、武器も手入れをしてもらった方が良いわ。今回、まさかここまで戦うだなんて思っていなかったから、貴女斧じゃなくてハンマーを持ってきたんでしょ?」
斧もハンマーも、女が使う武器としては稀だ。メンテナンスしてくれる武器屋は、こういった大きな町にしかない。しょぼくれるミネルバを二人で挟み込み、その夜は、無事三人川の字になって眠ることが出来た。




