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大事。 3

「まだ話すのか? …そうだな……」


 リコは続けて思い出す。

 

 ある日大柄でがさつなカイルに似つかわしくない薔薇の苗木を持って来たことがあった。顔なじみの商人に余っているから枯れる前に持って行けと言われたらしいが、彼はそれを日当たりのいい本部の入り口側ではなく、ここでも育つからと半日蔭のシェアハウスの裏庭に植えた。

 リコの部屋から見える殺風景な景色に、四季咲きの薔薇が彩を添えるようになった。


 絡まりやすいエルフの髪質はブラシを選ぶ。人間界の物がわからず密かに困っていたら、さり気なく部屋のテーブルの上に新しい物が置かれていた。後でたまたま同じ品を港の商人が扱っていたのを見かけた時、その値段に驚いた。今も愛用している。


 ダンジョンに新参者が多い時はエルフを物珍し気に見る連中からその大きな体で視線を遮ってくれる。


 カイルが常連の食堂のランチは言わなくても苦手なコーヒーを紅茶に変えてくれる。


 常に魔力の残量を気にしてくれ、少し疲れたと感じる時は主従の絆を強くしていつもより多く流してくれる。


 からかっても、本当に嫌な事は一度もされたことがない。


「分かったわ。もうお腹いっぱいよ」


「かなり大事にされてるわね」


「勇者はリコ様のことが好きなんじゃない?」


「そうよね。逆にこれで好きじゃなかったらびっくりするわ」


「そんなわけ……」


 否定するリコに二人は心外そうな顔をする。

 二人にしてみれば少しキザにも思える素敵エピソードが日常にありふれていた。


「そんなわけないの?」


「だって、だってそうならベッドで……」


「「ベッドで!?」」


 しまったという顔をしてももう遅い。

 ラウラとリゼルは同時にぎょっとした顔を向けた。


「違う、そうじゃない、違うんだ……」


 二人の疑いの眼差しに、リコの声が小さくなる。


「その、ちょっと手違いで酔ってしまって……」


「手違いでどうして酔うの?」


「お酒はあまり得意ではなくて……でもちょっとムキになって飲んでしまって…」


「それで……まさかその勢いで!?」


「違う! ……半分違わないのだが……。ダンジョンがいくら待っても新たな魔王を生まないなら……本当、発想がどうかしてるのだが」


「リコ様、もう全て話してしまいましょう」


「きっとその方が楽になると思います」


 二人が哀れな者でも見るかのような目でリコに話を促す。


「それは二人の興味本位ではないのか?」


「そうよ興味本位。さあ続きをどうぞ」


「う……自分でも今はおかしいと思える。でもその時はどうかしていて、ダンジョンが魔王を生まないなら私が産めばいいと思って……酔って寝かされたベッドで、か、カイルに絡んでしまって」


「それで……勇者は……」


 ゴクリ、と音でもしそうな様子で固唾を飲む二人。


「『シラフの時に出直してくれ』って……それだけだ」


 二人は顔を見合わせた後、なるほど、と言った。


「リコ様、すごく大事にされていて安心しました」


「私も安心しました。噂ではいい加減な人間だと聞いていたので」


「確かにカイルはいい加減だ」


「でもリコ様には“良い加減”なんじゃないですか?」


「良い加減……」


 その後もう少し話してからラウラとリゼルと別れた後、リコは城へ帰る道中も一人カイルのことを考えていた。

 

 かつて一度だけ、まだ会って間もない時に必要に迫られて一方的に唇を重ねた時のことを思い出す。

 あれから十五年、人間のカイルは中年に差し掛かろうとしている。

 唇はあの時と同じ感触がするのだろうか。


 多くの命を救助し、武器を振るってきた手は大きくごつごつとしていた。

 その手で髪を撫でられた。束の間の別れ際、そのまま頬まで撫でてくれた。優しい手つきだった。

 あの時何故か寂しく見えた緑青色の瞳。

 どうしてそんな顔をしたのだろう。

 私が何かそうさせてしまった?

 だとしたら何が。


 前世の話をして、カイルの中にリシュナークの記憶があるかもしれないと喜んで……そうだ、それから何か様子が変わった気がした。

 リシュナークの記憶がもっとあれば嬉しい。

 だけどカイルは? カイルは何かと私に助けの手を差し伸べてくれるのに、私はそんなカイルの向こうにいる前世に期待を寄せたのか……

 

 答えに辿り着いた時、リコは急にカイルに会いたくなった。

 最初に出会ってから十五年も会っていなかったのに、どうして今は二週間足らず会わなかっただけでそう思ったのか。

 しかも「なんとなく」という曖昧なものではなく、明確に。


 その夜彼女はニーナのカラスに伝言を託した。

 ニーナを介してカイルに告げられるので、手元に呼んだものの何を伝えるのか悩んでしまう。

 カラスの背を撫でながら考えた伝言は、こうだった。


『胡桃の蓋は閉じていた方がいい。今週末に帰る』

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