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英星王座戦 リアライメント・アーク  作者: 明丸 丹一
第4章 追憶仮想都市コロニー2020
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第8話 黒金蜂巣《ハイヴ・インペリウム》

 市役所区画の上に、白銀の輪が広がっていた。


 それは光だった。


 駅へ伸び、病院へ伸び、学校へ伸び、戦争記録区画へ伸び、海岸へ伸び、商店街へ伸びていく。


 まるで、街そのものに見えない定規スケールを当てているようだった。


 曲がった道が、少しずつまっすぐになる。


 駅前の人の流れが、正しい導線へ直される。


 病院の待合室が、最短の治療順へ整えられる。


 戦争記録区画の瓦礫と炊き出しが、教材用の展示順へ並べられる。


 海岸の潮流が、予定された航路表へ変換される。


 市役所の窓口は、すでに円卓の席になっていた。


 誰も迷わない。


 誰も怒鳴らない。


 誰も間違えない。


 だからこそ、真壁有人まかべあるとは、背筋が冷えるのを感じていた。


 管理者通路の壁面には、コロニー2020の全区画が映っている。


 白銀の光が、そこを静かに侵食していた。


 侵食。


 そう呼ぶしかなかった。


 壊しているわけではない。


 むしろ、直している。


 効率化している。


 保全している。


 しかし、その直し方は、人が立つ場所をすべて円卓の席に変えていく。


 駅は、駅ではなく移動網ネットワークになる。


 小学校は、交流の場ではなく学府になる。


 戦争記録区画は、焼け跡でも避難所でもなく記録になる。


 海岸は、海ではなく航路の再現になる。


 すべてが、正しい位置へ置かれていく。


 有人は、壁に手をついた。


 息がまだ荒い。


 セイに負けた。


 それは、戦闘の敗北というより、言葉の敗北だった。


 セイは壊そうとしていなかった。


 遊び半分でもなかった。


 彼は本気で、この世界をより正しくしようとしていた。


 だから、有人は、足を止めてしまった。


 正しさに、押された。引いた。


 ケーニギンは横に立っていた。


 黒金の翅が、わずかに鳴っている。


 それは苛立ちにも、警戒にも聞こえた。


円卓秩序オーダー、拡大中。駅区画のログアウトゲートが、封鎖門ゲートへ再分類されています」


 有人は画面を見る。


 駅の白い改札の前に、未来アルファ人の列ができている。


 出たい者は出られる。


 ただし、円卓……アルトリウスの許可を待たなければならない。


 本人確認。


 精神安定確認。


 移行先審査。


 全部、間違ってはいない。


 間違っていないからこそ、出口は出口ではなくなっていた。


 別の画面では、病院区画が白銀に整えられていた。


 苦痛は減る。


 治療は速くなる。


 ただし、どの記憶を残し、どの記憶を医療負荷として軽減するかは、円卓が裁定する。


 また別の画面では、戦争記録区画の炊き出しが、きれいな展示順に並べられていた。


 爆撃。


 避難。


 救助。


 炊き出し。


 復興。


 証言。


 全部ある。


 全部、残っている。


 だが、あの焼け跡にあった怒鳴り声や、泣き声や、誰も何も言えない沈黙が薄れている。


 さらに別の画面では、海岸の黒い潮が白銀の航路線に変わりつつあった。


 新世界航路は、まだ閉じられていない。


 だが、承認された港から承認された港へ、最も安全な道だけを通る航路になろうとしている。


 リクが開けた海が、海図にされていた。


 有人は、拳を握った。


「全部、残してる」


「はい」


 ケーニギンが答える。


「セイは破壊していません。あなたが行った更新を保存し、再分類しています」


「それが一番まずい」


「なぜです」


「反逆が、反逆じゃなくなる」


 ケーニギンは、少しだけ沈黙した。


 理解しようとしている沈黙だった。


 その時、壁面の一部に観光者ログが割り込んだ。


 市役所区画の外縁。


 不可視フィールドの中で、未来人観光客たちが、白銀に整っていく街を眺めている。


「これ、公式イベント?」


「円卓都市化って、追加シナリオ?」


「すごいな。役所がちゃんと便利になってる」


「昔の不便再現より、こっちの方が体験としては楽じゃない?」


「NPCも混乱してる。演出細かい」


「いや、あれ復元人格でしょ」


「同じじゃないの?」


 有人は、顔を上げなかった。


 だが、その声は聞こえていた。


 同じじゃない。


 そう怒鳴りたかった。


 けれど、今怒鳴っても届かない。


 彼らにとって、この街はまだ見物の対象だった。


 白銀の円卓が街を整えるのも、新しい大型イベントにしか見えていない。


 その軽さが、有人の胸の奥で冷たく固まった。


 ケーニギンが、横目で観光者ログを見た。


「観光者群、円卓秩序オーダーをイベントとして認識しています」


「見れば分かる」


「訂正しますか」


「今はいい」


「よろしいのですか」


「今、訂正してもたぶん届かない」


 有人は、壁面の四つの赤い冠星紋を見た。


 真生。


 レイナ。


 ミツル。


 リク。


 それぞれの周囲に、黒金の針紋。


 王針印。


 ケーニギンが刻んだ警告だった。


「真生は出口に怒った。レイナは苦痛に怒った。ミツルは死者の再演に怒った。リクは閉じ込められた箱庭に怒った」


 有人は言った。


「誰も、コロニー2020そのものを消したかったわけじゃない」


 黒瀬真生は、仮想世界を現実の代替として続けることが許せない。


 白羽レイナは、克服できる苦痛を古いまま保存することが許せない。


 相良ミツルは、死者の記録を見世物にすることが許せない。


 潮リクは、人格保全の名で外へ出られないことが許せない。


 彼らは危険だ。


 乱暴だ。


 放っておけば、コロニー2020を壊しかねない。


 だが、彼らの怒りには、それぞれ守るべきものがあった。


 セイは、それを全部、正しい秩序へ再配置しようとしている。


 それでは、心が死ぬ。


 出口も、進歩も、復興も、海も、手続きになる。


 最悪の救済。


 観光者の笑い声が、まだ薄く混じっている。


「さっきの海賊イベント、あれも新しい円卓オーダーに組み込まれるのかな」


「病院の女の子のアップデートイベントも?」


「戦争区画まで整理されるなら、周回しやすくなるかも」


「子供の泣き声パート、飛ばせるなら助かる」


 有人は、ようやく顔を上げた。


 壁面の中で、観光者たちはまだ笑っていた。


 悪意はない。


 たぶん、本当にない。


 それが一番、たちが悪かった。


「ケーニギン」


「はい」


「王針印は、切り離すためだけのものか」


 ケーニギンの翅が、一瞬だけ止まった。


「本来は、侵入経路の特定と隔離のための標識です」


「本来は?」


「応用は可能です」


「通信路にできるか」


 ケーニギンは、すぐには答えなかった。


 彼女の周囲に、数匹の眷属蜂けんぞくばちが現れる。


 黒金の小さな蜂たちは、有人の前に浮かぶ四つの王針印の映像を囲んだ。


 針は、相手の接続に刺さっている。


 刺さっているということは、そこに道がある。


 切るための道。


 探知するための道。


 ならば、つなぐための道にもできる。


「危険です」


 ケーニギンは言った。


「王針印は、異物を特定するための印です。通信路として開けば、逆流が起こります。四人の覇王と四体の英星の反逆衝動が、ハイヴへ流入します」


「ハイヴ?」


黒金蜂巣ハイヴ・インペリウム


 ケーニギンの声が少し低くなる。


「通常は、女王を中心に眷属蜂と巣脈を展開し、領域内の損傷、栄養、侵入者、死角を管理します」


「蜂の巣か」


「はい」


 ケーニギンは、壁面のコロニー2020を見た。


「ですが、この世界では、巣は通信網に近い。各房はノード。眷属蜂は通信子。蜜は補修データ。王針印は、侵入者の接続点」


 有人は、画面の中の街を見た。


 駅。


 病院。


 学校。


 戦争記録区画。


 外洋港。


 市役所。


 商店街。


 それぞれが、孤立している。


 セイは、それらを円卓の中心へ集めようとしている。


 ならば、こちらは逆に、各区画を各区画のままつなげばいい。


 中心へ集めるのではなく、ハイブ同士をつなぐ。


 駅は駅のまま。


 病院は病院のまま。


 戦争記録区画は、焼け跡と復興現場のまま。


 海岸は海岸のまま。


 学校は、子どもたちが問いを抱えたまま。


 そのあいだを、黒金の蜂が飛ぶ。


「二度目を刺すための針じゃない」


 有人は言った。


「つなぐために使う」


 ケーニギンは、有人を見た。


君主タイクーン。それは、女王蜂の使い方ではありません」


 有人は、白銀に染まりかけている街を見た。


「だったら今日から、そういう巣にする」


 沈黙。


 それから、ケーニギンの翅が低く鳴った。


「非合理です」


「知ってる」


「制御できない反逆が、四つ同時に流入します」


「制御しない」


「では、ハイヴが壊れます」


「警告網じゃなくて、通信網にする」


 ケーニギンの目が、わずかに細くなる。


 有人は続けた。


「一方的に命令するんじゃない。あいつらの怒りを、そのまま流す。セイが王座に座る前に」


 ケーニギンは、もう一度だけ沈黙した。


 それから、右手を開く。


 黒金の小さな蜂が、その手から飛び立つ。


超真星スーパーノヴァ――」


 一匹。


 十匹。


 百匹。


 管理者通路の壁に、黒金の蜂の巣模様が広がり始める。


 だがそれは、かつての黒金蜂巣のように街を巣へ塗り替えるものではなかった。


 細い線が走る。


 結び目が生まれる。


 線は中心へ集まらない。


 駅へ伸び、病院へ伸び、学校へ伸び、焼け跡へ伸び、海岸へ伸びる。


 それぞれの場所に、小さな房が生まれる。


 房は互いにつながっている。


 だが、中心に従属していない。


「――黒金蜂巣ハイヴ・インペリウム、限定起動」


 ケーニギンが言った。


「支配領域ではなく、分散通信網として展開します」


 有人の端末に、四つの王針印が浮かぶ。


 真生。


 レイナ。


 ミツル。


 リク。


 有人は、最初の印へ触れた。


 ◇


 黒金の信号が走る。


 駅裏の白い改札前。


 黒瀬真生は、円卓の離脱申請窓口を見上げていた。


 そこには、出たい者が並んでいる。


 だが、ひとりひとりに審査がかかる。


 その者は外へ出る資格があるか。


 保全価値は高いか。


 精神状態は安定しているか。


 移行先は適切か。


 全部、正しい問いだった。


 真生は、その正しさに吐き気がしていた。


 右目の王針印が熱くなる。


「……管理者か」


 有人の声が、黒金の蜂を通じて届いた。


「真生」


「何の用だ。二度目を刺す気になったか」


「違う」


「じゃあ説教か」


「お前は、コロニー2020を消したいわけじゃない」


 真生は黙った。


「許せないのは、真実じゃないことだろ」


「分かったような口をきくな」


「分かってない。だから確認してる」


 真生は、白い改札を見る。


 列に並ぶ復元人格たちの顔を見る。


未来アルファ人がここをみて、学習だの保全価値だの言われるのが気に入らないだけだ」


「なら、その出口を自由にしてくれ」


 真生の目が鋭くなる。


「従えってことか」


「従わなくていい」


 有人は言った。


「お前の出口を、お前のまま押し通せ」


 真生は、笑った。


 今度は本当に笑った。


零刃ゼロブレイド


 黒銀の剣士が、彼の背後に現れる。


 蒼い光刃が伸びる。


 円卓の離脱申請窓口には、白銀の門扉が降りていた。


 円卓領域ラウンドドミニオンに召喚された聖騎士第二席パラティヌス・ツー『門』の予兆。


 まだ影だけだ。


 だが、召喚は近い。


 真生は言った。


「斬れ。ただし、落とすな」


 零刃がうなずくように、刃を低く構えた。


 蒼い線が走る。


 円卓門が斬れる。


 同時に、改札へ進む復元人格の足元へ、蒼い支えが伸びる。


 自分で出る者は、落とさない。


 駅の白い改札が、申請窓口から、本人意思確認の出口へ戻っていく。


 近くにいた観光者が声を上げた。


「え、ゲート開いた?」


「待って、観光者側の退去導線も変わってない?」


「これ、こっちも巻き込まれてる?」


「演出だろ。最終章っぽいじゃん」


 真生は、不可視フィールドの方を見た。


「演出だと思うなら、並べよ」


 観光者たちは、そこで初めて黙った。


 ◇


 次に、有人はレイナの王針印へ触れた。


 病院区画。


 白羽レイナは、円卓の最適医療席を見ていた。


 治療は速い。


 痛みは少ない。


 記憶も保存される。


 ただし、何をどこまで更新するかは円卓が決める。


 レイナは、それが気に入らなかった。


「進歩まで許可制にするつもり?」


 右目の王針印が熱を持つ。


 有人の声が届く。


「レイナ」


「今度は何」


「君は、コロニー2020を消したいわけじゃない」


「当然でしょう。消したら、更新もできない」


「なら、未来を一つに決められるな」


 レイナは、少しだけ目を細める。


「挑発が上手くなった?」


「管理者だから学習はする」


「遅いわね」


「知ってる」


 レイナは息を吐いた。


 背後に、アウレリアが現れる。


 白金の女神は、光輪を広げ、金色の弓を構えた。


 円卓の医療席は、最も苦痛が少なく、最も効率の良い一つの未来線を選ぼうとしている。


 アウレリアは、それを撃つ。


 ただし、破壊するためではない。


 一本に収束していく未来線へ、複数の矢を放つ。


 完全再現。


 未来更新。


 記憶保持。


 痛覚軽減。


 技術更新。


 複数の未来が、病院区画の空に同時に開く。


 レイナは言った。


「最適解は一つじゃない」


 アウレリアの光が、円卓の医療席を分岐させていく。


 病室の外で、観光者たちが息を呑んでいた。


「すごい。選択肢が増えた」


「これ、医療倫理シミュレーション?」


「本人選択って、NPCに選ばせるの?」


「復元人格だってば」


「だから、同じでしょ」


 レイナが、冷たい目でそちらを見た。


「選ばない人間ほど、他人の選択をイベントにしたがるのね」


 その観光者アルファは、返せなかった。


 ◇


 次に、有人はミツルへつないだ。


 戦争記録区画。


 相良ミツルは、整然とした歴史教育席を見ていた。


 爆撃。


 避難。


 復興。


 証言。


 全部ある。


 だが、整いすぎていた。


 焼け跡の匂いが薄い。


 炊き出しの湯気が弱い。


 証言の食い違いが整理されすぎている。


 怒鳴り声が、教材用に音量調整されている。


 沈黙まで、適切な間として配置されている。


 ミツルは、拳を握っていた。


「ふざけるな」


 王針印が熱を持つ。


 有人の声が届く。


「ミツル」


「怒りまで教材にするな」


「しない」


「どうせ記録に残すんだろ」


「残す。でも、混沌そののまま残す」


「何だそれ」


「お前の怒りが必要だ」


 ミツルは黙った。


「怒りを教材にするな」


「教材にしない。記録に残す」


 しばらく沈黙があった。


 それから、五色の光が立ち上がる。


 五柱が並んだ。


 木柱リグナが、整った展示壁に梁を通す。


 火柱イグニスが、演出用の炎を炊き出しの火へ戻す。


 土柱テルスが、平らすぎる避難所の床に、踏み固めた土の重さを戻す。


 金柱フェルムが、きれいに分類された加害記録の鎖を斬る。


 水柱ウンダが、証言の流れを一つではなく、いくつもの細い水路へ分ける。


 戦争記録区画に、音が戻る。


 誰かが泣く。


 誰かが怒鳴る。


 誰かが黙る。


 誰かが鍋をかき混ぜる。


 整いすぎた教材が、もう一度、復興の現場になる。


 見学用フィールドの中で、未来人観光客アルファがつぶやいた。


「なんか音量、上がってない?」


「煙の匂いも濃くなった」


「ちょっと、これは苦手かも」


「スキップできないの?」


 ミツルが振り返った。


「できると思うな」


 その一言だけで、観光客たちの口が止まった。


 ◇


 最後に、有人はリクへつないだ。


 ネットワーク海岸。


 潮リクは、白銀の承認航路を見て、あからさまに不機嫌な顔をしていた。


 外洋航路は残っている。


 港もある。


 灯台もある。


 だが、潮は白銀の線に縛られていた。


 ここからここへ。


 この時間に出航。


 この経路で移動。


 安全確認済み。


 逸脱不可。


 リクは、防波堤の上に座り込んでいた。


「これは海じゃねえ」


 王針印が熱くなる。


 有人の声が届く。


「リク」


「承認航路なんてじゆうじゃねえぞ、管理者」


「そうだな」


「認めるのが早いな」


「海はいる」


「やっと分かったか」


「でも、戻れる港もいる」


 リクは嫌そうに顔を歪める。


「またそれか」


「そうだ」


「説教くせえ」


「港と灯台は作る。お前は海を荒らせ」


「言われなくても」


「ただし、戻るリクも残せ」


 リクは、少しだけ黙った。


 足元で、昇龍が黒い潮をまとっている。


 前のリクなら、ただ外へ向かう潮だけを作った。


 今は違う。


 海の家の夏海が、戻ってこられる道。


 外へ出た誰かが、やっぱり帰りたいと思った時の潮。


 それがなければ、自由は漂流になる。


 リクは舌打ちした。


「面倒くせえな、海って」


 昇龍が低く鳴る。


 黒い潮が、白銀の承認航路へぶつかる。


 一本だった航路が割れる。


 外へ向かう潮。


 戻る潮。


 途中で漂う潮。


 まだ行き先の分からない霧の潮。


 海が、航路表からはみ出していく。


 砂浜にいた観光客が、黒い潮を見て後ずさった。


「これ、こっちまで来る?」


「安全フィールドあるよね?」


「さっき一瞬、足元まで濡れたんだけど」


「海賊イベント、怖くない?」


 リクは、昇龍の背からその声を聞いた。


「見物席に座ったまま海を見るからだ」


 黒い潮が、観光者フィールドの手前まで満ちた。


 呑み込まない。


 ただ、そこまで来る。


 観光者たちは、もう笑わなかった。


 管理者通路で、有人は四つの画面を見ていた。


 真生の出口。


 レイナの未来。


 ミツルの記録。


 リクの海。


 四つの反逆が、セイの円卓秩序を内側から押し返している。


 だが、それは有人の命令ではない。


 それぞれが、自分の許せないものを許さないために動いている。


 ハイブは、その動きをつないでいるだけだ。


 ケーニギンの眷属蜂が、黒金の通信網として街を飛ぶ。


 駅の情報が、病院へ届く。


 病院の選択肢が、学校へ届く。


 戦争記録区画の怒りが、市役所へ届く。


 海岸の潮が、駅の出口へ届く。


 それらは中心に集まらない。


 各房が、各房のまま、互いに知らせ合う。


 有人は、小さく言った。


「これが、ハイブか」


 ケーニギンは答える。


「完全ではありません。まだ荒い通信網です」


「十分だ」


「いいえ。セイの円卓は、これを上回ります」


 その言葉が終わる前に、管理者通路の壁面が白銀に染まった。


 セイの声が響く。


「あなたは、反逆者を統治に使うのですか」


 有人は、顔を上げた。


 壁面の向こう、市役所区画の中心にセイが立っている。


 その背後にはアルトリウス。


 白銀の円卓紋章が、さらに濃くなっていた。


「違う」


 有人は言った。


「統治しないために、つなぐ」


 セイは、静かに目を細めた。


「それは秩序ではありません」


「そうかもしれない」


「世界を混沌のまま見過ごせば、いずれ崩壊します」


「するだろうな」


「では、なぜ止めない」


「生活は、わりと衝突する」


 セイは黙った。


 有人は続ける。


「駅で急ぐ人と、迷う人がいる。病院で待つ人と、先に診てほしい人がいる。戦争の記録を残したい人と、見たくない人がいる。海へ出たい人と、帰る場所がほしい人がいる」


 有人は、白銀に染まる街を見た。


「それを全部、正しい席に置いたら、たぶん楽になるだろうな」


「ならば」


「でも、それをすべて秩序のもとに支配すれば、生活じゃなくなる」


 セイの赤い冠星紋が、静かに光った。


「人は、整理されて初めて意味を持ちます」


「違う」


 有人は言った。


「整理される前の心にも、意味はある」


 セイは、ゆっくりと息を吐いた。


「ならば、すべての反逆に席を与えましょう」


 アルトリウスが聖剣を掲げた。


 市役所区画の白銀の円卓が、街全体へ広がる。


 今までの光とは違う。


 もっと明確で、もっと硬い。


 円卓聖域ラウンド・ドミニオンの前段階が、完全に開き始めた。


 コロニー2020の空に、十二の白銀の光が現れる。


 一つ目の光は、剣。


 二つ目は、門。


 三つ目は、医。


 四つ目は、学。


 五つ目は、記。


 六つ目は、路。


 七つ目は、政。


 八つ目は、観。


 九つ目は、災。


 十個目は、港。


 十一個目は、審。


 十二個目は、盾。


 それぞれの光が、人型を取っていく。


 白銀の騎士。


 ただし、同じ姿ではない。


 剣を持つもの。


 門扉の盾を背負うもの。


 医療輪を掲げるもの。


 書板を持つもの。


 羅針盤と錨を持つもの。


 巨大な盾だけで立つもの。


 円卓十二席パラティヌス・トゥエルブ


 コロニー2020の各機能を、正しい席へ戻すための防衛騎士群。


 観光者たちのフィールドにも、白銀の光が伸びた。


「ちょっと待って。これ、観光者アルファ側にも来てない?」


「退出ボタン、灰色になった」


「演出だろ?」


「演出なら、なんで視界ログが保存できないんだよ」


「これ、もしかして私たちにも影響ある?」


 誰も笑っていなかった。


 セイの声が、街全体に響く。


「第一席《剣》、起動」


 中央に、最も鋭い白銀の影が立つ。


 アルトリウスに似た、しかしアルトリウス本人ではない聖騎士たちの影。


「第二席《門》より第十二席《盾》まで、展開」


 十二の騎士が、一斉に動き出す。


 駅の出口へ、門の騎士が向かう。


 病院へ、医の騎士が降りる。


 学校へ、学の騎士が歩き出す。


 戦争記録区画へ、記と災の騎士が向かう。


 海岸へ、港の騎士が錨を引きずる。


 市役所へ、政の騎士が座る。


 観光者たちの前に、観の騎士が立つ。


 そして空には、審の騎士と盾の騎士が浮かぶ。


 ケーニギンの翅が強く鳴った。


「円卓十二席。防衛ノード群です」


「ノードか」


「はい。セイは、円卓聖域ラウンド・ドミニオンをネットワーク化しました」


 有人は、白銀の騎士たちを見た。


 黒金蜂巣ハイヴ・インペリウムに対抗するように、白銀の円卓もネットワークとして動き始めている。


 ただし、方向が違う。


 ハイヴは分散管理する。


 円卓は集約支配する。


 ハイヴは、房から房へ飛ぶ。


 円卓は、すべての席を王へ戻す。


 セイの声が響く。


「管理者ながら、その反逆は見事でした」


「だからこそ、すべて正しい秩序へ」


 第一席《剣》の白銀光が、さらに強くなった。


 有人は、端末を握る。


 真生、レイナ、ミツル、リクの王針印が一斉に明滅する。


 それぞれの場所へ、円卓十二席が迫っている。


 有人は言った。


「ケーニギン」


「はい」


「ハイヴを維持」


「損耗が増えます」


「分かってる」


「十二席を相手にするには、各ノードの出力が不足しています」


「足りない分は、あいつらが暴れる」


 ケーニギンは、ほんの少しだけ沈黙した。


「非合理ですが」


「ですが?」


群体ハイヴとしては、面白い」


 有人は、思わず彼女を見た。


 ケーニギンの表情は変わらない。


 だが、翅の音がわずかに高かった。


 有人は、四つの王針印へ声を流した。


「来るぞ」


 駅で、真生が笑う。


「見えてる」


 零刃が蒼い刃を構える。


 病院で、レイナがアウレリアを見上げる。


「ようやく、少し派手になってきたわね」


 戦争記録区画で、ミツルが五柱と並ぶ。


「また記録にされるくらいなら、焼け跡の方がましだ」


 海岸で、リクが昇龍の背に乗る。


承認航路しんせかいの次は、円卓秩序オーダーかよ。どんだけ海を縛りたいんだ」


 白銀の十二席が、各区画へ降りていく。


 黒金の蜂群が、各ノードへ散っていく。


 コロニー2020の空に、白銀と黒金のネットワークが重なった。


 円卓と蜂巣。


 中央集権と分散網。


 正しい席と、行き来する房。


 有人は、左目の青い冠星紋を光らせたまま、第一席《剣》の影を見た。


 そのさらに奥に、セイがいる。


 まだ届かない。


 だが、届かせなければならない。


 セイの声が響く。


「それでは、円卓に着席を」


 十二の白銀騎士が、一斉に剣を抜いた。


 有人は、静かに言った。


「断る」


 黒金の眷属蜂が、街へ散った。

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