第二十四話 厩舎掃除を喜ぶ元王太子妃
九月の清清しい空気の中、ダルタニアン騎士学校の門を、両親に連れられた初々しい十二歳達が胸を張り通り抜けて行く。
臙脂を基調とした品のある制服は、この国においては、選ばれし者の証。
自然と顎が上がってしまうプライド先行型の生徒も、必死に顎を引く自己研鑽型の生徒も、それぞれに最高の笑みを浮かべていた。
「今日は、晴れて、本当に良かったですわ」
「そうですわね、折角の晴れ姿ですもの」
「あら、貴女の襟、少し刺繍を施していらっしゃるのかしら?」
「貴女こそ、素敵なカフスをつけていらっしゃるわね」
女子生徒達は、互いの衣装を褒めあいながら、式典が行われる講堂に向かって歩いていく。
生徒のほとんどが貴族出身のため、唯でさえ高額な制服にも、更に趣向を凝らす。
金糸を使った刺繍にダイヤのカフスボタン。
汚したり無くしたりした場合の事に考えが至らないのは、子供だからか?
それならば、先立として、子どもの未来のために導いてやるのが親。
それを買い与え、褒めそやしている時点で、家としての品格を大きく落としていることに気付いていない。
だが、騎士学校は、あえて校則で禁止していない。
派手派手しい装飾品が、この騎士学校では何の役にも立たないと知るのに、そう時間は掛からないのだ。
まだまだ、夢見がちな彼女達は、入学式と言う晴れ舞台に舞い上がっている。
だから、浮き立つ気分を胸に憧れの人を目にすれば、令嬢らしさなど忘れて思わず声を上げてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「きゃぁ!あのお姿は!」
「まぁ!初日にお目にかかることが出来るだなんて、私達幸運ですわ!」
はしたなくも、手を取り合って飛び跳ね、歓喜の声を上げても咎めるものはいなかった。
寄り添う両親ですら、冷静を装いながらも、娘と同じ方向を熱い眼差しで見つめているのだから。
皆の視線が捕らえたのは、遥か遠くにいる三人の女子と一人の男子。
彼女達が着るのは、学校の制服ではなく、軍所属の者だけが着ることを許される全身真っ黒な訓練服だった。
破れないこと、汚れが目立たないことを重視した作りゆえに、装飾も少なく、知らずに見れば、どこの作業員かと疑われそうな出で立ちだ。
しかし、校内では異質な色合いと、この学校での有名人である四人組ともなれば、それが、どんなに土ぼこりに汚れた姿であろうと、感嘆のため息が漏れるというものだ。
騎士学校創立以来、実地訓練を軍管理の下に置かれたのは、この四人が初めてだ。
隣国メルクルディの元王太子妃アルジェ・ロッシーニ。
騎士団長の息子であり、このカルナ国の公爵家令息、フルーレ・ギアマンテ。
S級冒険者の娘、ミネルバ。
学校長が才能を見出し養女に迎えたサシャ・ダルタニアン。
この四人が前例となったことで、上級生達からも、同じように軍での訓練を申し出た者がいたようだ。
しかし、一日として耐えられず、今も続いて軍の訓練に参加できているのは、この四人だけだった。
「あぁ、なんて凛々しいお姿なのかしら」
彼女達の目には、美男美女のフルーレとアルジェしか映っていない。
貴族出身でありながら平民とつるむ気持ちは分からないが、隣国の元王太子妃とこの国の公爵子息は、とてもお似合いに思えた。
高身長のフルーレは、やや背の低いアルジェを守るように斜め後ろから自愛の目を向けて歩いている。
それが、ストーカーまがいの後追いなどとは、夢にも思わない。
アルジェのピンと背筋を伸ばして歩く姿も、ダラダラと疲れた顔で周りにはべる平民とは雲泥の差だ。
「やはり、貴族は、常に誇り高くいなければなりませんわね」
「えぇ、まさしく、二人の先輩のように、清く正しく美しく学園生活を送りましょう」
キラキラとした目でアルジェ達を見つめる新入生達に、両親達も深く頷いている。
しかし、誠に申し訳ないのだが、『朝の訓練』を終えたアルジェ達の会話は、夢見る彼女達に聞かせられるようなものではなかった。
「くっせぇ。鼻がもげる」
「しかたないでしょ?馬糞運んだんだから」
文句タラタラのミネルバを、同じようにうんざりとした表情のサシャが諌めた。
本当は、サシャだって、早朝から軍馬の寝床を掃除させられ、
『コレ、訓練じゃなくて、虐めじゃん!!』
と声を大にして叫びたい。
ただ、この作業を元王太子妃と公爵子息も同じようにやるのだから、これ以上言えば野暮になる。
こんな生活を始めて、既に、二年の月日が流れていた。
14歳になった彼女達は、それぞれに成長し、フルーレの胸の辺りだったアルジェの身長も、現在は肩辺りまで伸びていた。
無理矢理剣で切って短くした髪の毛は少し伸び、辛うじて後ろで束ねるくらいにはなっている。
しかし、乾き易く邪魔になりにくいことに味を占めたアルジェは、これ以上伸ばさないと公言していた。
貴族令嬢としては問題だが、仲間としては、長かろうが坊主だろうが、何も影響ないのでミネルバ達も気にしてもいない。
そして、美少年にも見えるアルジェに熱視線を送る女子生徒が続出していた。
「シャワーを浴びたら、朝食にしましょう」
アルジェは、今日入学したての新入生なら食欲減退どころか吐いてしまいそうな匂いすら、何処吹く風。
まるでスキップするように体を軽く上下させて歩く姿に、ミネルバは、腹を立てているのが馬鹿らしくなってきた。
「なぁ、なんでアルジェは、そんなに楽しそうなんだ?」
ミネルバからすれば、給金を貰ってもやりたくは無い厩舎の掃除を、アルジェは、どこかウキウキとした表情を浮かべながらサクサクと終わらせていく。
下手をすれば、頼まれてもいない馬のブラッシングまで始めるのだから、頭がオカシイとしか思えない。
「あら、何故嫌なの?楽しいじゃない」
「どこが?」
「馬の糞を見れば、その子の健康状態が分かるし、お世話をすれば、心を許してもらえるもの」
確かに、軍馬達のアルジェに対する懐きようは異常だ。
彼らは、足音だけでアルジェの気配を察知するのか、厩舎のドアを開ける前からソワソワし始め、顔を見ようと首を伸ばす。
「どうやれば、あんなに懐かれるんだよ?アタイなんて、見ただけで怯えられてるぞ」
動物だけでなく、貴族連中にも怯えられているぞとサシャは突っ込みたいが、ぐっと我慢する。
なにせ、大柄で腕力自慢の彼女は、実はかわいいものが大好きな傷つき易い乙女だからだ。
しかし、そんな人間の細やかな機微など気にも留めないアルジェは、
「ミネルバは、ちょっと声が大きいわ。あと、触れ方が雑。あの子達は、元々狩られる側なの。その為に早く走れるように進化してきたわ。敵を察知する能力は、裏を返せば怯え。それだけ繊細な生き物なの」
とズバズバ指摘した。
自分が、ガサツだとミネルバ自身分かっているが、面と向かって言われると辛いものがある。
「何だよ、説教かよ」
やや不貞腐れてしまったミネルバに苦笑しながら、アルジェは、傍に近寄るとムギュッと腕を組んだ。
彼女が、こんな風に十四歳らしい振る舞いをするのは心を許した相手だけだ。
「違うわ。いざと言うときの為にも、学生のうちから彼らと関係を今から築けるのはラッキーだって思って欲しいだけ。ね?」
可愛く首を傾げてお願いされれば、ミネルバとて笑って受け入れるしかない。
「しゃーねーなー」
空いた手でアルジェの髪をワシャワシャ撫でると、
「なに?二人だけで楽しそう!ずるいわ!」
とサシャもアルジェと腕を組む。
そんな三人を羨ましそうにフルーレが見つめるのが、この二年間で構築されたルーティーンだ。
『僕なんて、握手すらなかなか出来ないのに……』
一度不満を言ってみたが、チラッと三人娘に視線を向けられただけで放置された。
明らかに冷遇されているようにも見えるが、彼女達にとって、フルーレは他の人間とは違う。
一年生の時に、三日間の実地訓練を一日半で終らせてしまった4人は、気付けば、全員一緒に軍の新人研修に放りこまれていた。
一般教養科目や、座学に関しては、他の生徒と受講するものもある。
しかし、あまりにも礼儀作法において他から遅れを取っているミネルバとサシャは、既に学ぶべきものも無いアルジェとフルーレがサポートに入り、四人だけでの授業を行っていた。
二人三脚ならぬ四人五脚。
なくてはならない仲間だ。
今日は、厩舎の掃除後、テーブルマナーを兼ねた朝食を取り、通常の授業に合流することになっている。
しかし、その前に、シャワーを浴びて匂いを落とす必要がありそうだ。
「じゃ、後でね」
フルーレは、三人に手を振ると、男子寮へと駆けて行った。
今も一人部屋な彼は、多少臭いにおいをさせて帰っても、怒る同室者は居ない。
帰ったら即シャワーを浴びられ、寛ぐことが出来る。
狭い部屋で三人暮らしを続けるアルジェ達も、その点だけは、フルーレを羨ましいと思っていた。
「じゃぁ、恒例のジャンケンで!」
サシャが右手を振り上げると、アルジェもサシャも負けじと振り上げた。
「じゃんけんぽん!」
グーが一人に、チョキが二人。
「やった!」
ぴょんと跳ねたのは、アルジェだった。
「なんで、そんなに強いんだよ」
「ふふふ、先を読まないと」
何故か、アルジェは、ジャンケンが強い。
本人曰く、ジャンケンは、ヤル前から勝敗は決まっているという。
「あ~、もう、たまんね~なぁ~」
晴れ晴れしい入学式の日に、ミネルバの遠吠えが響いた。
詳しくは、活動報告に書きましたので、そちらを読んでいただけると嬉しいです。
もし、アルジェをもっと読みたいなと思われる方は、ブックマーク、お星さま等で教えていただけると嬉しいです。




