第十六話 求婚される元王太子妃
「始め」
立会人の号令の下、アルジェとフルーレの直接対決が始まった。
フルーレの剣は、質実剛健をそのまま形にしたような、飾り気がなく、まじめに木刀を振り続けて身に着けたものだった。
何千、何万と振り抜いたことで生まれる一刀の速さが、尋常ではない。
当たれば骨を砕かれ、再起不能になるのは必至だ。
巻き起こす風が、剣を避けるアルジェの髪を激しく揺らす。
対して、アルジェの剣は、生まれ持った天性の勘を極限まで研ぎ澄まし、女性としてのハンディを利点に変えた新しい戦い方だ。
体の柔軟性と剣の軌道を読み切る頭脳をもってして、全ての剣をギリギリの所で避けていく。
そして、踊るように軽やかなステップで相手を翻弄し、相手の隙を強制的に作らせる。
両極端な二人は、しかし、心から剣を愛している点においては、全く同じだと言っていい。
ブン
唸りを上げるフルーレの剣を紙一重で避けたアルジェは、壁際に置かれた荷物置きの台に足をかけて飛び上がった。
軽い体を逆手に取ったアクロバティックなスタイルは、地上のみを戦う場とする者にとって非常にやりにくい。
しかし、空中に身を置く彼女自身も、足場が無い為方向転換ができない。
いち早く落下地点に回り込んだフルーレは、再び大剣を振り上げた。
カキン
アルジェの剣が、フルーレの剣をいなす。
そして、彼の肩を踏みつけて、再び空中に舞った。
「はははっ」
フルーレが、笑った。
それは、それは、楽しそうに笑った。
人生で一度出会えるかどうかの好敵手に、たった十二歳という若さで出会えた幸福をかみしめる。
ずっと、物足りなかった。
ずっと、飢えていた。
本気で振り下ろせば殺してしまいそうな弱い相手に、力を出し切れないジレンマは、フルーレを何事にも熱くできない少年にしてしまっていた。
それが、どうだ。
自分より小柄な少女が、軽々と空を舞い、最高の笑顔で見下ろしてくる。
もっと、もっと、もっと。
剣を結ぶ度に、互いの熱量が上がるのが分かった。
「やばいって、止めた方がいいんじゃないか?」
ミネルバが、要らないことを言い出すと、
「「うるさい、黙れ」」
と二人して叫んだ。
そして、視線を交わすと、目を細めた。
その後のことは、よく覚えていない。
フルーレは、全身全霊で剣を振り、肉体の限界を超えようとした。
彼の唸る剣に、他の生徒達は、今まで見てきたフルーレは、全力を出していなかったのだと思い知らされた。
アルジェは、空を舞いながら、全身をバネのように弾ませて全ての剣を避けた。
教師も含め、ここに居る人間は、一人として彼女に一太刀浴びせる事を想像することができなかった。
「最高だ!」
咆哮のような歓喜の声を上げ、フルーレは、この出会いを神に感謝した。
時間は、終業の鐘が鳴ったところをみると、既に、三十分は越えていたのだろう。
フルーレは、全力で剣を振るい続けたが、結局一度もアルジェを捉えることは出来なかった。
それなのに、心と体が、感動に震えていた。
体力の限界に崩れ落ち、地面に転がると、アルジェの剣が自分の首元に添えられた。
己の負けが決したのに、フルーレは、両手を広げて、
「アルジェ、僕が勝ったら結婚してくれるかい?」
と熱烈に口説いた。
「今、貴方、負けたばかりよ?」
「知っているさ。でも、次がある」
まだ、1年生。
卒業後するまでに、これからも、対戦することは何度もあるだろう。
「十二歳のクセに、結婚だなんて、よく言うわ」
「君は、もう、一度結婚したよね?二度目があっても、良いと思うのだけれど」
「貴方、バカなの?」
「バカかどうかは、分からないな。でも、君を好きな気持ちは永遠だと誓うよ」
フルーレにとって、アルジェが自分を好きになってくれるかどうかは、たいした事ではない。
無論、好きになってくれれば、己の髪の毛一本までも捧げつくす気持ちはあるが、逃げ回られても追い続ける覚悟があった。
「アルジェ、愛してるよ」
己の進むべき道を見つけた少年は、この日より、アルジェ至上主義を公言するようになった。




