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「黒字だな」
そう言って救助隊のリーダーはニカっと笑った。
「お人好し」
リコが隣でつまらなそうに言う。
既に歩き始めたカイルには聞こえたかはわからなかった。
ダンジョンを出ると女二人はほっとしたようだった。
真夜中の冒険者ギルドに昏倒中の女性を預け、残りの二人は何度も礼を言うとその場できちんと依頼料の残金支払いをした。
昼間に依頼に来た時とは明らかにカイルを見る目が変わっている。
リコはそれを「面白くない」と感じた。
そう感じる意味もわからなくて、余計に腹立たしくなってしまった。
「うへぇ。いつの間にか足の上の方までびっちゃびちゃだな。ケルピーでも捕まえて乗ればよかったぜ。リコ、先にシェアハウスの風呂使え」
本部に戻るなりリコの救助道具を取り上げカイルがそう言った。
カイルの足も靴ごとびしょ濡れだが、本部には誰か一人は残らなくてはならない。
リコは返事をしなかった。
お人好しのカイルも悪い。
あれだけ言ったのに従わなかった依頼者が悪いのに、黒字だ赤字だまで気にしてやって。
「ちょっ…なんだ急に!」
「いやなんかスネてっからよ」
リコが裾の濡れたコートを脱いだところで、突然カイルが抱き上げて来た。
降りたくても体格のやたらいいカイルの腕から逃れるのは難しい。
そのままずんずんシェアハウスの方へ向かわれてしまう。
「スネてないどない!」
「そっかー? じゃあ俺の勘違いだな。てっきり魔王サマは運ばれた女が羨ましいのかと思ったわ」
「なんでそんなもの私が羨ましがる」
「じゃあ降ろすか」
「あ、あと十歩程度なら我慢してやる!」
カイルは言葉の代わりに笑って返した。
からかう時のいたずらっぽいニヤけた感じではなく、あの人好きのするニカっとした笑みでもない。
実はその笑みを向けるのはたった一人に対してだけなのだが、リコはそれがどこか穏やかで温かい気がした。
シェアハウスは本部のすぐ裏。
もう少し離れていてもよかったのになと一瞬よぎった思いを慌てて引っ込め、リコは不機嫌な顔のまま逃げるようにシェアハウスへと入って行った。




