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十月二十日 その3

 体育館には自分達の学校の生徒のみならず他の学校の生徒やら高校生やら大人達が大勢館内を埋め尽くしていた。ステージの壇上にはコンビの生徒が漫才をしている。そこそこ笑い声が聞こえウケがいいみたいだ。亜悠の出番はいつなんだろう。龍太郎も。次にステージに出てきたのは二人組の生徒がラップを歌った。しかし音響が悪く、悪いけど早口で歌っているのが聴き取れない。観客はボケーッと立ち尽くしラップの二人組はそそくさと退場していった。龍太郎はこんな音響の中どうやって歌うのだろう。次に出てきたのは演劇だった。まさに文化祭でしか見れない見世物のオンパレードで僕自身もとても楽しい。


『次のショウはチームLAの四人のヒップホップダンスです』


 どうやら亜悠の出番のようだ。ステージに出てきた四人を凝視する。みな亜悠と同じ衣装で統一していた。それぞれ髪型は長い髪をところどころ束ねてねじった子と普通のロングヘアーの子に青いバンダナを頭に巻いてサイドテールをした子に赤いタオルを頭に巻いた亜悠。みんな髪型をオシャレしていてかわいい。


「お、みんなかわいいじゃん」

「あれ? あんなかわいい子達うちの中学にいたっけ?」


 僕の近くの男子生徒達が小声で話す。まだ踊っていない彼女達には不思議な魅力をおびたオーラを放っている。前方にはおそらく仲のいい亜悠の友達が「実奈ー! 亜悠ー! 裕子―! 理沙ー! ガンバ―!」と掛け声をかける。これからどんなダンスを見せてくれるんだろう。


 マイクを持った亜悠が開口一番に「ミュージック!」と叫ぶとハイテンポのダンサブルなミュージックと共に彼女達のダンスが始まった。それぞれ特徴のある髪型をしている彼女達の頭がだらりとたれて左右に揺れたかと思うとすぐに上体を起こし上下に波打つようなリズムを四人がシンクロさせる。


「おお、息ぴったりじゃん」


 心の中で思ったことが咄嗟に口にでる。おもわずそのダンスに心は高揚した。彼女達は腕を掲げて右に振ったり左に振ったりステップを踏んだり小刻みなジャンプでアクセントをつける。そしてターンをする。ステップを踏みながら体のうねりを生み出すリズムは女性の体のラインを際立たせてセクシーだ。こんなにキュートだけどセクシーなヒップホップダンスを見て僕は彼女達、特に亜悠のダンスに釘付けになった。さらに床に両手をついて片足をあげたりその流れは飽きることがない。粋なダンスミュージックと相まって臨場感は半端なかった。最後に四人が両足を大きく広げて片腕をつきだしてダンスはおわった。拍手がとぶ。おもわずドキッとした。


「なんだよ、ただカッコつけてるだけじゃん」

「あんなのが楽しいのかなあ」

「うーん、普通に下手だろ」


 周りで誹謗中傷の声も上がったけど僕にはただただ眩しかった。壇上でさわやかな彼女達が笑顔で、「イェーイ!」と声をあげているのを見て余計気持ちが昂る。ダンスを踊りきった嬉しさと達成感を味わっているみたいだ。無事踊り終えてよかったね! とても良かったよ。


「あー、楽しかった! 創太くんみててくれた?」


 もちろんだよ。ステージであんなにかっこいいダンスを踊れたんだもん。とても気持ちいいよね!


「うん! とても良かったよ」


「私達、このダンス二週間で仕上げたの。友達のお姉さんの指導は厳しかったけど楽しかった。私……」


 暗い体育館の中で彼女は涙を一瞬拭ったように見えた。


 そのとき僕の心の中で何かが弾けた。それはおざなりになっていた僕の心のスイッチに彼女は触れたのかもしれない。


「がんばったじゃん!」


「うん」


『次のステージは瓦龍太郎君の弾き語りです』


「あ、龍太郎の番が始まる」


 壇上にひょこっと横から現れた龍太郎はお辞儀をしながら中央のパイプ椅子に座る。


「ぷっ。なんだあいつ」

「猫背じゃね? しまらねーな」


 龍太郎にヤジが飛ぶ。ただ黙って僕は龍太郎を見守った。


 龍太郎はマイクを掴んで黙り込む。その沈黙が長いのでステージ前方の観客がどよめいているのがわかった。


「あの……」


 それっきり龍太郎は喋らない。


「あのってなんだよ、早くしろよー」

「なに弾き語ってくれんの? 固まってるけどおー」


 クスクスと失笑も漏れる。龍太郎、緊張して体が動いていない。


 ガヤガヤとしたヤジも止まりシーンとした頃に龍太郎は喋りだした。


「みんな聴いてくれ。この世界はくそったれだ。でもそんな世界でも生きる希望があるって。そんな曲を作りました。聴いてください」


 そうして龍太郎は家で笑顔で弾いてくれたあのアコースティックギターをポロンと爪弾きだした。彼は今まで会話したことのないようなトーンの声で歌いだした。


「僕等は手探りで生きていて

 確かめるすべもないまま

 この今を掴もうとする

 見えない不安が 

 僕等を消し去ろうとするけれど

 それでも生きる希望はとめどなく溢れるから

 この道を進んでいく

 どこまでも

 未来が望まない未来だとしても

 掴んだ自分を握り締めて

 明日は晴れだと信じて進んでいく

 どこまでも」


 龍太郎は歌い切った。今までの龍太郎じゃない。僕は拍手を送った。すると、まばらでも館内に拍手がおこった。


 失笑や中傷をする声は聞こえない。普段は無口で大人しい彼の五分のステージは今までのどんな彼より雄弁だった。


 龍太郎は手ごたえを感じたのか笑顔で壇上から隠れていった。

 

 亜悠も龍太郎もステージで僕の心の中に語りかけてきたこと、それは、僕達はちっぽけだけどそれでも世界を変えられる力があるんだというメッセージ。それが亜悠にとってダンスであり、龍太郎にとって音楽であり、僕にとって絵であるということ。この閉塞された世界には小さくてもきらめく世界への穴がポッカリ開いていて、その穴を探すために夢という道を追い続けるんだろう。僕の中のスイッチはこの閉塞だらけの世界にやんわりと明かりを灯した。


 午後五時に文化祭は体育館にて終幕を迎えた。こうして僕の中学生最後の文化祭は終わった。 

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