第三十四話 大きな愛に見守られる元王太子妃
「トレバー様は、どうして、あの要請書に判を押されたのですか?」
そう切り出したのは、執務室に分厚い手紙の束を持ってきたサライヤだった。
ザッハ侯爵から出された『三人娘プラス一』のボランティアと言う名の貸し出しを、許可する各所の認印の中に、確かにトレバーが押したものも存在した。
そのせいで、サライヤは、大切な生徒を危険要素が多分に含まれる獣狩りに参加させざるを得なくなった。
更に、そこで大活躍をし、冒険者登録までしてしまったことで、現在貴族から不満の矛先を向けられるようになっている。
特に、隣国からきて好き勝手に暴れ回る元王太子妃、アルジェ・ロッシーニへの風当たりは強い。
さっさと母国に送り返せと、各所から抗議の手紙が届いているのだ。
「私が判を押さなくとも、きっと獣狩りには行かされていましたよ。それよりも、彼女達の実力を見せ付けたほうが話が早いと思ったまでです」
直接危害を加えようとしても、返り討ちに出来るだけの実力があるのだと知らしめれば、下手に手出しをしてこないだろうとトレバーは思っていた。
アルジェ達が中途半端な実力なら、彼もあえて選ばない手段だ。
思っていたとおり、抗議文は届いても、アルジェ達が暴漢に襲われるなどの事例は起きていない。
トレバーも、自分の手の者を護衛として見張りにつけているが、今のところ彼らに不用意に手出しするのは得策ではないと敵も理解しているようで、平穏な毎日が続いている。
「だからと言って、冒険者登録を許可するのは、やり過ぎかと」
「もしもの時の保険は、必要だろう?それに、彼らなら、冒険者としても一流になれると思いますしね」
アルジェは、剣聖を目指して修行できるなら、たとえ大空の下で野宿をしなくいけなくなっても気にも留めないだろう。
それよりも、周りを囲い込まれ、何もさせてもらえず息が詰まるような生活をさせられるほうが死ぬほど辛い。
そうやって、幼い頃から宮廷内に押し込められてきたのだ。
今更、逆戻りするつもりもないだろう。
そして、彼女が本気で振るう剣を受け止められる生徒は、ダルタニアン騎士学校の中では、フルーレだけ。
もっと高みを目指し、外の世界を見て廻ろうと彼女達が一歩を踏み出すとき、冒険者登録は、大きな役に立つだろう。
トレバーは、サライヤから手紙の束を受け取ると、一つずつ目を通していく。
たまに、大事な書類が混ざっていることもあるからだ。
そして、選別が終ると、ろくでもない抗議文は、ドンドン暖炉に放り込み、後で一気に燃やす。
「今年の冬は、薪の心配がなさそうだ」
楽しげに笑うトレバーに、サライヤは、諦め顔で、
「流石に、紙を燃やしたくらいで暖は取れないでしょう」
と言うのが精一杯だった。
元々、トレバーは、この学校の総長になどなりたくなかった。
しかし、祖父が、遺言にトレバーを次期総長とするように明記をしていたことでお鉢が廻ってきた。
元々、ダルタニアン伯爵家は、隣国メルクルディのロッシーニ家と肩を並べる程剣の道では有名な一族だった。
それが、どこをどう間違ったのか、トレバーの親世代からは、社交ばかりに目を向ける典型的な駄目貴族に落ちぶれていった。
連日の夜会やお茶会に忙しく、子供の世話など使用人に任せきり。
言う事を聞かない四男トレバーなど、早々に見切りを付けられ放置されていた。
祖父は、わが子の育て方を間違ったと後悔し、トレバーを引取り育ててくれたのだ。
歴史あるダルタニアン騎士学校を存続させるための後継者育成だったのだろうが、実の親に嫌悪感しかない彼にとって、祖父は恩人でもある。
その最後の思いを受け継ぐべく、冒険者から足を洗い総長になってみたが、四十代目前にしても血気盛んな彼は、キラキラと輝きを見せる生徒を見ていると事務仕事などしているのが馬鹿らしくなってきてしまう。
「サライヤ君、君には見所がある。どうだい、私と結婚して…」
「トレバー様、私に仕事を押し付けるために結婚などと言う言葉を吐くのは、女性に対して失礼と言うものです」
「いやいや、私は、そこまで極悪人ではないよ。好意がなければ、結婚しようなどと思わない」
「私、トレバー様より二つも年上です。もう、四十なのです。そのように甘い言葉で釣られるほど、初々しくもございません」
このやりとり、実は、もう何年にも渡って何十回もなされている。
トレバーが、仕事に嫌気がさすたびに口にするものだから、サライヤにとっては、「おはよう」くらいの意味しかなくなっている。
「さあ、馬鹿な事を言う暇があったら、仕事をしてください」
用事が終わったとばかりに、さっさと部屋を出て行くサライヤの背中を見つめながら、
「冗談じゃないんだけどね」
と彼は、独り言を呟いた。
サライヤは、昔、トレバーがこの学校の生徒だった頃、二年上の先輩として下級生の指導担当をしていた。
当時から、彼女は、下級生に対して愛情を持って指導できる心優しい人だった。
しかし、実家である男爵家が没落したことで良い縁談に恵まれなかった。
それどころか、両親は、娘を評判の悪い貴族の後妻にして金の援助を受けようとした。
トレバーの祖父が、ここの寮母兼教師と言う大義名分を与え、毒親と切り離したお蔭で今の彼女がある。
それ故に、彼女の学校への忠誠心と愛校心は、誰にも負けない。
まさに、学校と結婚したようなものだ。
「人相手なら戦いようもあるが、学校相手に、どうすればいいのだろう」
真面目なトレバーは、変に考えすぎて折角傍に居られるようになったのに、その思いを信じてもらえずにいる。
もし、サシャが聞けば、
「はぁ?跪いて、頭を下げて、結婚してくださいって真剣に言えば?」
と当たり前のことを言ってくれただろうが、彼がその事に気付くのには、まだまだ時間を要しそうだった。
こちらの作品、読者様や他の方にも色々と教えていただきまして、正しいジャンルはハイファンタジーだろうということが分かりました。昨夜、ジャンル変更しております。度々本当に申し訳ございません。コツコツ書いていきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。




