第十話 血抜き談義に花を咲かせる元王太子妃
「はじめまして、アルジェ・ロッシーニと申します。よろしくお願いいたします。」
一年生の途中入学を果たしたアルジェが、同じクラスとなった面々に初めての挨拶をすると、皆が様々な反応を示した。
噂の元王太子妃。
自分の夫を守る為凶刃に倒れたと聞いたが、目の前の少女は、意外と元気そうだ。
思ったより小柄で、顔の大きさなどミネルバの握りこぶしほどしかない。
無理やり締め付けて子供体形に見せていた時と違い、やや膨らみを見せた胸元は、女性らしさも感じさせる。
美しい銀色の長髪は、邪魔にならないよう軽く後ろで束ねられ、化粧気はなく、清潔感にあふれていた。
だが、その瞳は気迫に満ち、実際に立ち会わずとも、力量を垣間見せるだけの立ち居振る舞いをしていた。
もっとお涙頂戴の展開でもあるのかと思っていた一部の生徒は、肩透かしを食らった感じだった。
それとは別に、隣国の公爵家との繋がりをつけたい高位貴族の子息達は、目の色を変えていた。
ロッシーニ家と言えば、こちらの国でも名の通る武闘派の家柄だ。
彼らも、元王太子妃との身分差は、理解している。
婚姻などと大それた事は望まないが、重要なポストでの採用などにも道が開けるかもしれない。
そんな男子を横目に、彼らに秋波を贈っていたご令嬢たちは、良い気分がしない。
入学式が終わって半年が経っている。
その間、必死に彼らの心を射止めようと画策していた彼女達は、どんな些細な障害も許せないらしい。
不穏な空気を漂わせながら、女子同士で目くばせし、頷き合っている。
何か、嫌がらせでもするつもりだったのかもしれない。
しかし、それが現実に行われることは無かった。
何故なら、その後判明していくアルジェの、えげつないまでの肉体的精神的強さが、彼女達の戦意を喪失させたからだ。
「では、席について」
一番後ろの席を指さされ、アルジェは、今日もらったばかりの教科書を手に一歩踏み出す。
隣の席のミネルバが手を振るものだから、つい、笑みがこぼれた。
ほぉ~
どこからともなく、感嘆のため息が漏れた。
一見冷たそうに見えたアルジェの表情が、とろけたからだ。
「お前、袋も持ってねーのかよ」
「後で、買う」
「金、持ってるのか?」
「一応」
「じゃ、後で一緒に見に行こうぜ」
二人の気安い物言いに、周りの生徒たちが驚いた表情を見せた。
ただでさえミネルバの言動には皆良い思いをしておらず、学校の品位を下げると苦情すら出ている。
しかし、実力主義を貫く学校としては、彼女の実戦での成績を鑑みて、注意にとどめていた。
卒業生の全員が、近衛隊に入るわけでもないのだ。
戦地の最前線で、お上品な口調など何の役にも立たない。
「お話は、後で二人だけでしてください。はい、では、授業を始めます」
今日の授業は、遠征先での食事の確保に関しての講義だった。
長期にわたると、持参する食糧が底をつくこともある。
その場合、現地の野生動物を狩り、解体して食すことも往々にしてある。
女子生徒の中には、細密に描かれた図解を目にし、吐き気を催している者も居る。
しかし、冒険者生活を送っていたミネルバや、戦地を逃げ惑っていたサシャにとっては、復習にすらならない初歩的なものばかり。
二人とも退屈に欠伸を堪えていたが、ふと、アルジェも同じような遠い目をしていることに気づいた。
奥歯を噛み締め、涙目になっている所、かなり眠いらしい。
その様子が可笑しくて仕方なかった彼女達は、講義後に、アルジェを二人で挟み込み、食堂へと一直線に走った。
そして、無料なことを良いことにケーキを二つずつと飲み物を頼み込み、
「なぁ、アルジェ、お前も、解体とかしたことあんの?」
と問いただした。
「うさぎくらいしか捌いたことはないけど」
「うさぎかぁ。美味しいけど食べる所少ないよね」
「そうね。できれば、イノシシとかの方が良かったのだけど、お父様が駄目って言うから」
「なんでー、おじょーさまは、お淑やかでやんのー」
3人の会話に耳をそばだてていた周りの1年生は、皆、知識としては知っていても実践はまだの者ばかり。
「お貴族様でも、血抜きって、やっぱ、クビ落として逆さ吊りか?」
「そうね。それが一番簡単だし」
甘いケーキを食べながら、まるでファッションや恋愛話のように盛り上がる3人から、全員が距離を取り出した。
ただ一人、黒髪の少年を除いては…。




