第二十話 ニヤつく元王太子妃
アルジェ達が目指した『神秘の湖』は、期せずして、学校側が最初のチェックポイントに選んだ場所だった。
湖の底から豊富な水が湧き出ており、水源の確保に適している。
周りにも平地が多く、テントも建て易い。
だが、流石に期末テストということもあり、そのチェックポイントが設置されている場所は、なかなかの難易度だった。
湖の真ん中にある小さな浮島には、昔、この森で修業をした剣士の建てた掘立小屋が残されている。
地図では、そこがチェックポイントだと書かれているのだが、その浮島に渡る橋がない。
周りを見回しても、船らしきものもなく、
「え?泳げって?」
とサシャは、自身の体を抱きしめて、身震いした。
確かに、岸と島までの距離は、15メートルもない。
泳ぎの達者なものなら、ものの数十秒で到達するだろう。
しかし、春といえども、湧き水だけに水温は冷たい。
周りの大木を切り倒して橋に出来るような鋸等の道具は所持品として許されておらず、水面を歩ける者などアメンボ―くらいなものだろう。
「さぁ、どうしたものかしら。何処かに、渡る為の手段が隠されていると思うのだけど」
答えを導き出せないアルジェ達は、まずは、手分けをして周辺を探ることにした。
他の生徒は、まだ到着していないらしく、あたりは静けさに包まれている。
何処を探しても、船や橋の代わりになりそうなものが見当たらず、時間だけが過ぎていく。
「ここは、諦めようぜ」
短気なミネルバがイラつき始めた。
確かに、多くのポイントを回れば成績も上がるが、全てのチェックポイントを制覇しろとは学校側も明記してない。
時間をロスさせる為に、敢えて作った罠の可能性もある。
断念も視野に入れ始めたアルジェは、ふと、フルーレが上を見上げていることに気づいた。
その視線の先には、広く枝を張ったクスノキがあった。
高さは、四階建ての校舎をはるかに超し、幹の周りも数人が手を繋いで囲まなければならないほど太い。
『長老の木』と比べればやや低くもあるが巨木と言ってよい大きさである。
「あ…」
アルジェは、フルーレの思惑に気づき、つい声が漏れた。
自分では考えつかなかったアイディアは、難しい道具など用意せずともロープだけで可能となる。
「アルジェも、気づいたようだね」
「そうね。貴方の案、悪くないと思うわ」
仲良く肩を並べ、二人してほほ笑んでいる姿に、ミネルバとサシャは内心驚いた。
アルジェは、強引に距離を縮めようとするフルーレに、壁を作っていたはずだ。
それは、彼にだけでなく、全ての男子生徒に対しても同じだった。
ただ、その塩対応に動じることもなく、真っすぐにアルジェを見つめるフルーレに、彼女も多少気を許し始めたのかもしれない。
これは、ミネルバ達の勝手な想像なのだが、アルジェは、胸の傷の事を気にしているのではないだろうか?
寮の部屋でシャワーを順番に浴びる際も、ラフな服装にはならず、常に首元が詰まったシャツを着こんでいる。
フルーレは、変わり者だが、公爵家の子息だ。
ゆくゆくは、どこかの家の婿に入るか、実家が持つ爵位のどれかを譲り受けて、家を興すはず。
優秀さは折り紙付きだけに、彼の多少変わった性格を受け入れても、婚姻を結びたいという女性は多いだろう。
なにも、自ら髪を切り落とし、剣の道に生きることを決めた、初婚ですらない傷物の元王太子妃を好き好んで娶る必要などないのだ。
フルーレは、他とは違う存在だが、決して受け入れるつもりのないアルジェ。
でも、二人の心は、確実に近づいているように見える。
「ふぅ…なんか、切なくなっちゃった」
「サシャ、それ、絶対アイツらに言うなよ」
「ミネルバ、私、そこまで馬鹿じゃないから」
ひそひそと小声でやり取りする二人に、
「ちょっと、ミネルバとサシャも、ロープを出して」
とアルジェが声を掛けた。
一瞬話を聞かれたのかと慌てたサシャ達だが、鞄からロープを取り出してアルジェに手渡した。
「何か思いついたんだ」
「でも、ロープなんて、何に使うんだよ?」
未だに何が起こっているのか分からないミネルバ達は、アルジェの手元を覗き込んだ。
スルスルと手を巧みに動かし、決して解けないでロープとロープをつなぎ合わせながら、アルジェは、いたずらを考え付いた子供の様にニヤニヤと笑っていた。




