第十一話 対抗心をわかす元王太子妃
食堂のど真ん中で、楽しげに獣の解体について話す三人娘は、周りの人間が、どんどん自分達と距離取っていることに気付かない。
多分、自分達以外に興味がないのだろう。
追加でもう一つケーキを頼み、血抜き談義に花を咲かせている。
しかし、果敢にも、そんな彼女達に、
「尻尾も落として川の水に浸すと、早くて後処理が簡単だよ」
と1人の少年が声をかけてきた。
どうやら、血抜き談義に加わりたいらしい。
黒髪が印象的な彼は、クラスメイトのフルーレ・ギヤマンテ。
彼の存在を意識していなかったアルジェは、名前すら分からない同級生を前に、黙り込む。
しかし、既に半年の付き合いがあるミネルバが、
「フルーレ、テメェ、アルジェ狙いか?」
とニヤつきながら、軽口を叩いた。
平民を嫌う貴族が多い中、彼は、常に誰に対しても態度を変えない。
故に、ミネルバとサシャが、唯一まともに話せる同級生だった。
こう言うと、とても良い人そうだが、そうでもない。
彼もまた、1年の中では、何を考えているのかわからない『不思議君』として浮いている一人だ。
「ミネルバ、なんでも恋愛に結びつけるのは、君の良くない癖だよ。僕は、自分より強い女性以外、男性としての欲求が反応しない質なんだ」
「はっ!なら、一生童貞だな!」
「そうならないことを願うよ」
ミネルバの歯に衣着せぬ物言いにすら、気分を悪くすることもなく、実に優しい口調で答えている。
座る3人に影を落とすほど大きな体は、無駄な筋肉をつけておらず、全体的バランスを見れば細身にすら見えた。
しかし、二の腕はアルジェの細腰くらいあり、剣を振るうに特化した体つきをしている。
ニコニコと笑っているが、元々切れ長の目らしく、糸のように細まって目の奥が見えない。
得体のしれなさとしては、多分、アルジェ達よりも上だろう。
「やぁ、アルジェ・ロッシーニ公爵令嬢。ご機嫌いかがかな?」
全く真意が読めない男に、アルジェは、折角のケーキが不味くなったと顔をしかめる。
「これは困った、最初から警戒されてしまったな」
と言いつつ、フルーレからは困っている雰囲気は全く感じられなかった。
それどころか、勝手にアルジェの前に座ると、ジーッと彼女の手元を見つめ、物言いたそうにしている。
「何かしら?」
「いや、見事な剣ダコだと思って」
女性的な見た目の儚さと裏腹に、アルジェの手は、鍛錬を続けたことで皮が厚くなっている。
何度も裂けたマメが徐々に固くなり、ちょっとやそっとでは血が出ない手になっていた。
しかし、そんな部分を熱心に見つめられると、ちょっと気持ち悪さを感じる。
「貴方、不躾で感じが悪いわ」
「あぁ、よく言われる」
「直そうとは思わないのかしら?」
「これも僕の個性だから、受け入れてくれる人だけ受け入れてくれればいいかなと思っている」
集団行動を基本とする軍や近衛隊では到底受け入れられない考えだが、アルジェは、ほんの少し共感する部分があった。
とは言え、いまだに自分の剣ダコを触りたそうに見つめる少年は、薄気味悪い。
「私、貴方を受け入れられそうにないわ」
「それは、残念」
全く残念そうでもないフルーレに、益々アルジェは、調子を崩される。
その様子をサシャとミネルバは、面白そうに眺めていた。
「フルーレ、距離の縮め方がおかしいぞ」
「ミネルバ、君にだけは言われたくないな」
「喧嘩なら買うぞ」
「君とは戦わないよ。だって、僕が勝ってしまうから」
自信過剰とも言える発言だが、腕の立つ者達だけに、アルジェもサシャも、そしてミネルバ自身も、それが事実だと分かっている。
「誰かにコテンパンにやられちまえ!」
「そんな歯ごたえのある女性がいたら、求婚するよ」
フルーレは、眠そうに欠伸をすると、急に興味をなくしたように、
「じぁあね」
と去っていった。
「あの失礼な人は、誰?」
「名前くらい覚えてやれよ。フルーレ・ギヤマンテ。騎士団長の息子だよ」
去っていく後ろ姿に、アルジェは、只者ではない気配を感じた。
足運び、息づかい、全てが剣の道に通じているのだ。
「気に食わないけど、強そうね」
「まぁ、上の学年との交流戦で、上級生の頭カチ割ったくらいだからな」
きっと、ミネルバの評価は、正当なものなのだろう。
アルジェは、フルーレ・ギヤマンテの名前を覚えた。
そして、決して負けぬと心に誓った。




