第二十九話 落としいれられそうになった元王太子妃
あの獣討伐から一週間が経った。
街中では、『ダルタニアン騎士学校の四人組』が又もや人離れした活躍を見せたと騒ぎになっていた。
しかし、面と向かってその事を知らせてくれる親切な命知らずもいないため、残念ながら当の本人達は知らない。
故に、『時の人』は、その日も早朝から厩舎で馬糞まみれになっていた。
そこに、いきなりギルド職員が現れ、
「冒険者ギルドまで、ご同行願いたい」
と言われた時も、
『え?なんで?』
と全員が思っていた。
「いえいえ、臭いですから……」
と辞退しようにも、相手の圧が強すぎて拒否することもできない。
そして、今四人は、ギルド長の部屋で、馬糞の匂いを漂わせながら、狭いソファーにギュウギュウの状態で座らされていた。
サシャに至っては、ミネルバの膝の上だ。
彼女達は、余程臭いのだろう。
周りを取り囲む大人達は口と鼻を手で押さえている。
「今回の件、本当に助かった。これは、ギルドからの謝礼になる」
目の前に金貨の入った革袋を置いたのは、ギルド長であるガンドルフ。
無論、鼻を摘んでいる。
人に礼を言う態度ではない。
彼は、四十代半ばだが、見た目はアルジェの兄と変わらないくらい若々しい。
しかし、目が痛くなるようなキラキラと輝く金髪と、商人さながらの笑顔を浮かべる姿は胡散臭さが半端なかった。
前回、新人向けの説明をしていたのも彼のはずだが、あの時の精悍な雰囲気とはまるで違う。
まるで、『疑ってください』と言っているようなわざとらしさだ。
そこて、ピンときたアルジェは、
「私達は、あくまでもボランティアとして参加をさせていただいた身。このようなものは受け取れません」
と頭下げて断った。
呼び出しを受けた時から、アルジェは、面倒事に巻き込まれそうな予感がしていた。
礼を言いたいだけなら、ダルタニアン騎士学校へ伝達すればよいだけで、個人的に接触を図る必要はない。
それを、わざわざご丁寧に迎えまでつけて、執拗に冒険者ギルドまで来さそうとしたのだ。
思惑ないわけがない。
「え~、折角くれるって言うのに、勿体ねーだろ?」
考え無しに文句を言うミネルバの脇に、アルジェは肘鉄を食らわす。
「いって~」
「ちょっと、黙ってて」
アルジェは、机の上に置かれた袋を、ガンドルフの方へと押し返した。
「まだ、十四歳の私達が、このような大金を受領したとあっては、学校でも問題になりかねません。今回の訪問も、担任であるサライヤ先生はご存じだと思います」
アルジェは、元王太子妃として培った柔らかな微笑みでガンドルフを見つめた。
子供だというのに、大した気品だった
。
「どうして、そう思う?厩舎から直接ここに来た君達は、教師に連絡も出来なかっただろ?」
「私達、学生ですから。授業に出なければ教師が探すのは当たり前です。それに…」
アルジェは、少し声をひそめた後、
「私、こう見えて元王太子妃ですから、見張りの一人くらい付けられてるかもしれませんわね」
と囁いた。
扇があれば口元でも隠すのだろうが、今のアルジェは持っていない。
彼女の目が細まり、口の端がキューッと意地悪く上がるのを見てガンドルフの方が笑い始めた。
「ガハハハハ、こりゃ、一本取られたな」
彼は、馬鹿笑いしながら金貨の入った袋を自分の横に置いた。
「君の警戒心は当たりだ。もし、これを受け取っていたら、私の後ろに居る男が、君たちを学校から追い出したい人間の元へ情報を持って行っただろうね」
壁際に立っていた護衛らしき男が、ビクリと身を揺らした。
図星を突かれて、動揺したのだろう。
ガンドルフ自身がグルなのかと思ったが、そうでもないらしい。
彼が指を鳴らすと、別室から現れた男達が、逃げ出そうとした護衛を捕まえて縛り上げ始めた。
「悪いな。うちにも金を積まれて仲間を裏切る奴らがいたようだ。情けないが、君たちを餌に、炙りださせてもらったよ」
今回、アルジェ達が冒険者ギルドの獣狩りに参加することになった経緯にも、不可解なことが幾つか起きていた。
まず、この狩り自体、ギルド内の内部情報であり外部のものが知りうるものではない。
それにも関わらず、突然ダルタニアン騎士学校から学生を送り込んでくるという話が持ち込まれた。
拒否しようにも、ギルドに多額の献金をしている貴族の中から後押しする力が働き、平民のガンドルフには逆らいようがない。
渋々受け入れたものの、突然、本来新人に付くはずだったベテラン冒険者の数名がキャンセルを申し出て、作戦参加を申し出ていた有望な新人達も数人姿を消した。
そして、今回の事件だ。
まだ、爆発音を鳴らした者は掴まっていない。
それなのに、解決さえしていない案件に対し、貴族から『報奨金』と言う名の金がギルドにもたらされた。
しかも、名指しで、四名の学生に与えるようにと明記されて。
「申し訳ありません。今の話は、聞かなかったことにします。さ、皆、行くわよ」
自分には関係ないとアルジェが立ち上がると、他の三人も同じように立ち上がった。
「待った、待った!そう急ぐなって」
「もう、お話しすることは、何もないかと?」
「せっかちなお嬢さんだ。今回の件は、明らかに君たちを狙ったものだ。俺は、そこのミネルバの父親とは旧知の仲だ。大事な親友の娘を危険な目に合わされて、放って置くほど人情のない人間でもないんだよ」
ガンドルフの物言いに、先程の胡散臭さは微塵もなく、本心で自分達を心配してくれているのだとアルジェも感じた。
「皆、座って」
アルジェが命じると、全員が、ストンと座った。
「なんだよ。お前ら、このお嬢さんの飼い犬か?」
ケラケラと笑い出したガンドルフに、四人とも全員が微妙な顔をした。
アルジェの飼い犬、土佐犬、柴犬、ボルゾイ(フルーレ)の三頭となっております。




