第九話 川の字に眠る元王太子妃
「意外と荷物すくないんだな」
ミネルバが驚くのも無理はない。
アルジェが持ち込んだのは、背中に背負った大きなリュック一つだった。
中には、最低限の下着と着替え、そして非常食が入っている。
腰には、やや大きすぎる剣と水の入った革袋。
今から、討伐にでも出るのかと言いたくなるような服装だ。
「制服は、支給されるって聞いていたので」
「ふーん、お貴族様って、どいつもこいつも、キラキラしてるものを着るもんなんだって思ってた」
実力主義とは言え、王家を守る近衛隊も育成する騎士学校だけに、入学を希望するのは殆どが貴族だ。
特に、高位貴族の次男、三男などは、長男が跡を継いだ後の就職先として、手に職をつけておく必要があった。
その選択肢としては、この騎士学校は、最上位の位置づけにある。
ゆえに、普段の服が華美ではなくとも、上質なものを着ているものが多い。
特に女性の中には、結婚相手として申し分ない男子生徒に色目を使う者もおり、休日に不必要に着飾る者もいた。
「キラキラは、飽きたので」
「お、流石、元王太子妃」
冷静に答えるアルジェと変なテンションで掛け合いをするミネルバ。
それを横で見ているサシャの胃はキリキリと痛む。
なにせ、相手は、隣国の元王太子妃。
普通なら、口すらきくことの許されない存在なのに、ミネルバは、ズケズケとものを言う。
「ミネルバ、あんまり失礼なこと言ってたら、無礼打ちされるわよ」
「お前こそ、無礼だな。見てみろよ。アルジェの立ち姿を。コイツ、相当強いぞ」
確かに、今戦えば、どこから攻めればいいかすら分からないほど、アルジェには隙が無い。
本気になれば、自分など、軽く殺られる。
そんな彼女が、案外と楽しそうに部屋を見回し、自分達を嫌っていないていないだけで、幸運のような気がしてきた。
サシャは、フーッと息を吐いた後、覚悟を決めて右手をアルジェに差し出した。
「私の名前は、サシャ。得意なのは、弓での遠隔攻撃」
「私の名前は、アルジェ。得意なのは、剣での直接攻撃」
あえて家名を名乗らなかったアルジェに、二人の好感度が、かなり上がった。
ガッシリと手を結び、深くうなずく二人を前に、ミネルバが焼きもちを焼く。
「え~、ちょっと置いてけぼりとかやめろよな。アタイは、ミネルバ。得意なのは拳での打撃攻撃。手の届く範囲内なら死角はない」
握手する二人の手の上に自分の手を置き、白い歯を見せた。
「いいじゃん、いいじゃん、うちら、結構良いチームくめるんじゃねーの?」
色々な実習を行う際は、同室の者と組むことが多い。
この日を境にし、アルジェ達の学年で女子限定で話をすれば、この三人の選抜隊は反則行為と言っていいほどの強さを誇るようになる。
その時になって、アルジェを同室に引き込まなかったことを後悔しても遅いのだ。
「明日、ベッドがもう一個来るらしいから、今日は、私と一緒に寝よう」
サシャに言われ、アルジェが珍しく驚いた顔を見せる。
「一緒に寝ていいのですか?」
「もう、堅苦しい。遠征行ったらテントでごろ寝だよ?今からそんなんで、どうするの?」
「いや……嫌なんじゃなくて……」
アルジェは、嬉しそうに頬を赤く染めた。
女の子の友達が一人もいなかった彼女にとって、今日初めて会ったばかりの人間が、最も気を抜くベッドを共にしてくれるとは思ってもいなかった。
「おいおい、楽しそうだな。そうだ!これ引っ付けて、三人で寝ようぜ!」
力自慢のミネルバが、勝手にベッドを動かし二つを並べてしまった。
一人で寝るのもやや手狭なシングルベッドが、二つでならギリギリ三人でも眠れそうだった。
「ありがとうございます」
「ちょいちょい、その言葉使いやめてくれないか?むず痒くって仕方ない」
ミネルバがわざとらしく体を掻くものだから、アルジェもつい笑ってしまった。
「分かった。じゃぁ、今日から、よろしく」
「任された!」
「私も歓迎よ!」
結局、次の日も、新しいベッドが運び込まれることはなかった。
この日から卒業するまでの六年間、彼女たちは、二つのベッドで三人川の字になって眠るのだった。




