九月二十五日
昼休みに僕は信じられない話を直樹から聞いた。
「おい! 小柳さんがトイレから水浸しで出てきたぞ!」
「ええ!? どういうことだよ!」
その話はすでに学年中に広まっていたようだった。周りでひそひそと亜悠の名前が噂されている。僕は直樹に話を聞かされるまで全く気付かなかった。
「それで亜悠は誰に水かけられたんだ?」
「わからない。犯人がまだみつかってないらしい」
亜悠が誰かからいじめられるなんていうことはなにもなかったのに……! 今はただただ心が痛い。亜悠のいる三組の方向には人が群がり野次馬と化していた。騒ぎ声が絶えない。僕はその集団をかきわけて亜悠を探した。
「!?」
そこには全身がびしょ濡れになった亜悠の姿があった。机の上にたたまれている制服の上着は濡れていて、濡れたワイシャツの裾をめくって彼女はタオルで肌を拭いていた。
「なんでこんなことに……」
亜悠をとり囲う野次馬の中に幾人かの笑い声が聞こえる。その笑い声はヒソヒソとしておりトーンからして女子生徒だった。
卑劣ないじめだった。もしかしたら僕にも関係があるのかもしれない。でも、確たる要素がない。
「亜悠さん……」
「……」
男子生徒が一人、亜悠に声をかけている。亜悠は無言。男子生徒に対する亜悠の反応を誰もが注目している。周囲には沈黙が流れる。
「……いや~。まいっちゃったね。用をすませていたら水をいきなり頭からかけられるんだもん。とりあえず体操服に着替えてくる」
こんな状況でも明るく振る舞う亜悠が痛々しかった。亜悠の、「自分たちに都合のいい世界にしようとしている人達に負けちゃだめだよ」という言葉が頭によぎったとき、僕は野次馬を飛び出していた。
「亜悠……。なんでこんなことになっちまったんだ。大丈夫?」
「創太くん。変なところ見られちゃったな。すぐ着替えてくるから」
その時、女子生徒達の声が野次馬からきこえた。
「小柳の恋人の登場じゃ~ん」
「だんだんお似合いになってきたじゃない」
僕はすぐさま声のする方に振り向いた。けれど、特定はできない。くそっ、いったい誰の仕業なんだ!?
亜悠は濡れた髪をタオルで巻くと体育着の着替えをもって教室を出て行った。その後、野次馬はガヤガヤと物議を醸した。
「あの小柳さんがいじめにあうとか……どういうことなんだ?」
直樹はどうしてこのようなことになったのか理解できないらしい。それは僕もそうだ。だけど、誰かが亜悠のことを快く思っていないから犯行に及んだのはわかる。授業が終わったら、亜悠と一緒に帰るようにしよう。
「三組の小柳亜悠さんが誰かに女子トイレで水をかけられました。こんなひどいことをする生徒がいるのは悲しいことです。真実を知っている人がいたら私まで連絡をください」
担任の田中先生は帰りのホームルームでそう話してくれた。犯人を必ず見つけたい。下校のチャイムが鳴り、僕は三組に向かった。
「亜悠」
「創太くん」
「話がある。一緒に帰ろう」
「うん」
いじめられた亜悠にはっきりとした原因があるんじゃないか彼女に尋ねた。
「もしかして誰かに恨まれるような事でもしたの?」
「ううん。いままでどおり生活していただけだし」
亜悠は人に恨まれる様なことはしないと思う。でもこの事件は恨みの何物でもないだろう。
「もしかして僕と関わってるからいじめられたと思うんだ」
「そうだとしても創太くんが責任を感じる必要はないよ。大丈夫だよ」
こんな事件が起きたのも亜悠の学校でのヒエラルキーが低くなったからに違いない。もし亜悠がいままで通り僕と関わらずに生きていればこんなことにならなかったのでは……。そう思うと自分だって悔しい。けれど、もうこれからは自分の学校での立場をいちいち気にするようにはしないと決めた。僕はしっかりしなくちゃいけない。それに僕を認めてくれた亜悠を守るために。




