表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英星王座戦 リアライメント・アーク  作者: 明丸 丹一
第5章 終末星域オムニアーク
PR
58/59

第7話 リアライメント・アーク・リスタート

 星環王座ゾディアック・スローンの中枢が、静かに開いた。


 赤い表示は、まだ残っている。


 簒奪要求ユーサープ・リクエスト


 ハルト・ノアがそのまま手を押し込めば、星環王座は覇王による王座干渉として応答する。王座を奪い、既存の配列を書き換え、天上管理者の権限を上書きするための経路が開く。


 だが、ハルトはそれを押さなかった。


 指先は、赤い表示の手前で止まっている。


 彼の右目には、赤い冠星紋クラウン


 左目には、青い冠星紋クラウン


 奪う者の星と、守る者の星。


 二つの光が、同じ軌道を回っていた。


 シオン・アステルは、その横に立っている。


 裁定鎖秤アストライアの鎖は、まだ完全には消えていない。砕けた鎖は銀の粒になって星環王座の外縁を漂い、残った鎖はシオンの手元で細く震えている。


 ナギ・カランはもういない。


 黒衣をまとい、小さな斧で鎖をぶち斬った少年は、汗と小便と血と潮の匂いだけを残して、黒い水の底へ帰った。


 零刃ゼロブレイドは、何も言わずにハルトの背後に立っている。


 線を見る力は、まだ完全には戻っていない。


 蒼い光刃も出していない。


 ただ、ハルトが倒れないように支えていた。


 アウレリアの巨大な白金の手は、上空から残った鎖を包み込んでいる。


 未来視も、天弓も、まだ沈黙している。


 それでも、その手はハルトへ届く鎖を受け止めていた。


 ケーニギンは、切れた鎖の端を離さず、道を保っている。


 黒金の蜂たちは、完全な蜂巣を作ってはいない。薬蜜も、眷属蜂の全権能も戻っていない。


 だが、小さな羽音が銀の鎖に触れるたび、鎖の軌道はわずかに逸れた。


 三者は、ハルトの兵ではない。


 命令で来たのでもない。


 ただ、落ちる者を支え、守るべき者を受け止め、壊れかけた巣の道を保っている。


 それだけだった。


星冠英星アステリズムを、星環王座の基幹外縁へ仮接続します」


 シオンが言った。


 その声は、管理者の声だった。


 けれど、さっきまでの封鎖命令とは違う。


 止めるためではなく、見届けるための声だった。


裁定鎖秤アストライアは、自動迎撃権限を一時制限。英星原型からの応答を、即時不正接続として処理しません」


 白い盤面が開く。


 星環王座の中枢外縁に、小さな空白が生まれた。


 そこは召喚座ではない。


 命令を送る座でもない。


 英星エクススターが応えるかどうかを選ぶための回廊。


 過熱スーパーヒートを渡すかどうかを選ぶための経路。


 沈黙も、拒否も、保留も、限定応答も、すべて記録できる空白。


 ハルトは、ゆっくり息を吐いた。


「変えます」


 声は大きくなかった。


 それでも、星環王座の十二の環が応じた。


 彼は続ける。


「王座を奪いません。壊しません。多宇宙支援系も切りません。過熱循環そのものも消しません。熱的死ヒートエンド回避機構も、継続します」


 シオンは何も言わない。


 ただ、聞いている。


「ただ、王座がすべてを決める構造だけを変えます」


 君主タイクーンの青い冠星紋クラウンが、星環王座の深層へ伸びる。


 熱的死ヒートエンド回避機構へ接続する。


 奪われた権限が暴走しないように、青い光が王座の基幹を支える。


 同時に、覇王ユーサーパーの赤い冠星紋クラウンが、既存配列の奥へ届く。


 ただし、奪わない。


 赤い光は、王座を簒奪するためではなく、閉じた配備経路にひびを入れるために伸びていく。


 青が支える。


 赤が開く。


 ふたつの冠星紋が、星環王座の中枢で噛み合った。


 星冠英星アステリズムが、背後で完全に開く。


 それは冠だった。


 同時に、空席だった。


 赤と青の星が交互に回る星冠の内側に、誰も座っていない座がある。


 そこは、英星を縛る座ではない。


 英星を呼びつける座でもない。


 星海へ問いを渡すための、まだ何も決めていない場所だった。


星冠英星アステリズム、基幹外縁接続」


 シオンが入力する。


 ハルトの手の横に、彼女の手が重なった。


 直接触れたわけではない。


 同じ光に、ふたりの指先が触れている。


 星環王座の中枢が深く鳴った。


 古い王座戦の配列が、ひとつずつ表示される。


 英星エクススター強制配備権限。


 君主タイクーン覇王ユーサーパー適合率判定。


 過熱スーパーヒート自動巻取。


 英星記録群再配備履歴。


 裁定鎖秤アストライア自動迎撃機構。


 英雄配役盤ヴァロール・ステージ残存補助線。


 その最後の項目を見た時、シオンの指が一瞬だけ止まった。


 ダイナの旧い盤面は、完全には消えていなかった。


 前話で零刃の影が斬り、アウレリアの影が照らし、ケーニギンの蜂が穴を開けた傷が、まだ配線の奥に残っている。


 シオンは、それを見て、静かに息を吐いた。


「一万に近い周期」


 ハルトは振り返らなかった。


 けれど、彼女の声を聞いていた。


「私は、王座戦を管理してきました」


 その声には、疲れがあった。


 摩耗もあった。


 けれど、初めて、ほんの少しだけ人間の声に戻っていた。


「時間は、無限に近いほどあります」


 シオンは、星環王座を見上げた。


「新人に仕事を少しの間任せても、いいでしょう」


 ハルトは、ようやく振り返った。


 シオンは笑っていなかった。


 けれど、止めてもいなかった。


 ハルトは小さく息を吐いた。


「先輩の助けも必要です」


 シオンの目が、わずかに揺れた。


「……先輩」


「一万周期も先輩なら、そう呼ぶしかないでしょう」


 言ってから、ハルトは少しだけ困ったように笑った。


 シオンは笑わなかった。


 けれど、その沈黙は冷たくなかった。


 零刃は、何も言わずにハルトを支えている。


 アウレリアの手が、まだ上から守っている。


 ケーニギンは、切れた鎖の端を離さず、道を保っている。


 ナギ・カランはもういない。


 鎖だけを断って、海の底へ帰った。


 シオンは、長い沈黙のあと、コンソールへ歩み寄った。


 ハルトの隣に立つ。


 ふたりの手が、同じ王座の光に触れた。


「補助します」


 シオンは言った。


「管理者としてではなく」


 少しだけ、言葉を探す間があった。


「先輩として」


 ハルトはうなずいた。


 星環王座の中枢が開く。


 十二の環が、再演算を開始する。


 最初に、影記録召喚の経路が閉じられた。


 ハルトが前話で引きずり出してしまった英星の影。


 零刃の線を見る力を奪われた影。


 アウレリアの未来を選べなくなった影。


 ケーニギンの蜜を届けられず消えた影。


 それらを二度と、星冠英星アステリズムが勝手に引き出さないよう、経路そのものが閉鎖される。


 そして、シオンは、星環王座に新しい記録を刻んだ。


 観測対象、終端星域オムニアーク。


 分類、多宇宙王座戦管理領域。


 主要矛盾、壊れた宇宙への救済配備と、過熱スーパーヒート自動巻取による使命の役割化。


 星環王座管理者、シオン・アステル。


 異常覚醒者、ハルト・ノア。


 二重冠星紋、確認。


 星冠英星アステリズム、影記録召喚型から応答接続型へ移行。


 裁定鎖秤アストライア、自動迎撃権限を制限。


 英星エクススター、強制配備から自律応答へ移行。


 過熱スーパーヒート、自動巻取から応答循環へ移行。


 熱的死ヒートエンド回避機構、継続。


 最終処理。


 英星配列改良リアライメント・アーク・リスタート


 起動。


 記録が閉じる。


 星々は、一斉には輝かなかった。


 応える星があった。


 沈黙する星があった。


 遠ざかる星があった。


 まだ何も選ばない星があった。


 ナギ・カランは、すべての鎖を断つのではなく、目の前の一本だけを断って、また海の底へ戻った。


 シオンは、それを初めて失敗率ではなく、選択として記録した。


 それは、秩序の再構築ではなかった。


 王座陥落リアライメントでもなかった。


 玉座解放アーク・リスタートでもなかった。


 王座戦リアライメント・アークですら、もうなかった。


 リアライメント・アーク・リスタート。


 英星は自らの使命によって、降る。


 もう、星冠紋マークに降るだけの道具ではない。


 軌道接続オンユアマーク使命遂行セット・スタート

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでくださってありがとうございます。

『英星王座戦 リアライメント・アーク』は、守る者と奪う者が、滅びかけた世界の次の秩序を賭けて戦うSFヒーロー連作です。

続きが気になった方は、ブックマーク・評価・感想で応援してもらえると励みになります。
好きな英星、気になった王座戦、読みづらかった箇所など、ひと言でも歓迎です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ