第十五話 呼び捨てにされる元王太子妃
アルジェは、期末テストとはいえ、真剣勝負に泥を塗られた気分だった。
負けた理由を声高に叫ぶのも無様なら、戦う前から逃げ腰なのも、万死に値する。
しかも、わけの分からぬ言い掛かりに、全身の血が、怒りで沸騰しそうだった。
「許せない……」
アルジェに睨みつけられ、男子生徒は、ブルブルと震えて床にしゃがみ込んでしまった。
風が吹くたびに、短くなった髪が、頬をなでる。
頭が軽くなったことで、思考が研ぎ澄まされたせいか、目の前の敵を倒す方法が次々と湧いてきて、脳内では既に3、4回抹殺していた。
そんな緊迫した空気の中、
「かっこいい…」
フルーレだけが、恋する乙女のように両手を胸元で組み、頬を染めていた。
いつもの細目がカッと見開かれ、意外と大きな瞳でアルジェを見つめている。
彼の目に映るアルジェは、まさに神のごとく凛々しく、輝かんばかりの威厳を放っていた。
彼の理想は、自分より強い女だ。
何故と聞かれても、生まれた時からそうだとしか答えられない。
前々から、アルジェのことは、強そうだとは思っていたが、どこか力をセーブしている匂いがした。
それは、フルーレ自身にも経験があることだ。
余りにも実力差があり過ぎて、本気を出せば殺してしまうと感じているからだろう。
どこか殻を破りきれていなかったアルジェが、今まさに、全身から覇気を発し、戦いに身を投じようとしている。
その相手を、自分がしないで、誰がする?
フルーレは、スススッと足音もなくアルジェの髪に近づくと、ヒョイと拾って、いそいそとウエストポーチにしまい込んだ。
今日の日の思い出に、大切に保管しなければならない。
その行為に驚いたアルジェが、声を上げた。
「貴方、私の髪をどうするつもり?」
「要らないから捨てたんでしょ?」
質問を質問で返し、はぐらかしたフルーレに、髪の毛を返す選択肢などない。
コレは、彼にとって、永遠の宝物になるのだから。
フルーレは、姿勢を正すと、真っ直ぐにアルジェを見た。
「悪いんだけど、対戦相手、僕でもいいかな?」
彼の質問の意図を測りかねたアルジェの右眉が、クイッと上がり真意を問う。
しかし、それには答えず、フルーレは、
「君は、うつくしいね」
と、ため息をついた。
今まで同級生として時間を共にしてきたが、今日初めて、彼女を美しいと思った。
特に、不揃いな髪の毛が、彼女の猛々しい魂を表しているような気がして、触れてみたくて仕方なかった。
うっとりとした熱視線を向けられ、アルジェは、
「え?」
と嫌悪感を露わにし、深く眉間にしわを寄せる。
本能的に、身の危険を感じたのだ。
「髪を切った姿は、正に、戦女神といったところかな」
「ふざけないで」
「本当さ、僕は、君になら踏まれてもいいよ」
正直に本心を吐露しただけなのに、アルジェが一歩足を後ろに引いた。
よほど、気持ち悪かったのだろう。
しかし、柄に手を掛けたフルーレの真剣な眼差しに、彼女の気持ちも決まったようだ。
期末テストとはいえ、アルジェとフルーレは、まるで戦場での一騎打ちのように真剣だ。
刃を潰した訓練用の剣だというのに、二人は相手を切り殺さんばかりの殺気を放っており、周りにいる同級生達は、息を飲んで見つめている。
先ほど無理矢理切り落としたばかりのアルジェの髪の毛は、毛先が全く揃っていない。
しかし、本人はまったく気にしておらず、逆に涼しくなって良かったと思っているようだ。
左右に一度頭を振ると、揺れる髪の軽さに口角を上げた。
「その髪型、似合っているよ」
「ありがとう」
「アルジェって呼んでも良いかな?」
「出来たら、止めて欲しいのだけれど」
「うん、分かったよ、アルジェ」
「今、私、断ったのよ」
「そっか……ご期待に添えず申し訳ない」
結局、フルーレは、最初から相手の承諾など必要としていなかった。
『アルジェ』と呼ぶことにしたから、『アルジェ』と呼ぶのだ。
そこに、彼の頑固さなようなものが詰まっており、これ以上の問答は無駄なのだとアルジェは悟った。




