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九月二十二日

 九月二十二日


 ようやく長期間作業に取り掛かった油絵が完成した。渾身の出来上がりだ。せっかくだから市内で毎年開催されている中学生油絵コンテストに応募することにした。優香が毎年金賞を受賞しているコンテストだ。僕がどこまでいけるかわからないけど、自信に満ちた今作ならうまくいく気がする。朝に準備の手配を整えて学校に向かった。


 



 今日の授業が終わり、帰りの放課後で事件は起きた。久しぶりに美術室で長い用事を済ませ特別校舎から校舎へと向かう渡り廊下を歩いていた。すると校舎に入っていく光村と亜悠を見つけた。僕はそのままカバンの置いてある教室へと向かった。すると、教室のベランダで亜悠と光村が話をしていた。なんの話をしているのか、僕は二人の様子を黙って見ていた。なぜか、二人の雰囲気が重々しい。亜悠の表情が深刻だった。これはただの話じゃないと気づいた僕は自分の席のカバンを掴んでから二人の話を伺った。


「……が正式に決まったから、ちゃんと伝えておこうと思ってな」


「うん。伝えてくれてありがとう」


「亜悠、新井のやつとは今どうなんだ?」


「……」


 光村の問いに対して亜悠は黙っている。


「やっぱり俺のほうが好きだよな?」


「……」


「はあ。はっきりしねえなあ。新井のどんなところにおまえは惹かれてるんだ?」


「創太くんは少し弱々しいけど、ほんとはもっとタフで優しくて純真な心を持ってると思うの。いままで話をしたり彼の絵をみて私は感じた。浩也にはない気持ちが彼から伝わるの」


「おいおい。俺だって優しくしてるだろ。俺はいろんな女子から言い寄られるけどおまえのことを第一に思って全部断ってきたんだぜ」


「……浩也からは創太くんのような心を感じられない。昔はすごく優しかったけど、今の浩也はどこか違う」


「なんだよそれ。転校することになる前にそこのところはっきりしてもらいたかったけど仕方ねえなあ」


 おかしい。体育祭の時はすごく楽しそうに話をしていた二人がこんなシリアスになっているなんて。


「俺はもっと男として強くあり続けたいんだ。そしておまえにもっと特別になるために芸能界に行くんだよ。あっちで地道に頑張っているアイドルとも仲良くなったけど……」


「うん……」


「でも俺にとってはお前が一番なんだ! アイドル必ず成功してみせるから!」


「本当に?」


「本当だよ! アイドルになった暁にはおまえを迎えに行くから! その時まで待っていてくれるな?」


「私にも夢があるから浩也の言いたいこともわかる。だけど、成功とか有名になることが私達に本当に必要なものなの?」


「当たり前だろ? 今はもっと自分を高めて、お互い切磋琢磨して、また会おうよ。その時はもっとお互い素晴らしい関係でいれるはずさ」


「……」


「だから今は我慢だ。とにかく二週間後には東京に行かなくちゃいけない。おまえを好きだから。大切だから俺は頑張るんだよ」


「無理だよ。きっと私達はこれ以上は無理だよ」


「なんでだよ」


「確かに浩也は話は面白いし、頭はいいし、スポーツもできる。芸能界に行くのもいいと思う。でもそれより、私は小学生の頃のように優しい浩也が好きだった。だけど今の浩也は前を向きすぎて私のことをちゃんとみてくれなくなった」


 そう言って亜悠は一粒の涙をこぼした。


「だから、あの頃のように仲良くいたかった……」


「おい、泣くなよ……」


 僕は事態に気づき、光村と亜悠の間に入るためベランダに入った。


「新井……」


「創太くん……」


 あの光村に僕が意見を言う場面が今までなかった。未知の緊張がはしる。でも、亜悠が泣いているのを黙って見ていられないよ。震える呼吸を整えて言葉を選んだ。


「み、光村。あ、亜悠のこと本当に好きなのか? ほ、本当は自分の夢を優先してるんじゃないのか?」


「だったらなんだよ。芸能界行く夢と亜悠を好きであること両方を追い求めたら駄目だっていうのか?」


「そういうわけじゃないけど、亜悠の気持ちを理解しているとは思えない。亜悠は光村が芸能界に行くことなんか望んじゃいないよ」


「なんだと……?」


「名誉とか地位とか。亜悠は光村にそんなこと望んじゃいないって言ってるんだよ」


「おまえに俺の夢を目指す理由なんてわからないだろ? グチグチいうんじゃねえよ」


「ああわからない。でもこれだけは言える。自分の夢を追いかけることが決して他の人まで幸せにできる事じゃないっていうことを」


「……」


「その人を本当に好きだったら、大切に思ってるなら他にできる事があるんじゃないのか? そしてそれは今すぐにできる。大袈裟な事じゃあない。光村のような特別な人間にしかできないことじゃない。誰にでもきっとできることだよ」


「俺ができなくておまえにできているっていうのか?」


「夢を追い求めることも大切だけど、もっと大切なことができるはずだよ」


「……」


「だけど光村にはそれができていない。亜悠がかわいそうだよ!」


「てめえ!」


 光村は僕にかかってくる。


「うがっ!」


 光村の強烈なパンチが左頬に入る。僕はあまりの威力に吹っ飛んでもんどりうった。


「やめてええ!」


 亜悠は倒れた僕に近づくと僕の頭を抱えた。


「最低! 浩也……最低だよ!」


 光村は我に返ったようにピタリと止まった。


「浩也も創太くんも私にもそれぞれ夢がある。それでいいじゃない! 私は浩也の事止めたりしないよ! 夢は誰だって追いかけるものだから。東京行っても頑張ってね。さよなら!」


「亜悠!」


 叫ぶ光村をよそに亜悠は僕の肩を組んで教室をでる。


 一緒に保健室に連れて光村に殴られた左頬を保健の先生にみせると、ベッドまで付き添って濡れたタオルを優しく患部に当ててくれた。


「ありがとう」


 僕はお礼をして彼女をみると彼女の瞳には涙が溢れていた。気になってベッドから半身起き上がると彼女を心配した。


「亜悠、大丈夫……?」


 亜悠は一瞬笑ったかと思うとまた落ち込んだ。


「夢のために人がすれ違うのは仕方ないモノだってわかってる。浩也はまちがっていない。だけど、もう仲良く一緒には生きていけない。世の中ってよくわからないね」


 そう言って涙を流す亜悠。僕は彼女の泣き顔を見てティッシュを差し出した。


「泣かないで……」


「うん……」


 そうだ。光村の言い分は別に悪くなかった。でも亜悠と光村の間には溝があった。


 僕達は学校が暗くなる時間まで保健室にいた。


 帰り道の空は星が瞬いている。悲しいことを吹き飛ばすように僕は喋った。


「それと聞いて、もう一度亜悠を描いた絵を完成させたいんだ。それができたら一番最初に見せるから、待っていて」


「うん……待ってる。いつでも待ってるよ。私忘れないから。……じゃあね!」


 そう言って分かれ道で彼女は自分の方角へと駆け出していった。こうして光村と亜悠は絶交する形になった。亜悠が元気になりますようにと願った秋空。夜風は秋の匂いがした。次の日、中学生油絵コンテストに作品を応募した。





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