第二十六話 初めての冒険者ギルドにワクワクの元王太子妃
その日、冒険者ギルドは、普段では考えられない程ざわついていた。
なにせ、S級冒険者『漆黒の流星ルゼリオ』の愛娘ミネルバが、今回の獣討伐に参加するからだ。
子煩悩で有名な彼が、妻の病死後泣く泣く娘を騎士学校に入学させたのは有名な話。
もし、今回の件を知っていたら、どんなに遠くの国に居ようとも、このカルナ国へと飛んで戻ってきただろう。
それゆえに、ルゼリオがここに居ないという事は、彼が知らないということ。
この突然の参加は、何者かにより秘密裏に画策され、冒険者ギルドすら逆らえなかったのだ。
どれ程の大きな力が働いているのかを想像し、冒険者達は、不安そうな顔で互いに目配せし合う。
「おい、今からでも、ルゼリオに知らせてやったほうがいいんじゃねーか?」
「今更、無駄だろ」
なにせ、出立は明日。
時、既に遅しだ。
秋から冬に掛けて、獣は越冬をするために栄養を蓄える。
収穫物を荒らしたり、家畜を襲ったりするのも、その為だ。
獲物は猪から熊まで、多種多様だが、全てを狩りつくすのではない。
生態系を守りつつ間引きし、また、人間もそれを厳しい冬を越えるための蓄えにするのだ。
年に数度、状況に応じて行われる狩りは、ベテランから初心者まで、各々の力量に合わせて冒険者たちが参加できる行事。
実戦経験の少ない冒険者達にとっては、経験値を貯める良い機会。
その点から考えても、確かに、騎士学校の生徒なら実力に不足は無いだろう。
ただ、貴族のご子息ご令嬢が参加したことなど一度も無く、元王太子妃と公爵子息が参加することは異例中の異例。
高位貴族など見るのは初めての者ばかりだ。
それ故に、今回の作戦会議に集まったメンバーも、アルジェとフルーレの扱いに困っていた。
おもねり、へりくだり、頭を下げて席を勧めればよいのか?
それとも、ミネルバと同じように顎で使い、立たせておけば良いのか?
お貴族様などと関わりの少ない冒険者達は、礼儀作法など誰も知らない。
しかし、
「うひょ~、懐かしい匂い!」
「ミネルバにとっては、実家のようなものね」
「まぁなぁ。それより、腹減った。帰りに、なんか喰おうぜ」
「先程、外に並んでいた串焼きが食べたいわ」
「それ、いいねぇ~」
アルジェとミネルバの気安そうな会話が聞こえたことで、アルジェ自身が特別扱いを嫌うと判断し、ギルド長の独断で新人として扱うことに腹を決めたようだ。
まず彼は、今回の作戦を説明する為、新人達を壁際に立たせ、ベテランを椅子に座らせた。
勿論、アルジェとフルーレも直立不動で立っている。
不満げな表情を浮かべていないことを確認した上で、ギルド長は口を開いた。
「では、今回は、南の森を中心に狩りを行う。初手は、冒険者ランク上位者が行い、後方支援と言う形で新人達に、あえて打ち逃した小物を狩って貰うことになっている…」
この説明は、主に今回初めて参加する初心者に向けてのものだ。
アルジェ達以外にも、今回初陣の者も多数おり、年齢層もかなり若い。
何故なら、熟練した冒険者は、もっと大きな案件を受け持つからだ。
ミネルバの父クラスになれば、各国を渡り歩き、一国に定住することもあまりない。
今回は、既に3月に一度間引きが行われたこともあり、この半年で増えた固体もそれほど多いとは思われない。
基本は、農家などに影響がおよばない程度を減らせばよいという事なのだろう。
ザッハ侯爵からすれば、貴族であるアルジェやフルーレへの嫌がらせ目的で今回のことを画策したのだろうが、当の本人達は、お祭りに参加する子供のように目を煌かしている。
常にアルジェの横を陣取るフルーレは、ワクワクした気持ちを抑えられず、
「アルジェ、君に猪を捧げるよ」
と耳元に囁いた。
すると、それから逃れるように身を反らしたアルジェは、
「いらないわ。自分で、狩るから」
と答える。
「なら、雄鹿の角は?」
「興味ないわ」
「じゃあ、僕は、君に何を贈れば良いんだ?」
「贈って欲しいものがみつかれば伝えるから、それまでは、黙ってて」
このように、この二年、二人の間に進展は無い。
ただ、アルジェが、無暗に避けなくなっただけでも、フルーレにとっては成果とも言える。
なにせ、他の男子生徒は、名前すら覚えてもらえていないのだから。
「そんなに贈り物を拒むなら、アルジェ、競争をしよう」
「競争?」
「うん。僕が、アルジェより獲物を沢山狩れたら、僕の勝ち」
「遊びじゃないのよ?」
「分かってるよ。でも、モチベーションも欲しいんだ」
アルジェは、常に何事にも真摯に向き合う真面目な性格だ。
しかし、一方で競い合うこと自体は嫌いではない。
特にフルーレと剣を交える時に舌なずりする様は、同等の力で戦える事を喜ぶバーカーサー以外の何物でもない。
コソコソ話す二人の声が聞こえたのか、
「お、それなら、アタイも混ぜてよ」
とミネルバが声を上げ、
「あ~、私も~」
とサシャが手を挙げた。
アルジェとて、ミネルバとサシャまで加わり、狩った頭数を競うと言い出されえれば、嫌とは言わない。
「皆、深追いは駄目よ。兎に角、先輩の皆様があえて逃した物だけを狩る。いい?」
「「「了解!」」」
こうして、秋の獣狩りが始まった。
これが、また、四人の異名を轟かせることになろうとは、誰も思っていなかった。
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