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英星王座戦 リアライメント・アーク  作者: 明丸 丹一
第4章 追憶仮想都市コロニー2020
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第9話 円卓十二席《パラティヌス・トゥエルブ》

 白銀の騎士が、駅の改札前に降り立った。


 円卓聖騎士第二席『門』。


 その騎士は、顔を持っていなかった。


 兜の奥は白い光で満ち、胸には門扉の紋章が刻まれている。左腕には巨大な門盾。右手には、鍵の形をした長槍。


 ログアウトゲートの前に並んでいた未来人アルファたちは、息を呑んだ。


 白い改札は、コロニー2020の出口だった。


 ここから出たい者は、自分の意思で出られる。


 第二席《門》は、その出口の前に立ち、鍵槍を床へ突き立てた。


 瞬間、改札が変わる。


 本人意思確認。


 移行先確認。


 保全価値評価。


 人格安定性評価。


 円卓承認。


 そのすべてが、白銀の手続きとしてゲートの前に積み上がる。


 出口は残っている。


 だが、出口ではなくなっていく。


 黒瀬真生くろせまおは、それを見て笑った。


 笑ったが、目は笑っていない。


「また門か」


 彼の背後に、黒銀の剣士が立つ。


 零刃ゼロブレイド


 蒼い光刃が、右腕から伸びる。


 第二席『門』は、鍵槍を真生へ向けた。


「無許可離脱は転落と見なす」


 白銀の声。


 人間の声ではない。


 円卓秩序の機能が、騎士の形で発話している。


「復元人格の保全を優先。未来人アルファ離脱には円卓承認が必要」


 真生は、吐き捨てるように言った。


「現実へ戻るのに、また許可か」


 第二席『門』が鍵槍を振る。


 ログアウトゲートの足元が、白銀の穴へ変わる。


 出ようとした者たちの足場が消える。


 離脱を選んだ瞬間、円卓はそれを転落と判定し、安全の名で止めようとする。


 悲鳴が上がった。


 だが、誰も落ちなかった。


 零刃ゼロブレイドが動いていた。


 蒼い線が、足元に走る。


 転倒防止。


 落ちる者を支える、零刃の原初機能。


 真生は、前ならその機能を逆に使って、人々を偽物の床から落とそうとした。


 だが今は違う。


 落とさない。


 蒼い光が、復元人格たちの足裏と白い改札の間に細い床を作る。


 真生は言った。


「斬れ。だが、落とすな」


 零刃の目が光る。


 零刃は線を読む。斬るべき線を。


 鍵槍が作った防御線。


 出口ゲートを手続きに強いる線。


 円卓承認へつながる白銀の線。


 そのすべてを、零刃は見た。


 刃が走る。


 蒼い水平線が、白銀の門を断つ。


 第二席《門》の鍵槍が、半ばから断たれる。


 門盾が割れる。


 ログアウトゲートにかかっていた円卓承認の白銀線が、一斉に切れる。


 だが、床は落ちない。


 零刃の切っ先は、出る者の足元を残していた。


 第二席《門》はまだ退かない。


 砕けた門盾を再構成し、改札そのものを白銀の門へ変えようとする。


 真生が、右目を光らせた。


 赤い冠星紋クラウンの周囲には、黒金の王針印が刻まれている。


 そこから、黒金の蜂が一匹飛んだ。


 ハイヴの通信子。


 有人とケーニギンが開いた黒金蜂巣ハイヴ・インペリウムのノード。


 真生は、その蜂を見て舌打ちした。


「管理者に指図されてるみたいでムカつくな」


 だが、退かない。


 零刃が両腕を構える。


 蒼い刃が、空間に長く伸びた。


超真星スーパーノヴァ、起動」


 黒銀の剣士の周囲で、駅の床、線路、改札、階段、ホームドア、そのすべてのワイヤーフレームが浮かび上がる。


 落ちる線。


 止まる線。


 支える線。


 許可の線。


 禁止の線。


 誰かがどこかへ行こうとする時、足元に張られる見えない線。


 零刃は、そのすべてを見た。


「――断空ホリゾント・ブルー


 青い水平線が、駅を横切った。


 第二席《門》の白銀の門が、上下にずれる。


 鍵は破壊される。


 閉じるはずだった扉が、閉じない。


 許可を待つはずだった人が、自分の足で前へ進めるようになる。


 ログアウトゲートが、離脱申請窓口から、本人の意思で進むための出口へ戻っていく。


 真生は、白い改札を見て言った。


「行きたい奴だけ行け」


 復元人格の一人が、一歩進む。


 もう誰も、それを申請とは呼ばなかった。


 観光者フィールドの内側で、未来人アルファたちがざわめいた。


「え、ゲート開いた?」


「待って、観光者側の退去導線も変わってない?」


「これ、こっちも巻き込まれてる?」


「演出だろ。最終章っぽいじゃん」


 真生は、不可視フィールドの方を見た。


「演出だと思うなら、並べよ」


 観光者たちは、そこで初めて黙った。


 駅区画の上で、零刃は蒼い刃を下ろしたまま止まっていた。


 超真星は撃った。


 門は斬った。


 出口は開いた。


 だが、円卓の白銀線はまだ遠くで蠢いている。


 零刃はもう次の攻撃には動けない。


 代わりに、落ちる未来と落ちない未来を見ていた。


 ログアウトゲートから、市役所上空へ続く白銀の中心線。


 それが最後にどこへ集まるのかを、蒼い眼で見定めていた。


 ◇


 病院区画の上空では、白金の女神が弓を引いていた。


 聖騎士第三席パラティヌス・スリー『医』と第十一席イレブン『審』が、同時に降りていた。


 第三席『医』は、白い槍と治療輪を持つ医療騎士だった。


 傷を塞ぐ。


 痛みを減らす。


 不安を鎮める。


 その機能だけを見れば、悪ではない。


 むしろ、善そのものだった。


 第十一席『審』は、薄い白銀の天秤を背負う騎士だった。


 未来を測る。


 最も苦痛が少なく、最も損失が少なく、最も秩序に適した未来を選ぶ。


 病院区画は、二つの席によって美しくなりかけていた。


 病気は減る。


 記憶の保存も最適化される。


 だが、選ぶのは患者ではない。


 母親でもない。


 医師でもない。


 円卓が選ぶ。


 白羽レイナ《しらはれいな》は、それを見て、心底不快そうな顔をした。


「私の進歩まで、許可制にする気?」


 彼女の背後で、アウレリアが光輪を広げる。


 白金の腕。


 二本の剣。


 剣が合わさり、巨大な弓になる。


 アウレリアは静かに第三席『医』へ弓を向けた。


 第三席『医』は治療輪を展開する。


「最適医療を提示」


 第十一席『審』が天秤を掲げる。


「不適切な未来を裁定」


 病院全体に、一本の白銀の道が引かれる。


 最も苦しまない未来。


 最も効率の良い未来。


 最も後悔の少ない未来。


 その一本だけが、太く、正しく、白く輝く。


 レイナは小さく笑った。


「最適解が一つだと思っている時点で、古いわ」


 アウレリアが弓を引く。


 矢は一本ではなかった。


 白金の光が分裂する。


 十。


 百。


 千。


 治療を優先する未来。


 記憶を残す未来。


 痛みを減らす未来。


 痛みを語り継ぐ未来。


 本人が選ぶ未来。


 家族が選ぶ未来。


 医師が提案する未来。


 途中で考えを変えられる未来。


 間違えても戻れる未来。


 色とりどりのあらゆる未来が、病院の上空に広がる。


 第三席『医』が白槍を構える。


 第十一席『審』が天秤を傾ける。


 一本へ戻そうとする。


 アウレリアの光が、それを許さない。


 そのさらに上で、白銀の影が動いた。


 聖騎士第一席パラティヌス・ワン『剣』。


 円卓十二席の第一席。


 アルトリウスではない。


 しかしアルトリウスのような白金の鎧をまとい、聖剣めいた白銀の剣を持っている。ただ深紅の外套の代わりに深い蒼の陣羽織サーコートを着ている。


 アルトリウスとは、違う。


 中身がない。


 人格がない。


 ただ、円卓の決議を剣として実行するための影武者だった。


 アルトリウス本人の前に立つ、執行用の影。


 円卓決議圏の影武者ノード。


 第一席『剣』は、病院区画の上で白銀の剣を振り上げた。


 アウレリアが広げた複数の未来線が、剣の軌道へ吸い寄せられていく。


 どの未来を選ぶか。


 誰が決めるか。


 その問いごと、秩序の執行へ切りそろえようとしていた。


 レイナは、それを見上げた。


「影武者ね」


 第一席『剣』は答えない。


 答える人格がない。


 ただ、剣を振る。


 アウレリアの未来線を、円卓の決議へ戻すために。


 レイナの声が冷えた。


「進歩を、偽物の剣で裁くな」


 アウレリアが、弓を完全に引き絞る。


 病院区画だけではない。


 駅、学校、戦争記録区画、外洋航路、市役所。


 そこに広がりかけた複数の未来線まで、アウレリアの視界へ入る。


 第一席《剣》は、それらを切りそろえる影武者。


 ならば、ここで撃ち抜く。


超真星スーパーノヴァ、再照準」


 白金の光輪が、最大まで開いた。


 第一席『剣』が、白銀の剣を振り下ろす。


 それより速く、アウレリアの矢が放たれた。


「――天弓閃光スペクトラム・レイ!」


 虹色の閃光が、市役所上空へ伸びた。


 赤。


 橙。


 黄。


 緑。


 青。


 藍。


 病院から放たれた七色の光が、人を越え、地を越え、空を越え、天を照らし、第一席『剣』、第三席『医』、第三席『医』を真正面から貫いた。


 白銀の剣が折れる。


 兜が割れる。


 鎧が砕ける。


 第一席『剣』は、白金の光の中で消滅した。


 第三席『医』の治療輪が砕ける。


 第十一席『審』の天秤が大きく揺らいで消える。


 病院区画の未来が、再び無数に分かたれる。


 見学用フィールド内の観光者が、息を呑んだ。


「今の、女神が騎士を落とした?」


「騎士の方は、消えたよな」


「これ、もうイベントっていうか、戦闘ログが追えないんだけど」


「退出ボタン、まだ戻らないんだけど」


 レイナは、横目でその声を聞いた。


「選ばない人間ほど、他人の選択をイベントにしたがるのね」


 観光者は、返せなかった。


 アウレリアは、光輪を揺らしながら空に浮かんでいる。


 第一席『剣』を撃ち抜いた。


 医療席と裁定席を揺らがせた。


 それは大きな勝利だった。


 だが、彼女も次の矢は放てない。


 天弓閃光スペクトラム・レイの残光の中で、アウレリアは未来を見ている。


 この後、誰が動けるのか。


 どの未来なら一撃が届くのか。


 白金の視線だけが、ハイヴを通じて有人たちへ流れていく。


 ◇


 戦争記録区画では、五色の光と白銀の鎖がぶつかっていた。


 聖騎士第五席パラティヌス・ツー『記』。


 巨大な書板と記録鎖を持つ白銀騎士。


 第九席ナイン『災』。


 避難図と警鐘を背負う白銀騎士。


 二つの席は、焼け跡を整えようとしていた。


 爆撃。


 避難。


 救助。


 炊き出し。


 復興。


 証言。


 その順番は正しい。


 説明も分かりやすい。


 観光客にも理解しやすい。


 だが、怒りが消える。


 匂いが消える。


 証言の食い違いが消える。


 誰かが言葉を失った沈黙が、演出上の間にされる。


 相良ミツル《さがらみつる》は叫んだ。


「記録に整えるな!」


 五柱ごちゅうが、彼の周囲に並ぶ。


 木柱リグナ。


 火柱イグニス。


 土柱テルス。


 金柱フェルム。


 水柱ウンダ。


 第五席『記』の書板から、白銀の鎖が伸びる。


 証言を一列に並べる鎖。


 第九席『災』の警鐘が鳴る。


 避難経路を最短化する音。


 それは、正しい。


 だが、戦争の後を生きた人間の記録は、正しさだけではできていない。


 リグナが青龍長槍を地面へ突き立てる。


 整列した証言展示の下から、曲がった木の梁が伸びる。


 イグニスが朱雀双刃を振る。


 展示用に調整された火の色が、焦げた煙へ戻る。


 テルスが黄龍盾槌を打つ。


 均された避難所の床に、踏みしめた土の重さが戻る。


 フェルムが白虎刀を抜く。


 美しく分類された記録の鎖を、荒く斬る。


 ウンダが玄武鎖鞭を流す。


 一つに整えられた証言の流れを、幾筋もの水路に分ける。


 誰かは怒っていた。


 誰かは許そうとしていた。


 誰かは何も言えなかった。


 誰かは間違って覚えていた。


 誰かは、忘れたふりをしていた。


 それらが同時に戻ってくる。


 第五席『記』が鎖を広げる。


 第九席『災』が警鐘を強く鳴らす。


 ミツルは、歯を食いしばった。


 五柱は強い。


 だが、第五席『記』と第九席『災』は二人で一つの円卓記録系を成していた。


 記録を整え、災害を導線化し、死と復興を正しい順番に並べる。


 五柱の五行が場を戻しても、円卓聖域がすぐに書き換えてくる。


 炊き出しの火は展示灯へ。


 避難所の床は見学通路へ。


 証言の水路は一本の年表へ。


 五柱が直すたび、円卓が整理する。


 見学フィールド内の観光者が、白い顔で後ずさった。


「音量、上がってない?」


「煙の匂いも濃くなった」


「ちょっと、これは苦手かも」


「スキップできないの?」


 ミツルが振り返った。


「できると思うな」


 その一言だけで、観光者たちの口が止まった。


 ミツルは叫んだ。


「五柱!」


 五柱が一斉に応じた。


 リグナが長槍を掲げる。


 イグニスが双刃を交差する。


 テルスが盾槌を地へ置く。


 フェルムが白虎刀を天へ向ける。


 ウンダが鎖鞭を円に描く。


 五色の光が、焼け跡全体に走った。


 木、火、土、金、水。


 それぞれの属性が、ばらばらの補修ではなく、一つの巡りとして回り始める。


超真星スーパーノヴァ!」


 ミツルの赤い冠星紋が燃えた。


 五柱の背後に、五神獣の影が現れる。


 青龍。


 朱雀。


 黄龍。


 白虎。


 玄武。


 それらは、ただの幻影ではなかった。


 焼け跡の空気を震わせ、地面を押し、炎を巡らせ、水を流し、鉄を鳴らし、木を伸ばす。


五行大循環サイクル・オブ・アース!」


 五つの光が円を描いた。


 爆撃で止まっていた記録が、避難へ流れる。


 避難で止まっていた記録が、救助へ流れる。


 救助で止まっていた記録が、炊き出しへ流れる。


 炊き出しで止まっていた記録が、復興へ流れる。


 復興で止まっていた記録が、証言へ流れる。


 証言で止まっていた記録が、次の世代へ流れる。


 死で終わらない。


 美しい教材にもならない。


 泥と湯気と声と沈黙を抱えたまま、戦争記録区画は循環し始める。


 だが、円卓は強かった。


 第五席『記』が書板を広げる。


 第九席『災』が警鐘を鳴らす。


 五行の巡りそのものを、記録と避難の二つの情報データへ整理しようとする。


 青龍は避難導線へ。


 朱雀は火災管理へ。


 黄龍は地盤復旧へ。


 白虎は危険物処理へ。


 玄武は給水経路へ。


 それぞれの力が、役割別に分解されそうになる。


 五柱の顔が歪んだ。


 ミツルは気づいた。


 五柱だけでは足りない。


 五行は巡っている。


 だが、その中心に立つ陽がない。


 ――五柱の循環には、五つをひとつの場へまとめる主が必要だった。


 今、その役目を担うのは、ミツル自身だ。


 戦争記録を消したがった男。


 死者の再演を許せなかった男。


 だが今、彼は理解している。


 消すのではない。


 整えるのでもない。


 死者の記録を、次の生活へ渡す。


 ミツルは、両足で焼け跡に立った。


 右目の赤い冠星紋が、黒金の王針印とともに光る。


「俺が、陽になる」


 五柱が振り返る。


 ミツルは叫んだ。


「来い!」


 五神獣が吼えた。


 青龍がリグナの槍へ巻きつく。


 朱雀がイグニスの双刃へ宿る。


 黄龍がテルスの盾槌へ沈む。


 白虎がフェルムの刀へ走る。


 玄武がウンダの鎖鞭へ流れる。


 五柱は、五つの光となってミツルの周囲を回った。


 そして、焼け跡の中心に巨大な影が立ち上がった。


 機神。


 五行の循環を身にまとった、巨大な人型。


 腕には青龍と朱雀の光。


 胴には黄龍の重さ。


 脚には玄武の水脈。


 肩には白虎の刃。


 五柱を陰とし、ミツルを陽として、太極の機神が顕現する。


「――太極機神ウーシン・ドミニオン!」


 巨大機神の背から、五色の廃熱光が噴き上がった。


 焼け跡の空が、白銀と五色に割れる。


 第五席『記』が鎖を放つ。


 第九席『災』が鐘の拘束めいた音量を上げる。


 太極機神ウーシン・ドミニオンは、逃げなかった。


 巨大な拳を握る。


 五色の光が、その拳へ集まる。


 それは、戦争をなかったことにする拳ではない。


 記録を壊す拳でもない。


 死で止められた記録を、次の生活へ押し出す拳だった。


 ミツルの声が、機神の中で響く。


「死で終わらせるな!」


 太極機神が踏み込む。


「陰陽合一・長征拳撃!」


 巨大な拳が、第五席『記』と第九席『災』をまとめて打ち抜いた。


 白銀の書板が砕ける。


 警鐘が割れる。


 円卓の整然とした教材化が破れ、そこから、叫び、沈黙、炊き出しの湯気、瓦礫を運ぶ手、証言の割れ、復興の足音があふれ出す。


 戦争記録区画は、五色の機神の足元で、もう一度、再現区画になった。


 ミツルは、機神の中で息を荒げた。


 五柱が彼を支えている。


 彼は戦争記録区画を消さなかった。


 残した。


 だが、秩序の標本にはしなかった。


 その選択が、巨大な拳になって円卓聖域を打ち抜いた。


 砕けた第五席『記』と第九席『災』の破片が、白銀の線となって市役所上空へ戻っていく。


 騎士は倒した。


 だが、役割はまだ消えていない。


 それは、アルトリウスの円卓決議圏へ吸われていく。


 ミツルは、それを睨んだ。


「影がなくなっても、まだ集めるのかよ……!」


 太極機神は、拳を振り抜いた姿勢のまま動きを止めた。


 もう次の攻撃には出られない。


 その代わり、五柱ごちゅうの五行は、これから崩れるかもしれない街の支点を見ていた。


 どこが割れるか。


 どこを支えれば落ちないか。


 五色の視線が、ハイヴを通じて有人たちへ届いていく。


 ◇


 ネットワーク海岸では、潮と騎士がぶつかっていた。


 第十席パラティヌス・テン『港』。


 その白銀騎士は、巨大ないかりを引きずり、背中に羅針盤を背負っていた。


 黒い潮は、聖騎士第十席の前で一本の航路へ整えられていく。


 危険海域。


 漂流域。


 不明潮流。


 未承認サーバー。


 それらが次々に封鎖される。


 外洋航路は残る。


 ただし、許された道だけになる。


 潮リク《うしおりく》は、昇龍ショウリュウの背に乗って、白銀の錨を見下ろした。


「だから、それは海じゃねえって言ってんだろ!」


 第十席『港』が錨を振る。


 黒い潮が、白銀の航路表へ縛られる。


 昇龍が身をくねらせる。


 だが、錨の重さが潮を押さえ込む。


 リクは舌打ちした。


 ただ荒らすだけでは、封鎖される。


 危険海域として閉じられる。


 それはもう分かっている。


 海に出るには、港も灯台もいる。


 有人の説教は、気に食わないが間違っていなかった。


 だが、灯台があるからといって、海を不自由にしていいわけではない。


 砂浜にいた観光客が、黒い潮を見て後ずさった。


「これ、こっちまで来る?」


「安全フィールドあるよね?」


「さっき一瞬、足元まで濡れたんだけど」


「海賊イベントの続き?」


 リクは、昇龍の背からその声を聞いた。


「見物席に座ったまま海を見るからだ」


 黒い潮が、観光者フィールドの手前まで満ちた。


 呑み込まない。


 ただ、そこまで来る。


 観光者たちは、もう笑わなかった。


 リクは、昇龍の背を叩いた。


「行くぞ」


 昇龍が黒い目を光らせる。


「航路じゃねえ。海路だ」


 第十席『港』が、錨を構える。


「未承認潮流を封鎖する」


 リクは笑った。


「封鎖できると思うなよ」


 昇龍が口を開いた。


 黒い潮が、その口元に集まり始める。


 海が吸い上げられる。


 潮流が束ねられる。


 外へ向かう潮。


 戻る潮。


 寄り道の潮。


 霧の潮。


 まだ名のないサーバーへ向かう黒い水脈。


 そのすべてが、昇龍の喉に集まっていく。


 リクの赤い冠星紋が、黒い海面に映る。


超真星スーパーノヴァ!」


 昇龍が空へ伸びる。


 黒鯉ではない。


 龍魚でもない。


 黒潮をまとった龍が、ネットワーク海岸の空へ昇る。


登龍海路ライジング・ドラゴンロード!」


 昇龍が、海へ向かって吼えた。


 次の瞬間、黒い波動砲が放たれた。


 それは海へ向かって放たれた、巨大な道だった。


 黒潮の波動が、白銀の騎士を真正面から呑み込む。


 第十席『港』の錨が、鎧が、波動の中で軋む。


 羅針盤が狂う。


 承認航路の白銀の線が、黒い波の中で次々に砕ける。


 海は、秩序ではない。


 海は、ただ逃げる場所でもない。


 出る道であり、戻る道であり、迷う道であり、まだ知らない場所へ届く道だった。


 リクは叫んだ。


「海は、決められた道じゃねえ!」


 黒い波動砲が、第十席『港』を撃ち抜いた。


 白銀の騎士が砕ける。


 錨の破片が、黒潮に呑まれながら白銀の粒となり、アルトリウスの円卓決議圏へ吸われていく。


 昇龍は、黒い波動を吐いた姿勢のまま低くうねった。


 もう次の波動は撃てない。


 それでも、昇龍の視線は残っている。


 どの潮が沈める潮か。


 どの潮が残す潮か。


 その見極めだけが、ハイヴを通じて有人たちへ流れていく。


 学校区画では、第四席『学』が、子どもたちの前に立っていた。


 白銀の教師騎士。


 手には鞭。


 背中には開かれた書物。


 泣いていた男の子は、教室の隅でそれを見ていた。


 第四席『学』は、優しい声で言った。


「復元人格の自己同一性不安を処理します」


 教室の黒板に、白銀の文字が浮かぶ。


 あなたたちは復元人格です。


 ただし、保全対象として尊重されます。


 不安は適切に処理されます。


 安心してください。


 子どもたちは、それを見上げている。


 正しい説明だった。


 たぶん、必要な説明でもあった。


 だが、その文字は、問いを閉じようとしていた。


 男の子が小さく言う。


「じゃあ、ぼくが描いた海は」


 その声が消えかける。


 問いが、処理されようとしている。


 そこへ、黒金の蜂が飛んだ。


 机。


 黒板。


 筆箱。


 ランドセル。


 窓枠。


 あらゆる場所から眷属蜂が現れる。


 真壁有人の声が、教室に届いた。


「不安を消すな」


 第四席『学』が、教卓の前で止まる。


 有人は、ハイヴ通信越しに言った。


「怖がっていい。分からなくていい。今すぐ答えを決めなくていい」


 男の子が、黒板を見る。


 白銀の文字が揺れる。


 有人は続けた。


「昨日描いた海は、消さない」


 眷属蜂が、男の子の筆箱へ止まる。


 青い絵の具の記録が、また光った。


 第四席『学』の書が閉じかける。


 だが、完全には閉じない。


 黒金の蜂群が、問いを問いのまま守っている。


 市役所区画では、第七席『政』と第十二席『盾』が、ハイヴの中枢を押し返していた。


 第七席『政』は、巨大な印章を持つ白銀騎士。


 すべてを申請、承認、記録へ変換する。


 第十二席『盾』は、名の通り巨大な大盾を持つ騎士。


 円卓全体の防壁だった。


 ケーニギンは、二人の騎士を相手にしていた。


 黒金の眷属蜂が、街中を飛ぶ。


 だが、第七席『政』が印章を押すたび、蜂の通信が行政手続きとして分類される。


 連絡。


 申請。


 承認待ち。


 保留。


 第十二席『盾』が大盾を掲げるたび、ハイヴの通信路が遮断される。


 中央集権型の防壁。


 すべての通信をアルトリウスの円卓決議圏ドミニオンへ通し、許可されたものだけを流す。


 ケーニギンのハイヴは、それとは逆だった。


 蜂の巣。


 ネットワーク。


 ノードと房を結ぶ黒金の経路。


 ひとつが塞がれても、別の房から回る。


 ひとつの蜂が落ちても、別の蜂が記録を運ぶ。


 蜜は補修データ。


 羽音は信号。


 王針印は、外部ノード。


 ケーニギンは低く言った。


「円卓は、すべてを戦列へ集めます」


 有人は、ハイヴの中心で答える。


「ハイヴは?」


「すべてを各房へ返します」


「だったら、こっちの方が生活に近い」


 ケーニギンの翅が強く鳴った。


 黒金の蜂群が、パケットのように分岐する。


 第十二席『盾』の大盾が、一括遮断をかける。


 だが、蜂は正面から行かない。


 駅ノードから病院ノードへ。


 病院ノードから学校ノードへ。


 学校ノードから戦争記録ノードへ。


 戦争記録ノードから外洋ノードへ。


 外洋ノードから市役所ノードへ。


 迂回。


 分散。


 再送。


 冗長化。


 黒金蜂巣ハイヴ・インペリウムは、蜂の巣であり、ネットワークだった。


 第十二席『盾』の大盾に、細かなひびが入る。


 第七席『政』の印章が、押す前に蜂に包まれる。


 ケーニギンは、黒金の目で白銀の騎士たちを見た。


「この巣は、命令網ネットワークではありません」


 蜂群が、一斉に羽ばたく。


生活圏ハイヴです」


 第七席『政』が崩れる。


 第十二席『盾』の防壁が、外側からではなく、内側の無数の通信によって穴だらけになっていく。


 だが、そこで白銀の光が爆発した。


 砕けた門。


 揺らいだ医療輪。


 撃破された第一席の影。


 割れた書板。


 波動砲に撃ち抜かれた錨。


 ひび割れた盾。


 それらの破片が、すべて空へ昇っていく。


 市役所区画の上空。


 そこに、セイが立っている。


 その前に、アルトリウス。


 聖剣を掲げる聖騎士。


 深紅の外套が、白銀の風に揺れていた。


 聖騎士第一席『剣』は、アウレリアによって撃破された。


 『門』も、『医』も、『記』も、『災』も、『港』も、『政』も、『盾』も、それぞれが砕かれた。


 だが、円卓十二席はただの騎士団で終わらない。


 砕かれた席の機能は、白銀の粒子となってアルトリウスの円卓決議圏へ戻っていく。


 門の防御。


 医の最適化。


 学の処理。


 記の整理。


 路の導線。


 政の承認。


 観の管理。


 災の避難。


 港の航路。


 審の裁定。


 盾の防壁。


 そして、影武者として砕かれた第一席『剣』の執行残滓。


 すべてが、アルトリウスの聖剣へ重なっていく。


 セイの声が、コロニー2020全域に響く。


「反逆は見事でした」


 駅で、真生が顔を上げる。


 病院で、レイナが空を見る。


 焼け跡で、ミツルが拳を握る。


 海岸で、リクが舌打ちする。


 観光者たちも、もう誰も笑っていなかった。


 退出ボタンは灰色のまま。


 視界ログは保存不能。


 安全フィールドは機能している。


 だが、自分たちが見物席の外に立っているとは、もう誰も思えなくなっていた。


 セイは続ける。


「それぞれに理由がありました。出口、進歩、記録、海。どれも必要です」


 白銀の破片が、アルトリウスの聖剣へ集まっていく。


「だからこそ」


 セイの赤い冠星紋が強く光る。


「すべてを、アルトリウスが裁定します」


 アルトリウスが聖剣を振り下ろした。


 円卓聖域ラウンド・ドミニオンが、完全に開き始める。


 白銀の円卓が、空に現れた。


 巨大な円。


 十二の席。


 その席は砕かれても、役割だけを円卓決議圏へ集めている。


 真生の出口も、レイナの未来も、ミツルの怒りも、リクの海も、ケーニギンのハイヴさえも、白銀の剣へ引き寄せられていく。


 ケーニギンが、初めて明確に苦しげな声を出した。


「ハイヴが、吸われています」


 有人は、歯を食いしばる。


「止められるか」


「ロイヤル・スティングでは届きません」


 ケーニギンの翅が、低く鳴る。


「王針印を刻む前に、アルトリウスの聖剣で処理されます」


「なら、どうする」


 ケーニギンは、白銀の中心にいるセイを見た。


 そして、その前に立つアルトリウスを見た。


「一撃で、王座中枢を貫く技があります」


 有人は、彼女を見る。


「上があるのか」


帝蜂王針蹴インペリアル・スティング


 その名を聞いた瞬間、ハイヴ全体が震えた。


 駅の蜂も。


 病院の蜂も。


 学校の蜂も。


 焼け跡の蜂も。


 海岸の蜂も。


 すべてが一瞬だけ羽音を止める。


「通常の王針蹴撃ロイヤル・スティングは、二撃必殺です。一撃目で印を刻み、二撃目で切り離す」


 ケーニギンは言う。


「帝蜂王針蹴は違います」


 白銀の円卓が、さらに降りてくる。


 コロニー2020が、聖剣へ吸われていく。


「王針印なしで、中枢を一撃で貫きます」


「できるのか」


「できます」


 ケーニギンは、少しだけ間を置いた。


「ただし、外せばハイヴごと砕けます」


 有人は、空を見た。


 セイ。


 アルトリウス。


 白銀の円卓。


 聖剣へ集められていく十二席の役割。


 その奥で、コロニー2020のすべてが正しい席へ置かれようとしている。


 有人は言った。


「外さなければいい」


「非合理です」


「知ってる」


「無謀です」


「それも知ってる」


「管理者らしくありません」


 有人は、少しだけ笑った。


「今日は君主らしくやる」


 ケーニギンは、何も言わなかった。


 ただ、黒金の翅を広げた。


 アルトリウスの声が響く。


「反逆者たちよ。円卓へ」


 白銀の光が、世界を包む。


 有人は、ハイヴ通信を通じて四人の覇王へ言った。


「次で、決める」


 真生が笑う。


「ようやくか」


 レイナが冷たく言う。


「遅いのよ」


 ミツルが短く答える。


「二度と偽物にするな」


 リクが叫ぶ。


「海まで吸われてたまるか」


 五つの英星が、黒金のハイヴへ接続する。


 零刃。


 アウレリア。


 五柱。


 昇龍。


 ケーニギン。


 だが、この時点で攻められる英星は、もう一体だけだった。


 零刃は、出口を解放した。


 アウレリアは、第一席『剣』を撃破した。


 五柱は、記録と災害の騎士を打ち砕いた。


 昇龍は、港の騎士を黒潮の波動砲で撃ち抜いた。


 彼らは動けない。


 しかし、見ている。


 落ちない道。


 届く未来。


 巡る循環。


 帰る港。


 そのすべてを、ハイヴを通じてケーニギンへ渡している。


 白銀の円卓に対し、黒金の蜂巣が、最後の形へ収束し始めた。


 アルトリウスは、まだ遠い。


 だが、道はある。


 細く、危うく、正しくない道が。


 その道を、誰かが斬り、誰かが照らし、誰かが支え、誰かが海へ開き、最後に女王蜂が貫く。


 有人は左目の青い冠星紋クラウンを光らせ、言った。


「ここは、秩序の再現じゃない」


 コロニー2020の街が、白銀の下で震える。


「生活の再現だ」


 黒金の羽音が、次の一撃へ向けて鳴り響いた。

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『英星王座戦 リアライメント・アーク』は、守る者と奪う者が、滅びかけた世界の次の秩序を賭けて戦うSFヒーロー連作です。

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