第十三話 鬼教官な元王太子妃
アルジェが入学してから、2ヶ月ほど経った。
4月を迎えて春めいてきた頃に、丁度、2学期末を迎える時期になる。
ここ連日、様々な試験が行われており、皆、その為の復習に余念がない。
無論、それは、アルジェ達も同じ事で、自室でのテスト勉強に四苦八苦していた。
煮詰まり始めたミネルバが、
「全く、わからん」
と呟くと、
「右に同じ」
とサシャが机に突っ伏した。
「貴女達、最初からやる気がないわね?」
この1時間ほどの間、アルジェ以外は、最初に開いたページから進んでいない。
「これって、必要?」
サシャが文句を言う気持ちも、分からないではない。
これは、戦闘には関係ない礼儀作法の科目なのだ。
王妃や王女の護衛などを女性騎士が行う事は、良くあることだ。
それ故に、最低限の所作や礼儀は覚えなければならない。
アルジェにとっては当たり前のことでも、平民出身の彼女達にとっては、意味不明の事ばかり。
「なんでこんなに沢山フォークやナイフが要るんだよ。もう、手掴みでよくねーか?」
ミネルバの言うことも一利ある。
肉か魚によって違うナイフが存在し、しかも何本ものカトラリーが一度に並べられるのだ。
図解で、どれが間違った並べ方ですかと問われても、普段、ナイフとフォーク1本ずつで足りるのに意味不明なのだろう。
スープに関しても、カップに入れてすすれば良いだけだし、出兵先で優雅にテーブルマナーを実行する間などない。
しかし、これは、授業の一環であり、常識の範囲内の話だ。
決して騎士学校が悪いわけではない。
「…なら、実践してみましょう」
「はぁ?実践?」
「食堂に頼めば、カトラリーくらい貸してくれるでしょ?」
頭より体で覚えたほうが効率が良い2人を前に、礼儀作法など今更覚えずとも自然と体が動くアルジェが一肌脱ぐことにしたようだ。
「行くわよ」
「うへー、鬼教官現る」
「ミネルバ、もう時間ないからアルジェに縋るしかないって」
現状を一番理解しているサシャが、渋るミネルバを引っ張って、先を一人歩くアルジェを追いかける。
既に営業時間は終わり、片付けを始めていた厨房の面々が、元王太子妃の登場にざわついた。
「申し訳ないのだけれど、カトラリーを貸していただけないかしら?」
意外と腰の低い態度に、緊張した彼らもホッと息を吐く。
そして、事情を聴けば、あの問題児2人に、礼儀を叩き込むと言うのだ。
「そりゃ、面白い」
何人もの料理人が、笑いながら集まった。
そして、いっそ料理も並べてやろうと残り物を使って簡単なコースを作ってくれた。
「感謝いたします」
「あわわわ、そんな!」
アルジェが深々と頭を下げたのを見た料理人達は、驚いて返事に困りながらも、彼女の誠実さに感銘を受けた。
この件以来、アルジェの皿に盛られる量が、ほんの少し他より多くなったことは致し方ないことだろう。
彼らも人間なのだ。
「あれ~、いい匂いがするね」
どんな嗅覚をしているんだと突っ込みたくなる程遠くから、フルーレが匂いを頼りに現れた。
「夕飯を2回食べられるなんて、ラッキーだな」
誰も誘っていないのに、一緒に食べるらしい。
アルジェ用に用意した席に勝手に座ってしまった為、料理人達は超特急でもう一席用意した。
「頂きます」
フルーレは、そう言うと、憎たらしいほど完璧な作法でドンドン食べていく。
その横で、美味しそうな料理にヨダレを垂らしたミネルバとサシャが、鬼教官アルジェの指導のもとカタツムリ並の速度でご飯を食べている。
「アイツ、ぜってー、一発殴る」
美味そうに食べ続けるフルーレを、ミネルバが横目で睨んだ。
「やめときなよ。惚れられたら、面倒臭だよ」
彼の好みが、『自分より強い女性』と言うのは、誰もが知る事実だ。
珍しくサシャが正論を言い、アルジェも深く頷く。
兎に角、この男、色んな意味で面倒臭い。
学力面も体力面も精神面も、異常に強い。
特に、精神面は、叩かれている事にすら気付かぬほど強い。
己の信念をフワフワとした笑顔のまま、決して曲げない二面性を持つ。
もし仮に、不意打ちで一発彼を殴れたとしても、惚れられて、追いかけ回される未来しか見えない。
「くそ~、本当に、めんどくせ~」
文句をダラダラ言い続けながらも、なんとか完食した落ちこぼれ二人は、鬼教官のお陰で次のテストでギリギリ赤点を免れることになった。
まさか、この期末テストで、アルジェがフルーレに惚れ込まれ、追いかけ回される人生を送るようになるとは、この時誰一人思ってもいなかった。




