九月十六日 その2
そうして時間は過ぎて男子八百メートル走を迎えた。一周二百メートルのトラックを合計四周する。三年生の出走出番になり僕は形だけの準備運動をすると他の七名が先にスタート位置についていた。やべっ。遅れてスタートに入る。
「位置について」
緊張しすぎて体全体がこわばっている。
「用意」
スターターピストルの音と共にいいスタートダッシュを切り、二番手につけた。
しかし二週目の前半で早くもビリの位置になり他の選手達は僕を置き去りにして大きくリードをとっている。その差は15メートル以上。なんだよこれ、猛者のグループに入ってしまったのか! 観衆は嘲笑気味で僕を見ている。
ハアハア、こんな醜態もあと二周で終わるさ。ただゆっくり自分のペースで走ってればいい。それだけでいいんだ。差が開きすぎてみっともないけど……。
「創太くーん!」
遠くから僕を応援する声が聞こえる。僕は声のする方に目をやった。
「頑張ってー!」
あ、亜悠! 亜悠だった!
「まだあきらめないでー!」
両手を口元に添えて応援してくれている。な、なんだよ! ゆっくり走ってようと思ってたけどやるっきゃねーじゃん! よーし。うおおおおおおお!
息が荒れてて心臓はパンクしそうだったけれど力を振り絞ってスピードアップするよう脚を動かした。
「ファイトだぞー!」
三週目のラストの直線でトラックを走っている僕のすぐ近くで亜悠が再び大声で応援してくれた。
嬉しいよ! そんなに君に応援されると否応なく力をだすしかないじゃないか!
ラスト一周を全体力を燃焼させるごとく走った。僕は一つ前の選手に追いつき、並んだ。よし、いけるぞ!
並んでいた選手より僅かにリードをとった! このままゴールを!
「うわっ!」
地面の窪みに足をとられ、前のめりに激しく転んだ。後ろの選手はあっさりとそんな僕を追い抜き、結局最下位。トホホ……。
ゴールした後トラックから退場するときこんな話声が聞こえた。
「なんであんなやつが亜悠に応援されてんだ?」
「わからないなあ。新井って小柳と仲いいのかな。想像できないけど」
僕は落ちこぼれ。彼女はみんなに認められている輝かしい存在。そのイメージのせいで僕と亜悠の関係は学校では異質にみられている。
校舎の壁に背中をあずけて座りながら息を整えていると頭に何かが被さった。
「がんばったね」
頭に被さった覆いは赤いタオルだった。亜悠は柔和な微笑みで僕を見下ろしていた。
「あ、ありがとう」
彼女のおかげで頑張れた。最初はゆっくり走ってればいいやと思ってたけど、そんな考え方をしている僕は間違っていた。
「ごめん、応援してくれたのに最後ころんじゃった。あはは」
「おお! 頑張った頑張った! 結果は残念だけど悔いはないでしょ?」
「うん」
「ならベストを尽くしたってことだよ。結果オーライッ」
みんなが静まりかえっていた中、一人だけこんな僕に大声で応援してくれた彼女。
「応援ありがとう。嬉しかったよ。でもさ、恥ずかしくなかった? 僕を一人で応援して」
「全然恥ずかしくないよ。君が全国大会で私に大声で応援してくれたよね。あのとき君は自分のこと恥ずかしいと思って応援してた? それに負けないように応援したかった。頑張っている姿は遅い人でも速い人でもみんな同じ。かっこいいと思う」
彼女の百メートル走をただ見守ることしかできなかった僕と違い、彼女は自分を隠すことなく僕を応援してくれた。僕もそんな人間になれたら。
光村は沢山の女子に応援されたけど、僕を応援してくれたのはただ一人。けど、僕は彼女の声だけで目が覚めたように力が湧いたんだ。




