第二十五話 貸し出される元王太子妃
サライヤは、このダルタニアン騎士学校の寮母兼教師になって二十年の月日が経つ。
これまでは、多少選民意識に囚われた出来の悪い生徒がいようとも、学校の全面的バックアップの元、卒業までには皆がそれぞれに成長してくれた。
特に大きな波乱もなく、流れ作業と言ってはなんだがマニュアル化された教育課程は、それ相応の成果を果たしていたため精神的ストレスは少ないかった。
だが、この二年で、彼女は十歳は歳を取ってしまったような気分にさせられている。
何せ、この学校の名物生徒のせいで、それまでに無かった業務が大量に増えているからだ。
レベルの差があり過ぎて他の生徒と同じように扱えなかった彼女達を、軍の新人研修へ放り込んだまでは良かった。
そのことに対して『特別扱いだ!』と文句を言う奴らは、アルジェ達と同じように対応した。
軍からは嫌な顔をされたが、いずれも高位貴族の令息。
親からも圧力を掛けられれば、彼らも嫌とは言えない。
そして、折角受けさせてもらった訓練に耐えられなかったのは、生徒本人の資質の無さだ。
サライヤに、責任は無い。
ただ、ここから話が面倒くさくなってくる。
耐えられなかった自分の子供を責めるのではなく、規格外な四人組に的外れな逆恨みを持つ親達が一定数おり、その対応に一番頭を痛めることになった。
なにせ、彼らは、無駄に権力を持っている。
騎士学校への寄付を止めるだとか、本当に四人が軍での訓練に対応できているのか調査をしろだとか訴えるのは、まだ可愛い。
しかし、今サライヤの目の前でふんぞり返る男は、もっと面倒なことを言い出した。
「冒険者ギルドへの貸し出しですか?」
「あぁ、それだけの実力があるならば、社会奉仕に一役買ってもらってもいいだろう?」
口ひげを蓄え、デップリと太った彼は、ザッハ侯爵。
脂ぎった額はピカリと光り、生え際がかなり後退している。
完全に食生活の乱れなのだろうが、それを指摘したからと言って直せるものなら、最初から摂生していただろう。
自身の妹が王弟殿下であるサハラ大公に嫁いでいるからか、何かにつけて態度が尊大である。
彼の息子がアルジェ達の二つ年上で、下級生が参加できるのに何故自分が参加できないのかと強く訴え、軍の訓練に一緒に参加したことがあった。
親には、
『自分だけが過酷な訓練を受けさせられ怪我をした。ヤツラは、特別扱いを受けている!』
と言っているようだが、厩舎の掃除と基礎訓練で音を上げただけだった。
確かに、軍の訓練が常軌を逸した過酷さであることは確かだ。
しかし、彼は、準備運動の時点でリタイアした。
怪我にいたっては、飼料を運ぶ時に重みでふらつき勝手にコケただけ。
たかが捻挫を骨折したかのように包帯でグルグル巻きにした姿の、なんと滑稽なことか。
新人研修の担当者からは、
『アレだけは、採用せん!』
と別の意味でのお墨付きを貰っている。
しかし、子供の言葉を鵜呑みにしたザッハは、ことある毎にアルジェ達を目の仇にする。
今回も、冒険者ギルドが年に数度行う獣の討伐にアルジェ達を行かせろと無理難題を持ち込んできた。
「ザッハ侯爵、彼らは、この騎士学校の生徒なのです。我らは、彼らを親御さんからお預かりし、育てるのが使命。何故、そこに冒険者ギルドなどと言う話が入ってくるのか、私には分かりません」
「いや、なに、そんなに難しく取られる必要はないだろう?ただの、ボランティアじゃないか。彼らは、優秀なんだろう?それくらい、大したことではないだろう?なにせ、軍で訓練を受けるほどなのだから」
ニヤニヤと笑うザッハは、馬鹿にしたようにサライヤを見下した。
アルジェの母デメールが、もしこの場にいたら、彼に向かって塩を撒いていただろう。
彼女は、カルナ国の侯爵家出身であり、同じ家格で同年代と言うこともあり、ロッシーニ家に嫁ぐまでは嫌でも交流があった。
その時から、人を見下ろす性格の男だったが、彼の妹が大公妃になって、更にその傾向が強くなった。
虎の威を借る狐を絵に描いたような男。
妹の地位と権力を、自分の物のように思っている節があるザッハは、勝手に彼女の名を出し、既に各所に根回しを行っていた。
テーブルに置かれた提案書には、学校責任者達の判が粗方押されており、最後は担任であるサライヤが、遠征中の欠席許可書に判を押すだけになっている。
「戦争の最前線に送るわけではない。ただ、害獣を狩ってくれれば市民も助かるだろう?」
太った腹を擦りながら、醜悪な笑みを浮かべるザッハに、サライヤは言い返せない。
何故なら、サシャを養子に向かえた総長であるトラバー・ダルタニアンの判が許可欄に押されているからだ。
『まったく、トラバー様は、何を考えていらっしゃるのか・・・』
サライヤは、苦々しい思いを胸に、欠席許可書に判を押した。
期間は、三日。
内二日は、休日。
公休は、たったの一日だ。
学校への出席日数に影響を及ぼすわけでもなく、これ以上押し問答を繰り返しても解決などしないのだ。
『こんなことをして、逆に困るのは貴方かもね。ザッハ侯爵。なにせ、あの子達は、台風の目ですから…』
サライヤが腹立ち紛れにグリグリと押した印は滲み、大きな赤い丸のようになっていた。
あまりの暑さに弱った皆様へ
少しでも癒しになれれば幸いです。
あっつぅーーーーーー。




